第一楽章 辺境の宝石箱 その16
およそ命ある存在が
現世に生を留めるには、
その代価となる糧が要る。
何をどれだけ要するかは兎も角
この理は揺ぎ無い。荒野に在りて世を
統べる荒神、魔であってさえ抗えぬのだ。
しかるにサクラが生きるにも
当然相応の代価たる糧が要った。
サクラの糧とは一言で言えば魔力。
創造主たる光の巫女、シラクサの母の
総身より溢れる神気こそ彼女の糧であった。
だが、光の巫女は荒野へ戻った。
当地にサクラを残して、戻ったのだ。
その時点でサクラの命運は定まっていた。
無論無策だったわけではない。
シラクサを護るべく残すのだから、
少なくともシラクサが存命のうちは
サクラにも存命でいて貰わねば困るのだ。
ゆえに光の巫女たるシラクサの母は
出立に先立ち瞑想を繰り返して膨大な、
さながら神霊一柱分に迫る神気を培った。
元来人と人ならざる存在が共存していた
旧文明の遺構であり、また地上とは隔絶した
閉鎖空間でもあるこの場所は、丁度神域霊場
の如き神韻縹渺たる塩梅となっていた。
そこでシラクサの母はこれを利用して、
当地にサクラの糧をありったけ蓄えた。
その上で荒野へと戻ったのであった。
光の巫女とは城砦軍師であり祈祷士だ。
当然森羅万象を数値として観測する
「軍師の目」を有している。
蓄えられた神気は可憐な花精を象るサクラが
余命に乏しい儚きシラクサの生涯を看取るに
足るだけの糧となり得る分量がある。
光の巫女の軍師の目はそのように見立て、
それをも含めサクラに伝え、委細了承を
取ったその上で、荒野へ発ったのだった。
だが。
当地に残されたサクラは果たして、
創造主の望みどおりにはしなかった。
サクラは光の巫女の残した膨大な神気が。
サクラの糧として残された、要は膨大な
魔力に満ちた気力たる、その神気が。
余命に乏しき儚きシラクサを
少しでも長く生かすのに役立つ。
そのように判断し躊躇なく行動した。
サクラは己が在り様を変えた。
つまりは姿を捨てたのだった。
可憐な花精の姿を捨て思念のみで
当地の暗がりと一体となった。
必要時、最小限の膂力のみを顕現させて
シラクサの世話をし、シラクサの念話にのみ
応答を返す。自身をそんな存在へと変じた。
そうして「自己」を保つのに必要な糧を
極限まで節約し、余剰を全てシラクサへ。
シラクサの苦手な「お薬」の精製等に
回していたのだった。
「どうして……
どうしてそんなにも貴方は」
声無き嗚咽に押しつぶされて、
そう問うのが精一杯なシラクサ。
「フフ、それはそうよ。
だって当然でしょ?
私はお姉ちゃんなんだもん!」
はにかみつつも誇らしげに
涼やかな鈴の音の声が響いた。
当地に残されたサクラにとり
それが全て。全てなのだった。
それから三日間、姿無きサクラと
儚きシラクサは二人きりで過ごした。
元より暗がりに二人きり。そんな
暮らしを過ごしていたシラクサだが今は
この暗がりに無上の愛しさを感じていた。
四日後、未明。
スクリニェットの広場には、真新しく
美々しき装備に身を固めた12名の若者が
整列し、本館前に居並ぶ人々に敬礼していた。
戦況の要請により本来の予定を数朔望月
繰り上げて入砦する、当スクリニェット
最年長、14歳の「城砦の子」らであった。
皆例外なく当地で生まれ、対面に居並ぶ
教官や子らと当地で学び、暮らしてきた。
実の親の顔を思い出せぬ例も少なくない
彼らにとり、当地の皆とは家族であった。
城砦の子として生を受け、
物心ついたその時より。
いつか荒野の戦地に赴き
誇らしき両親の背中を追って
平原の盾として戦い、そして死ぬ。
それが彼らの生き様だ。
人魔の大戦の最前線、
異形の巣食う異境、荒野。
ひとたび赴けばいかな猛者でも
大半は数年と待たず命を落とす。
彼らの両親がそうであったように。
城砦の子は既にして英雄の卵だ。
即刻戦死は稀だといえども、それでも
過酷に過ぎる戦地から再びこの学び舎へと
戻ってこれる可能性は高くない。
少なくとも、今この場に集う面々と
揃って再会する事はないだろう。
これはそうした出立であった。
だが栄誉ある武人の出立に涙は禁物。
子らも教官らもそう考えて、挨拶は
努めて手短に溌剌と。
「きっと手柄を立ててみせます!」
未だ幼さを残す声が朗らかに。
「うむ、頼もしい限りだ」
笑顔で頷く老騎士シェスター。
過日は打ち込みをしくじって派手に
吹き飛んだその少年の面持ちには既に、
ひとかどの武人のものとなりつつあった。
「常に感情を制御して
恐怖を飼いならしなさい」
「常に生き残る事を、
数で勝る事を意識するのです」
「地力の勝負ならけして
異形どもに遅れはとらんはずだ」
「一人で出来る事は限られている。
味方を生かし活かすようにな」
教官らは寸暇を惜しんで口々に。
先を競って最後の助言をおこなった。
もっとも輸送部隊の護衛をも担っている
子らとしては、早急にアウクシリウム
南西区画の詰め所へ赴いて駐留騎士団と
合流しなければならない。
自身も言いたい事はも山ほどあるが立場上
そうもいかず、院長ジュレスはぐっと堪えて
前のめりな教官らを制し、ただ一言。
「では諸君、武運を」
「ハッ!!」
12名の子らは号令一つなく一斉に敬礼では
なく、抜き放った剣の切っ先を天に、柄を
胸前に。すなわち剣礼を以てこれに応えた。
見送る教官や年下の子らもまた、武器あらば
手にして、なくば腕の構えのみでこれに倣い、
やはり剣礼を以て子らに応えた。
こうして今期入砦する12名の
「城砦の子」は平原を、辺境の学び舎を
後にして荒野の死地を。人智の境界を目指した。




