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シラクサの賦  作者: Iz
第一楽章 辺境の宝石箱
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第一楽章 辺境の宝石箱 その13

時折思い出したように灯りの灯る暗い地下回廊を

シラクサは自身に可能な限り、急いで戻った。


途中何度も壁に手を掛け肩で息をしつつ、

それでも自身史上最速と思しき速さで

地下道の端、焼け焦げた文様へ。


ひたすら暗い、封印された

旧文明の居住区にある

自身の住居へ至った。



晴天の霹靂へきれきとはきっと、こんな感じだ。

空を知らぬシラクサは、そう想像した。


何の話かと言えば、サクラの事だ。

先刻バーバラによって示唆されるまで、

シラクサはまるで念頭に置いていなかった。

サクラとの別れなど考えてもいなかったのだ。





シラクサが物心付いたその折には既に

サクラはシラクサと共に暗がりに在った。


姿なくただ涼やかな声のみだが

確かにそこに存在していた。


幻聴や幻覚、幻の類ではないだろう。

それらは実体を有さないからだ。


実体なきものは鼻歌交じりで家事をしたり

得意げにやたら苦く胡散臭い薬品を調合、

小瓶に詰めてそれ飲めやれ飲めと振りかざし。


拒めどしつこく周囲をグルグルと巡り

追い詰めてきたりはしないだろうから。



幻ではない。人でもなさそうだ。

では一体サクラとは何なのか。


再度当人に問うてもはぐらかす上に

知りたければもっと学べと薮蛇だった。


定期的に様子を見に来るバーバラや祈祷士ら

にも聞いてみた。だが反応はかんばしくなかった。



――不思議な事もあるものですね。

  ここは旧文明の遺構ですので、

  そうした事も起こるのでしょう。

  それより体調の方はどうですか?――



誰もが決まってこんな調子だった。


そも平素より彼女らは、シラクサが念話で

告げる内容に対し、いちいち頷き微笑みを

返して何であれ寛容に、肯定的に享受した。


さながら「否定する事を禁ず」とでも

誰かに禁呪ゲッシュを掛けられている風だ。


後日読み耽った書物には、それが

幼児や患者へのセオリーだとあった。

つまりはそういう扱いだったのやも。


お陰で先刻図面をバッサリ却下されたのは

凄まじく堪えたが、それはまぁ措くとして。


とまれサクラの件について彼女らから

有意な情報を得る事は不可能である、

とそうシラクサは判断した。





暗がりの庵から地下書庫や研究室へと

足を運ぶようになってからは、自身の生の

空虚を埋めるべく憑かれたように学び耽った。


だが、それでもサクラに関しては、

何一つ確かな解は得られなかった。


そう、確かな解は得られなかった。

だが、推測なら既に立っていた。


シラクサの見立てによるならば、

サクラとは「概念存在」であった。



元来高次の界隈に存る事象。遥か高みに

揺蕩う雲が、地に落とした影の如き存在。


それらが何某かの事由によって影以上の

在り様で現世に顕れる事がある。


何某かの事由のうち少なくとも当代の、それも

城砦騎士団にとり最も卑近な例が魔術であり、

そうして顕れるうち究極の存在こそが。


荒野に在りて世を統べる荒神。

すなわち「魔」だと定義されていた。


流石に魔は余りにも、引き合いに出す事すら

畏れ多い感がある。だが仕組みの大枠は同様だ。


要はサクラは魔術的な事由で顕現した

この世ならざる者の一種であろう。

そうシラクサは推測していた。


では何故サクラはこうして此処に顕現したか。

シラクサはシラクサ自身に因るものと観ていた。



果て無き孤独の中に在るとき

一人が二人に増える事がある。



古書にはそんな格言があった。


どこまでも続く暗がりの世界にただ独り。

そんな生を送るシラクサの心が望んだのだ。

自身と対話し自我を育むべく、仮初の他我を。



イマジナリィフレンド。



孤独な童心が成長していくその過程に現れる、

自分にしか見えず会い得ぬ、最高の親友。


やがて心が他者との境目を受け入れ自我が

確立されていくと、役目を終えて去っていく。

そんな存在が居た事を、覚えていない例も多い。


シラクサにとってサクラとは、

本来はそういう存在だったのだろう。


ただそこに当人の比類なき魔力と

旧文明の遺構が干渉し、その結果架空の、

概念上の存在は実体を持つまでに至ったのだ。


それがシラクサの出した解であり、そして

きっとかつてシラクサにサクラの話を聞いた

バーバラらの得た見解でもあったのではないか。


だからこそ彼女らはシラクサの語る内容を

否定せず、シラクサの自我が成長する様を

暖かく見守る事にしたのだろう。それで

一通り、辻褄が合うのだった。





こうした推測を得てからは、シラクサは

サクラの正体を問い詰める事をやめた。


それがいかなる事由で経緯であれ。

元は自身の一部であったとしても。


サクラはシラクサにとり

掛け替えのない存在だ。


これまでもずっとそうだったし、

これからもずっとそうであってほしい。

それが心底よりの、確かな願いだ。


むしろ迂闊うかつに正体を突きつける事で

サクラが消滅してしまう事を恐れた。


バーバラや祈祷士が持ち寄った絵本には

正体が露見した結果去っていく、そうした

結末を迎える童話も、少なくはなかったから。



だが先刻のバーバラの示唆は、こうした

シラクサの推測を根底から覆すものだった。


サクラがシラクサに因って現世に在る、

言わば一心同体な存在であるならば。


シラクサが荒野に赴けば当然、

サクラも共に荒野へと赴く事になる。


シラクサはずっとそう考えていたし、サクラも

何ら――健康状態以外は――とがめだてる気配は

見せず。むしろ積極的に協力姿勢をとっていた。



だが先のバーバラの言は明らかに、

サクラとの別離を示唆していた。


つまりシラクサとサクラは一心同体などでなく

飽くまで独立別個の生き物であるということ。


さらに申さば、少なくともバーバラは。


――あぁ今になって思い返せば

  ヒントは既に示されていた――


バーバラはサクラを認知していたようだ。

恐らくシラクサが物心つく、その遥か前から。


シラクサの下へと訪れる祈祷士らの、まるで

ゲッシュに縛られたが如き判で押した対応は

医師が患者に、大人が子供に向けるそれでは

なかったのだ。


単純に、当時当院の長であったバーバラの

緘口を求める下命によるものだったのだろう。




「あっ、おかえり!

 ……ってちょっと大丈夫!?

 いつも以上にヘナヘナじゃない!」


傍目にも、控えめに言っても。

文字通り必死の様相で現れたシラクサに

鈴のように涼やかな声は大いに慌てていた。


もっともシラクサ当人はそれどころではなく、

単刀直入に。実に直裁にサクラへと問うた。



「サクラ、貴方…… 来ないの?」


「……あー。バーバラ?」


「えぇ」



実に示唆に富む、それでいて

ズケズケとしたやりとりが成され



「……そっかぁ。直前まで

 ナイショのつもりだったけれど」



まずは、とシラクサを座らせて小瓶を。


飲まねばきっと話すまい、とみたシラクサが

いつになく素直に薬を口にして、さぁさぁと

目で促すのに合わせ。


そうしてサクラはどこか照れたような

寂しげな色を伴って、自身の事を語りだした。

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