第一楽章 辺境の宝石箱 その11
荒野全体のうち東端域と思しき只中に
中央城砦が建てられてより100年余。
平原への魔軍侵攻を食い止めるべく敵地の
只中、陸の孤島で囮を務める城砦騎士団は
役目上、西域守護中央城砦に拠っての
防衛戦に徹していた。
荒野は元来魔と魔の眷属らの棲家だ。
そんな中で唯一の、かつ仮初の安全地帯が
ここ、「人智の境界」と呼ばれる中央城砦だ。
平原からの兵站線である南北の往路を含め、
至るところに異形がいる。魔と魔の眷属たる
異形らが専ら夜行性である以上、城外で夜を
迎えることは限りなく致死だった。
ゆえに城砦騎士団の城外での軍務には
行軍限界や可戦臨界が設定され、極力
短時間かつ最小限の遂行を旨としていた。
要は門限有り、日帰りまで、が掟であった。
だがそうした状況も黒の月、特に
宴の直後ともなると例外が生じる。
奥地を含む荒野の随所から結集した異形らは
軍勢と成って中央城砦に押し寄せる一大決戦、
「宴」を経れば都度壊滅状態となるからだ。
魔にせよ魔の眷属たる異形にせよ、無限に
湧き出でるものではない。むしろどちらも
平原の人の子より絶対数は少ないものだと
看做されている。
だからこそ、昼間は満足に行動できぬため
夜明けと供に宴から撤退する魔の追討にも
可能性が出てくるわけだ。
とまれ一時的にせよ、少なくとも中央城砦の
近傍からは異形の気配が希薄となるこの状況
を最大限に活かして。
第四戦隊は目下城砦騎士と最精鋭の騎兵らを
以て城砦近傍より一回り遠方を探索し、魔の
潜伏先や魔軍の進軍経路等を調査するという
掟破りを絶賛遂行中とのことだった。
第四戦隊副長ベオルクの言にある「涸れ谷」
とはかつて実際に魔が潜伏していた事もある
場所で、中央城砦の建つ高台からは名馬でも
半日は掛かる西方に在る。
そして発言内容から察するに、特務の
調査範囲とはさらに西方をも含むようだ。
「此度はまた随分と
遠方にまで往かれるのですな」
「今は魔軍も干上がっている。
奥地を探るには好機なのだ」
驚くミツルギに頷くライナス。
傍らでは賭けの戦利品なイチゴ大福を
戯れに下賜された兵士が満面の笑みだった。
どうやらギャラリーの兵士らの目的は
応援ではなくお零れゲットにあるらしい。
随分分の悪いベオルクの側からは
逆張りな勝負師以外すっかり撤退していた。
仮に魔軍の奥地からの進軍経路を特定し
経路上の要所難所を抑える事ができれば。
城砦騎士団が荒野東域一帯を勢力圏に置く、
そんなことも叶うやも知れぬ。さすれば
人魔の大戦の在り様は激変するだろう。
「成程、然様な仕儀でしたか」
すっかり得心のいったらしきミツルギ。
「帰還は明日の夜になる。
戻り次第お前の事は伝えよう」
またひとつ、傍らから去るイチゴ大福に
苦虫を咀嚼中なベオルクは言った。
「は、恐縮に御座ります」
とばっちりがとんでくる前に、と
抜群に低姿勢なまま逃げ腰なミツルギ。
「ところで先刻ルメールも来たぞ。
相変わらず気が合うようだな」
とライナス。
「ほぅ? 然様でございましたか」
ミツルギは小首、とは言い難い
無骨な首を傾げて何やら思案を。
ライナスとベオルクはその様を見やり
ちらりと視線を交わした後、共に無言、
何食わぬ顔をして再び盤面に集中を。
ギャラリーの兵らは両者の代わりにか、
こぞって腕組みしうんうんと唸りだした。
ミツルギはそんな一堂に一礼し
第四戦隊の営舎を辞した。
(勲功を利用したいのですが)
城砦の子らの学び舎スクリニェットから
最年長組が補充兵移送の列に参じ荒野の
戦地、中央城砦へと進発するその日まで、
残り4日に迫った、午後の事。
入砦組に対し、老教官バーバラと共に
騎士団戦闘教則に基づく小隊長級向け
陣形指揮の補講を終え、シラクサは言った。
勲功とは城砦騎士団が構成員に対して与える
特別報酬の事だ。通常軍務では発生せず、
特務やそれに類する活躍に対し授与される。
スクリニェットで助手を務めるシラクサは
本来なら未だ教導されるべき側だ。ゆえに
特務扱いで僅かながら勲功が出ていた。
勲功の使途は所持者の随意。騎士団員なら
装備の特注や酒食、特別休暇などに使うが
シラクサにはまったく使途がなかった。
ゆえに僅かずつとはいえ数年で数千点。
1点が一般的な平原兵士の1日の給金
である、連合銀貨1枚に相当する。
平原兵士の年給は勲功換算で200点だ。
数千点は余生を遊び暮らせる値といえた。
「勲功の利用は当然の権利です。
勿論構いませんよ。使途は何ですか?」
講義に用いた暗室に残っているのは
バーバラとシラクサの二人のみ。
手ずからシラクサを取り上げて以降
バーバラはずっと彼女を後見している。
そしてシラクサが勲功利用を申し出るのは
これが初だ。バーバラは物珍しそうに応じた。
(これを作製してください)
シラクサはバーバラに書状を差し出した。
それは何某かの設計図であるようだ。
「拝見しますね」
気さくに応じて目を通すバーバラ。
シラクサはそこはかとなく得意げに
バーバラの反応を見守っている。
だがバーバラの興味深げな面持ちは
直ぐに曇って俯きがちに。ついには
右手で額を押さえ、嘆息した。
「却下します」
(……どうして)
まるで納得がいかず全力で不機嫌に。
それはジットリとジト目のシラクサ。
薄暗い暗室。目深なフードから覗く
雪白の顔とジットり見つめる真紅の瞳。
さながら怪談の如き有様だが、相手は
海千山千の元妖怪軍師いや城砦軍師だ。
そもそも赤子の頃から見慣れた顔
なので、欠片も脅しになりはせず。
「不要だからです」
バーバラは再び嘆息し、ムスっとした
シラクサを宥めにかかるのだった。




