最強とは言わないで。
とある辺鄙な村の、そのまた外れの畑で独りの農夫が作業をしていた。
天気のいい日で、太陽が輝き、爽やかな風が吹いている。
作業も一区切り付き、そろそろ昼休みにしようかと思った頃、農夫は急に名前をよばれた。
「おまえが、キャフィー オーウェンか?」
「ああ、そうだが……」
見上げたキャフィーはあからさまに嫌そうな顔をして、視線を落とした。
声をかけた男は、良く使い込まれた甲冑を着た、いかにも強そうな大男だった。
「俺の名は紅蓮のトニア、訳あって今日はお前と勝負しに来た」
畑の小道の真ん中に立って、トニアは鋭い眼光で、キャフィーを見下ろしている。
「あんた、そんな格好して、ただの農夫と勝負っておかしいでしょ」
キャフィーは仕事の手を休めず答えた。
迷惑な奴がやってきたって感じをありありと漂わせている。
「おれはその手の術はそんなに得意ではないが、それでもお前の体から立ち上ってるマナは尋常な強さでない事は分かるぞ」
「それは… あんたの見間違えですよ、僕はただの農夫ですから」
キャフィー顔を上げて答えた、少し動揺しているようだった。
「これ以上は話しても無駄なようだな、お前にその気がなくてもこちらからいくぞ」
トニアが腕を上げたとき、たまらずキャフィーは叫んだ。
「ストップ!!わかったよ、でもここでは止めて、畑がだいなしになるから」
キャフィーは立ち上がって、丘の向こうを指差した。
「やるならあの丘の向こうに荒地があるから、付いてきて」
キャフィーは先に歩き出した、その表情はもううんざりってのが誰が見てもわかる。
なだらかな畑の中の坂を重い足取りで歩きだした、トニーはそのあとに続く。
「逃げるなよ」
「逃げないよ」
丘の天辺まで登ると、その先には本当に荒涼とした荒地が続いているのが見える。
今までの牧歌的風景は微塵もない、草木は生えてなく辺り一面に大穴や焼け焦げた跡が延々と続いていた。
そんな中を二人はどんどん進んで行く。
「どこまで行くんだ?」
かなり歩かされてトニアが尋ねた。
「ここらでいいよ」
立ち止まってキャフィーが言った。
「あんたも、冒険者かなにかかい、僕と勝負してもなんの得もないよ」
「冒険者は今は廃業した、訳あってな。それでも昔はSランクの序列2位まで登りつめた」
トニアは遠い眼をして答えた。
「訳あってって、なんか迷惑なんですけど」
「まあいい、遠慮なしでいくぞ」
トニアが手を軽く降ると炎の矢がキャフィーめがけて飛んだ、しかしその矢はこともなげにかわされた。
キャフィーの後ろに大きな火柱が上がる。
「これからが本番だ」
トニアは指揮者のように両腕を軽やかに、そしてリズミカルに振る。
それに合わせて、無数の炎の矢がキャフィーめがけて飛んでいくが、それをまるでダンスでも踊る様に軽やかにキャフィーはかわす、後ろに立ち上がる大きな大量の火柱が、まるで炎バックの様に見える。
「俺のフレームアローを簡単にかわすか、流石と言いたいがまだこんな物では無いぞ」
トニアの手の動きは少し速さを増し、時々イレギュラーな火球が混ざる、ここまで軽やかに身のこなしだけで凌いでいたキャフィーも、一瞬の判断ミスで一つの炎の矢を手で払った。
「あ、やっちゃった」
キャフィーの左手の肘から先の服の袖が焦げて無くなっていた。
「素手でフレームアローを払うか、ではこれでどうだ」
トニアは一瞬溜めて両腕を前に突き出した。
「グレートマーベラスファイヤーーーーー」
袖の焼け焦げを気にして油断していたキャフィーは、その技をもろに受けてしまった。
キャフィーの周りにひときわ大きな火柱が上がり、その姿は見えなくなった。
「まさか、直撃するとはな、ちょっとやりすぎたかな、あの小僧には悪い事した」
先ほどまでキャフィーが立っていた辺りには、まだ炎の塊が立ち上っている、トニアはその炎をしばらく眺めていたが、一つため息をついて、立ち去ろうとした。
「なにそのダサい名前」
炎の中から声が聞こえた、振り返ると全裸の女が手で身体を隠しながら炎の中から出てきた。
「服が燃えちゃったじゃないか、もう怒ったからね」
「お前女だったのか」
トニアは我が眼を疑った、あの炎の中涼しい顔で出てきた女性は、実に整った顔立ちのスレンダーな娘だった。
「ごめんなさいねスタイル悪くて、誰もがオッパイ大きいわけじゃないんだから」
キャフィーはかなり怒っていた、ふいに両手を広げ掌を下から上に上げる仕草をした。
するとトニアの周りの大小様々な石が急に空へ向かって飛び上がった。
異変に気付いたトニアは後ろに飛び退こうとしたが既に、足が地面から離れていて虚しく宙を蹴るばかりで、身動きが取れない。
すると今度は激しく地面に叩きつけられた、そして周りには恐ろしく加速した岩石が降り注ぎ、地面を穿っていった。
静かになって目を開けると、青空が見えた、幸い岩石の直撃は無かったようだ。
トニアは埃を払いながら立ち上がると、キャフィーが両手で身体を隠しながら近ずいてきた。
「マントちょうだい」
キャフィーは半ば強引にトニアのマントを奪うとしたが、トニアの体から外れない。キャフーはそれでも強引に自分の体に巻きつけたので、二人は背中合わせになった。
「お前本当に強いな、それに良く見ると可愛いし、俺の嫁になってくれ」
「な、なにいってるの。なんで僕が嫁にならないといけないんだよ」
「俺はお前に惚れた。ダメか」
「ダメ、あんたの事知らないし、好みじゃ無いもん。それに、もう僕は戦いとは無縁の静かな生活をしたいんだ。たしかに冒険者ギルドに登録して特Sランク級とか言われて有頂天になってた頃もあるけど、闘うたびに素っ裸にされて、もう嫌になったんだ、だから僕のことなんかほっといて」
キャフィーは半ベソをかいていた。
「嫁の事は後で考えるとして、とにかく俺には強い仲間が必要なんだ、少し前魔王との戦いで俺の5人いた仲間の三人が殺された、もう一人はまだベッドの上なんだ、とにかく頼む」
「とにかく、嫌なものは嫌、強い相手と戦うとすぐ服がボロボロになって、毎回毎回裸ん坊だもん、そんな恥ずかしい真似もう出来ない」
「わかった、戦闘に耐えられる服があればいいんだな、俺が必ずみつけてやる、だからまってろ」
トニアガ急に歩き出そうとしたので、キャフィーはバランスを崩して、トニアにしがみついた。
「待って、とにかくマントを貸してよ」
トニアはマントを外してやった、キャフィーはあらためてマントを体に巻きつける。
「ダメ。そんな問題じゃ無いから」
「マントは貸しといてやる、俺が帰るまで預かっててくれ」
トニアは最強の服を求めて歩きだした、キャフィーが何か叫んでいるが、もうトニーの耳には入ってないようだった。
いつも疑問に思うのが、肉体は強くなっても、服や防具も一緒に強くなるのかって事です。
激しい戦いに肉体が耐えられるても、服や防具はどうなのか?
まあ、それ言ってしまうとファンタジーがしらけるので追及はしませんが(笑)
主人公の名前は尊敬してる作者さんの名前をひねってみました。