エピソード3魔力と料理と時々母上
あれ? なんか多いぞ?
書いていたら、スマートに済ませるつもりがごりごりと書きなぐりすぎました。
しかし、これを分割すると、おかしな事になりそうなので、すみませんがこのままで投稿と言う形になりました。
お楽しみいたたければ幸いです。
魔導歴3039年春後月78日重曜。
今日は、カミラが休養を頂けたため、館にてジンと座学を行っていた。
「ではジンちゃん、マナとは何かしら?」
「はい! «マナ»とは、僕達の生きるこの世界、エグゼリアを構築している物質です」
ジンの答えに、カミラは満足そうに頷き正解と言おうとした。
「更に«マナ»は、正のエネルギーを帯びた«マセ»と、負のエネルギーを帯びた«マガ»から構成されています。 この«マセ»と«マガ»の比率の変動で、プラスとマイナスそして中性の性質が現れます。 更に、«マセ»はプラスエネルギーである«ヒ»と中性エネルギーの«イツ»から構成されていて、この≪イツ≫と≪ヒ≫の各個数の違いで区別される«マナ»を«属性マナ»と呼びます。 «マナ»の中には«マセ»と«マガ»が数に多少違いはあれど必ず存在していて、どちらかに偏った状態の«マナ»を、それぞれ«プラスマナ»と«マイナスマナ»と呼び、偏りを持たない«マナ»は«純粋マナ»と呼びます。 更に、これら3つのマナをより大きな区分別けで«魔素»と呼びます。 そしてこの«魔素»を使って僕達人間は魔法を――」
「はいはいーストップストップ。 ジンちゃんなんでもうそんなところまで理解が言ってるかなぁ。 これ今日はもう座学しなくても良いんじゃない?」
「そんなこと言われても、勉強が楽しいのが悪いと思います」
べらべらと壊れたスピーカーのように語りだしたジンに、頭を抱えながら静止をかける。
別に、カミラがやろうとしている座学がジンの年代に見合わないほど遅いわけではない。
むしろ、こんな事は上の兄姉たちでもやったのはもっと後なのだが、本人は苦にすることもなくサラリとやってのけていたのだ。
これはジンが魔法とは現実に存在せず、物語の中でだけ語られるような前世を経験していた為、この世界の魔法について貪欲に知識を貪るに至ったのだ。
「ちなみに、聞くけど瘴気と聖気については?」
「マナの中にあるマイナス性質である«マガ»だけになり、プラス性質の«マセ»が0になってしまった場合、他の«マナ»から自身の持たない«マセ»を取り込み、補完しようとする非常に不安定な性質を持った物質に変化し、その変化した物質が«瘴気»です。 更に、«瘴気»とは反対にプラスの性質である«マセ»のみでできた物質も変化を起こし、«瘴気»に最も反応しやすい物質になり、この物質を、«聖気»と呼びます。 «聖気»は«瘴気»と違い、非常に安定した物質であり、«魔素»と共にあった場合でも、変質することはなく一定を保つことができる。 そして、この«聖気»を用いて«瘴気»を«魔素»に戻す作業を«浄化»と呼びます。 «マナ»は«魔素»«瘴気»«聖気»と、多様に変化し増幅減少を絶えず行い、僕達の世界であるエクゼリアを構築しています」
「うん、もうホント、すごいわ」
打てば響くとは、正にこの事でこんなにも反応の良い者は、弟子にも居ない。
更に言うと、自分でもここまでではなかったように思うと、この子の底がわからない。
カミラは屈託のない笑顔を浮かべる可愛い息子に、こう言った。
「本当、貴方は私達の自慢の息子だわ」
「ありがとうございます、カミラ母様」
しかし、どうしたものかとカミラは考える。
本日、行う分もしばらく後に行う分も、すでに完璧に理解している為、次の段階に移るしかないのだが、次の段階と言うと実技演習となってしまう。
そうなってしまうと、もはや教材を変える以前の問題だ。
「よし、ジンちゃん。 私の研究室行きましょうか」
「え、何をしに?」
そう言うジンの言葉に悪戯っぽくニヤリと笑い。
「貴方を知るためによ。 着いてきて」
そう言ってカミラは部屋を出る。
訝しみながらも、ジンは慌てずに後を追う。
そして、カミラが止まったのは物置部屋のある突き当たりのある廊下の壁の前だった。
「解錠」
彼女はその壁に触れそう呟く、すると壁にびっしりと呪文が現れて、陣となって構築されて行き、壁の中心部が成人が一人通れる位の穴空きの壁として再構成されていく。
「ふぁぁぁ……」
「ふふ……」
この光景は何度か見ているのだが、何度見ても飽きないと言った風にジンはこれ以上の言葉がない。
普段の大人びた様子からはまるで想像できない程に、キラキラとした瞳で、魔法を見つめる義息子にカミラは微笑ましさを感じた。
そうして、穴が完全に出来上がったのを確認し、カミラはなかに入っていった。
穴の中は不思議と暗くはなく、地下へ続く螺旋階段になっていた。
ジンは、カミラにならい穴の中に入る。
すると、後ろで音がして、振り向くと穴が塞がって行く光景が見れた。
しかし、今度はその光景に見惚れることはなく、カミラの後を追う。
カツン、カツンっと石壁の中に響く靴音が、非日常のような様子を掻き立て、ジンの中にある冒険心をくすぐった。
そして、壁を伝いながら階段を降りていくこと5分。
小さな扉がついた壁が現れ、カミラは扉を開けて頭を下げながら中に入っていった。
ジンもそれにならい、なかに入っていくと、その中は本がびっしりと詰まった本棚の壁と、フラスコとビーカー、書類等が乱雑に置かれて今にも溢れそうな小さな机、小さな引き出しが一杯ついた本棚と同じくらいの大きさの棚と、まさしく研究室と言う言葉がぴったりの場所であった。
「それで、カミラ母様。 ここで何をするのですか?」
「ちょっと待ってね……えっと、ありゃ? ここじゃなかったっけ?」
そう言って奥の方に入っていったカミラが、ガタガタと何かを探し回っていると、数分後にあったと声をあげて戻ってきた。
持ってきたそれは、何かの端末のような形をしており、一番近いのはスマホのような見た目だった。
「なんですか、それ?」
「魔力計測器よ。 小型のだから本当に正確な魔力量は測れないけど、先天的に得意な操魔属性位なら図ることができるわ」
しかし、このエグゼリアは剣と魔法のリアルファンタジー世界。
スマホであるわけがなかった。
カミラは、計測器を操作しジンの方に向ける。
「掌全体を押し付ける様にしてみて。 そしたら、計測されるわ」
言われた通りに掌を押し付ける。
すると、計測器が光を放ちジンの掌を指先から手首の方まで走る、まるでスキャナーで、スキャンしているような見た目だった。
そんなことを考えていると、計測器にグラフのようなものが浮かび上がる。
「計測器終わった見たいね。 どれどれ……っ!?」
「え、な、なんですかカミラ母様? どうかしたのですか?」
カミラはジンの言葉が耳に入ってこなかったほど計測器を見て余りのことに驚きを隠せなかった。
うっかり計測器を落とさなかっただけでも、誉めてほしいと思うほどに、それは衝撃的だった。
「そんなに酷いのですか?」
「いや、まぁ、酷いと言えば酷いけどねぇ」
そう言って、カミラは計測器をジンに見せる。
「魔力量一、十、百、千、万………59万? これって酷いのですか?」
「簡単に言うと、私の魔力量が約70万と言えばどう思う?」
「……え?」
ジンはカミラの言葉に二の句が告げられなかった。
カミラは宮廷魔術師の最高峰である。
そんな人物と魔力量が約11万しか差がないと言う事が、いくら魔法初心者のジンでも、異常な事であるとすぐに分かった。
「ちなみに普通の成人男性が約7000位、多い人でも1万5000位なのよ」
「……」
もはや、なにも言えない、と言わんばかりに顔を覆うジン。
しかし、ついで告げられた言葉は更に衝撃的だった。
「それはまぁ、良いのよ。 問題なのは、一般の属性魔法が軒並みランクCなのに、何なの重魔法のランクSって? こんなの見たことないわよ」
計測器には六角形のレーダーチャートの重魔法のところを中身が突き抜けて枠の外に出ていると言う、カミラでさえ見たこともない事態になっていた為、酷く困惑していた。
それはジンも同じであった、余りにも強すぎる力は人を恐怖させるそれが例え肉親であっても。
ジンはこれから先のことを考え、考えすぎて不安で顔を青く染め、体が寒くもないのにガタガタと震え、目尻に涙が溜まっていく。
しかし、それもつかの間のことで、カミラがジンの方に向き直ると、屈んで視線を会わせる。
「まあ、色々と予想外の事が多かったけれど、これでジンちゃんも自分の事が分かったわね」
「え?」
そう言って、カミラはジンを抱き締めて頭を撫でる。
その事に頭が理解するのが遅れる。
徐々に理解が深まるのと同時に、涙が止まらなくなり、絶えずほほを伝う。
嗚咽だけはあげまいと、ジンは俯き歯を噛み締める。
「大丈夫よ、ジンちゃんは頭がいいから色々と考えすぎちゃうのよね。 でも大丈夫、私たちはそんなことで、この程度のことで貴方の家族を辞めたりなんかしてあげないんだから」
「うぁ………うぐぅ……あぁ……あぁーー!」
優しく囁かれた言葉にジンはもう耐えることはできなかった。
カミラに抱きついて、力の限り泣いた。
それは、前世を孤独に過ごしてきた彼の59年分の嗚咽だったのかもしれない。
その後、泣きつかれ、目を張らしたジンがカミラに背負われていたと言うのをユウリが聞きつけ、ひと悶着あったのだかそれはまた別の話である。
魔導歴3039年春後月87日土曜。
「うーん、どうしたものかしら……」
その日、システィは自身の経営する孤児院の経営報告書を見ていた。
子供達とは国の宝なのだ、その子供がやむ終えない事情があるとはいえ、独りとなり育つことなく死んでゆく。
それが嫌で、結婚する前から自分で孤児院を開設したのだ。
しかし、現実的な問題と言うのはなかなかにのし掛かってくるものであり、今こうして直面している事実でもある。
そんなことを考えていると、部屋の中にノックの音が響いた。
「どなた?」
「システィお母様、ジンです、お昼ご飯が出来上がりましたので、お声をかけに参りました」
「あら、もうそんな時間?」
時計を見ると、確かにお昼を指し示していた。
すると、システィのお腹が小さく鳴り、今まで自覚していなかったのか、かなりの空腹状態にあるようだった。
「ありがとう、ジン。 一緒に行きましょうか」
「はい!」
システィはそう言って部屋を出て、共に食堂へと向かった。
しかし、そこには、見慣れない食べ物があった。
「あら? これは……?」
「実は、料理長に無理を言って一緒に作ってもらったんです」
ジンの言葉に小さくない驚きを得る。
「ジン君が作ってくれたの?」
「はい! その、最近、システィお母様が元気無さそうにお部屋でお仕事をされているのを見まして……少しでも元気が出ればと」
そう言って、恥ずかしそうに笑みを浮かべるジンの言葉に、システィは感動を覚えた。
「ありがとう、ジン君」
そう言って、彼の小さな体をぎゅっと抱き締める。
程なくして、二人は席に座り、料理を前にする。
「これは、なんと言う料理なの?」
「はい、ハンバーグと言う料理になります。 母上のお国の近くに住んでいる遊牧民の料理の話を聞きまして、料理長の手を借りまして僕なりに手を加えた料理です」
ジンが作ったハンバーグは、ほぼオーソドックスな玉ねぎとひき肉で作った物なのだが、脂身の少ない肉を塊から挽き肉にしたので少し脂っけが欲しかった為、脂身を追加して混ぜた。
始めに表面を焼き、後にじっくり中まで火を通す、これにより旨味を中に閉じ込め、中からじゅわっと肉汁が溢れ出すジューシーな仕上がりとなった。
ソースは、トマトベースのソースで肉との相性が抜群である。
「そうなのね、じゃあ頂くわね」
「はい! お召し上がりください!」
システィはナイフとフォークを手に取り、ハンバーグにナイフを入れる。
じゅわっと肉汁が溢れ、香りが鼻孔を擽る。
「はむ! ん! 美味しいわ!」
口に入れた瞬間、肉の旨味が口の中一杯に広がり、きちんと中まで日が通っているのに柔らかく食べやすい。
酸味と甘味有るソースがよいアクセントになり、食が進む。
「それにしても、本当に美味しいわ。 柔らかいしでも中まで火が通ってるのよね?」
「お肉を食べやすくするため、小さく細切れにしたのです。 ただ赤身ばっかりだったので、追加で脂身を少しだけ追加してしまいましたけど」
そう言って、ジンも頬張る。
すると、システィが固まっていることに気がついた。
「そうか、細切れ肉なら切れ端とか町のお肉屋さんで安く手に入るし、脂身も多分安く手にはいる……ぶつぶつ……」
「え、あの、システィお母様?」
俯いて何かぶつぶつと呟き、完全に一人の世界に入り込んでいる。
「(これは帰って来るまで待たなきゃダメだな)
そうジンが思っていると、ばっと顔をあげてシスティは彼を視線にとらえる。
「ジン君! 本当にありがとう! 貴方のおかげで解決しそうだわ!」
「んむ!?」
そう言って、システィはジンをその豊満な胸の中へと抱き締める。
すりすりと、ジンの頭に頬ずりしながら頭を撫でる。
しかし、当のジンはそれどころではなかった。
「ありがとう、お料理もアイデアも本当に沢山くれて、」
「(お、お母様! 放して! い、息が……!?)」
豊満なシスティの胸の中にがっちりと固定され、窒息しかけていた。
「(あ、ヤバい。 いし……き、とお)」
「あれ? ジン君? ジン君!」
ジンが目覚めたのは、システィが仕事を終えて、孤児院の食費問題をほぼ解決したあとであった。
ちなみに、システィがユウリに料理の話を漏らしたため、拗ねたユウリの機嫌が治す為、手料理を振る舞うのであった。
魔導歴3039年夏前月14日水曜。
「あ! 母上! あそこにパン屋さんがありますよ!」
「ふむ、ちょうど昼時だし、買って一緒に食べようか」
「はい!」
ジンは、母に連れられて、町に出ていた。
この10年間ずっと館の中に閉じ籠った生活をしていたため、不自由はしていない流石にこれは良くないと思い立ち、母に訴えたのだ。
すると、ユウリは嬉しそうに地味目の服に着替えて、連れ出してくれた。
所謂《お忍び》と言うやつである。
街中を母と、手を繋ぎ移動していると、今まで館の人としか接してこなかったジンにとっては、新鮮な気持ちになった。
あちこちに、視線を向けて発見があると指を指し声をあげるその姿は、年相応の子供のようであった。
ユウリは、ジンがあまりにも手が掛からなさすぎて、少し寂しい思いをしていた。
その反動か、武の稽古をする際はみっちりと行うようになっていたが、あくまでそこは我が子ではなく、師と弟子の関係であった。
故に、今回のジンの我が儘に嬉々として同行したのだ。
「見てください母上! 変な形してます!」
「変だなんて言うものではないよ。 それはこの国の国旗の形をして居るんだから」
パン屋で見つけた、見たことない形のパンに声をあげる姿。
「これなんてどうでしょう? ちょっと、袖が余ってますけど……」
「ふふ、ジンにはまだ、早いのではないか?」
服飾店で気に入った服に袖を通し、服に着られているような姿。
「ふぉぉぉぉぉ!」
「そんなに見つめていたら、剣に穴が開いてしまうぞ?」
武具店で、美しい飾りつけをされた魔剣に心踊ると言った顔で見つめている姿。
ユウリはこんなにも、表情をコロコロと変化させていたジンは赤子の時以来のように感じる。
(ああ、そうか、私はそれだけこの子の側に居なかったのか)
振り返ってみるとジンが生まれて、この10年間、成長するに連れて勉学に励み、物静かで大人びた様子を見せていくジンに安心して、一人で過ごさせることの方が多かったのだ。
一緒に居るのはたまにする武の鍛練だけ、顔を合わせるときは食事と入浴、そして寝顔。
そのくせ、システィがジンの作った手料理を食したと聞いたときは、嫉妬のあまり拗ねて、我が子にご機嫌取りをさせたり、カミラが泣き張らしたジンを背負っていたときには、腹に末かねて躍りかかった事もあった。
ジンがユウリの誕生日に、手作りの木彫りの櫛をくれた時は、嬉しさのあまり狂乱したほどだ。
「なぁ、ジン。 私はちゃんとお前のははかなぁ?」
「え?」
「え、あ!」
ユウリは、思わず口から出てしまった言葉に驚き口を覆う。
「いや、何でもない、今のは忘れなさい」
そう言って、その場を濁そうとしたのだが、不意に横から小さな衝撃があり、少しよろめく。
「ジン?」
「母上は、私の母上です。 この世でたった一人の母上なのです」
そう言っているジンの顔は見えない。
だが、声色が優しく言い聞かせるかのような印象を持たせる。
「私は、母上の子で幸せなのです。 私のことを我が事のように喜び、武においては手加減せずきちんと向き合ってくださる。 仕事に関しても、館の騎士達が言っております、母上は素晴らしい方だと」
「ジン……ジン!」
ジンの言葉に、ユウリは感動の昂りを押さえられず、力の限り抱き締める。
「そんな母上に、私は相応しい子供でいるでしょうか? 不出来ではないでしょうか? 私は、母上の息子でしょうか?」
「当たり前だ! 私には勿体無いくらいだ! ジンがジンで有ると言うだけで、お前は私の息子なのだ……!」
ユウリは自信の言葉に、はっとした。
そう、ジンがジンで有ると言うだけで、ユウリの息子であるならば、ユウリはユウリであると言うだけで、この子の母上なのだ。
「ジン……お前は本当に良い子だな」
「はい! だって母上の息子ですから!」
「はは、うむ、そうだな!」
ジンの言葉に返事を返すユウリの表情は染み渡る空のごとく晴れやかだった。
いかがでしたでしょうか?
ご意見、感想お待ちしております。
17/09/19
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