エピソード1生誕(さいたん)
なんと、まさか0話終わって1話入ってもまだ主人公が喋ってないとは、ゆゆしき事態だわ……。
とりあえず、しばらく赤ん坊ですので冒険もお待ちください。
「……」
「……」
がたがたと街道をひた走る1台の馬車その中で、顔立ちの似た二人の男性が居た。
一人はすこし年嵩の男性で、シワが入りだして髭が似合い出す年頃。
しかし、その瞳は光るものを秘めており、老いよりも成熟した男の魅力を感じさせる。
その手をそわそわと擦り合わせたり、瞳があっちこっちへ忙しなく行ったりしていなければ、の話だが。
そんな男性の様子に、対面に座っている男性というよりも、すこし幼さを感じる青年はため息を付いていた。
「父上、もう少し落ち着いてください。 そんな様子を家人の目に入れては貴族としても、王族の一員としても示しが付きませんよ?」
「うむむ、それはよく分かるのだが、それでもやはりと言うか、気になるのだよ……」
男性を父と呼んだ青年は眉をひそめて、眉間を指で触りやれやれと言った様に首を振る。
そんな彼に対して、男性は眉をハの字にしてオロオロとしだす始末。
「よもや青年してから、父のこんな姿を見ることになろうとは……。 «壊滅卿»ダスティン・グライヴ・アクティビア公爵の姿は、どこへ行ったのやら」
「自分の力でどうにかなることならば、なんとでもなるんだがなぁ。 はぁ――」
そう言って、息子の言葉に対して弱々しく返事をして、ため息をつく。
「まぁ、お産に関して我ら男性陣ができることはありませんので、そこは耐えるしか……」
「それができれば苦労せんよぉ! はぁ、ユウリ……」
まるで子供のように情けない声を上げる父ダスティンに青年エグザ・フォンド・アクティビアは今一度ため息を付いた。
しかし、父がこれ程までに取り乱している理由を考えれば妥当ではあった。
エグザには3人の母がおり、1人目がシスティ・カトライア・アクティビアといい、この国アクティアン王国第8王位継承権を有していた元王女であり、エグザと血を直接分けた母である。
2人目が、カミラ・エンデ・アクティビア、現宮廷魔術師長であり、アクティビア家の子供達の魔法の師でもある。
そして、3人目がユウリ・アクティビア、セカンドネームを持たない隣国ヤマトの武家出身でこちらはアクティビア家の武の師だ。
この3人目の母ユウリが、男児を身ごもっていたのだが、産気づいたとの報告があったのだ。
王城にて執務中の身であったが、部下たちの気遣いで早めに切り上げることができたので、父とともに我が家へと急行しているのである。
父に対し色々言っていたエグザであったが、彼も父がこれほどまでに取り乱しているからこそ冷静でいられるだけで、実際には母の身を案じていた。
お産は母子とも命に関わるため、方法が如何に確率されてようと、最悪の事態と言うのは存在するものなのである。
それっきり、ふたりとも揺れる馬車の中で黙って待つこと10分後、揺れが収まり扉が開かれる。
「殿下、ご到着……」
「とう! ぬおぉォォォォォォ! ユゥゥゥゥリィィィィィィィ!」
馭者が扉を開き言葉を述べているさなかに、ダスティンは返事もせず勢い良く飛び降り、風魔法まで使って風の抵抗を減らし、本気の全力疾走をして館の中に入っていった。
そんな主人の様子に馭者もあっけにとられ、過ぎ去っていった方向を唖然として見ていた。
「よっと、済まないね。 父は弟の誕生に気が気でないのだ」
「い、いえ」
戸惑いを隠せていない馭者の肩を軽くたたいて、エグザも館へ向かう。
全力疾走とは行かないが、彼もすこし早歩きで――。
そして、何分かして目的の部屋に到着し、扉を開ける。
「おーよしよし、ぱぱでちよぉ」
最初に耳にしたのがそんな風にだらしがないく鼻の下を伸ばした様な父の声だったせいで、なんとも嫌な気持ちになってしまった。
「アディだよー! お姉ちゃんだよー!」
「ネーアお姉ちゃんですよー」
そんな父そばでぴょんぴょんと跳ね回ったり、覗き込む女の子が二人。
二人はエグザの妹で、跳ね回っている方が長女のアディータ・クルス・アクティビア、覗き込んでいる娘がネーアシス・ブルメ・アクティビアという。
エグザはそんな三人に近づき、その向こうを見ると、そこにはすやすやと心地よさそうに眠る小さな命があった。
そこには珍しい真っ黒な髪をした天使が居た、男児とわかっていても身内びいきかもしれないが愛らしいと思う。
「初めまして、弟君。 君の兄になるエグザだ。 よろしくな」
そして、ベットに横たわり、その命を抱くユウリに声をかける。
父と妹達の反対側には、システィとカミラがいた。
「お疲れ様でした、ユウリ母様」
「ああ、エグザ。 おかえりなさい、ありがとうね」
そう言って、浮かべる笑顔にはすこし疲労感が拭えない様子がある。
そんな彼女をねぎらうように、システィは髪を撫でる。
「無理せず寝てていいのよ? お乳はもうあげたのだから、しばらく休むことができるわ」
「いえ、もう少しこの子の事を眺めていたいの」
そう言ってユウリは自身が産み落とした我が子を撫でる。
すると小さな欠伸をして、母に体をこすりつける様に体動し、その小さな手でしっかりと母の服を掴んだ。
そんな新しい家族の様子に、システィは小さく笑みをこぼす。
「あら、この子も離れたくないと言っているようだわ。 ふふっ」
「むむむ、お前のお母さんはユウリちゃんだけじゃないんだぞぉ」
赤子の頬をぷにぷにとつつくカミラの目は、やはり母親らしく慈しみに満ち溢れていた。
穏やかな時が流れていたその最中、ダスティンが思い出したかのように口を開く。
「ユウリ、この子の名前だがな、やはり君の国、ヤマト風の名前をつけようかと思って、色々と調べていたのだが、やはり私では難しかった……すまんな」
「まぁ、そんな、言ってくだされば、名は考えてあるとお答え致しましたのに」
「え、そうだったのか?」
キョトンとしているダスティンだが、カミラはやれやれと首を振りながらこう言った。
「と言うか、私は言ったよ? ユウリがもう名前考えてるって」
「えぇ!?」
しれっとそんなことを言うカミラに、ダスティンは驚きの声を上げる。
その後、すこし考えるような様子を見せたため、システィが声をかけた。
「でしたら、旦那様のお考えになられた名前をセカンドネームにすればよいのではないでしょうか?」
「おお! 確かに、それは良いな!」
「ヤマト風の名はどこに言ったのやら……」
「おっほん! で、ユウリよ。 この子に考えた名を聞かせてくれるか?」
カミラの呟いた言葉に、咳払いをしダスティンはユウリに声をかける。
「はい、ジンという名を考えておりました。 ヤマトの古い言葉で刃操る者、転じて武具を操る者と言う意味を持っております」
「おお、男児たるものやはり武に秀でてほしいものな! 私はアークと言うなを考えておった。 この言葉も古の言葉で大いなる者や強者を意味するのだ」
そういった後、ダスティンは赤ん坊に視線を移し、その小さな頭をなでながら言う。
「お前の名は、今日からジン・アーク・アクティビアだ」
魔導歴3029年春後月66日重曜ここに、ジン・アーク・アクティビアは誕生した。
のだが――。
(言葉が放せないって、不便だなぁ……それに1年はオムツに母乳と考えると……はぁ憂鬱だわ、ても今は眠いし、眠っとこう)
そんなことを、産まれたばかりの赤子が考えているなどとつゆほどにも思わないアクティビア一家なのだった。
前回に引き続き今回も読んでいただいてありがとうございます。
よろしければ、次回もよろしくお願い致します。
時間のあれこれ
この話の世界では、1年は360日あり、それを90日ずつ4つの月に割り振り、春夏秋冬と季節わけをしています。
さらに、一月の1~30を前、31~60日を中、61~90日を後と呼び、春夏秋冬の後ろに付けたして、月を表します。
曜日は、魔法属性の数存在し火水土雷風重の6つの曜日となります。
光と闇は、それぞれ1日の午前午後を別けており1日は24時間で、数えられています。