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どうせなら女騎士がよかった

 若い兵士達の食事は、まるで津波のようである。

 勢いよく襲いかかってきたかと思えば、皿の上を舐め尽くすような勢いで平らげ、あっという間に消えていく。

 百人かそこらか、さすがに面倒になって数えた事はないが、サラダとスープの盛り付けをしているだけの下働きの少女が、へとへとになりながら裏手へと休憩しに消えて行ったというのに、重いフライパンを振り回していたばぁばが汗一つかかず、さらりとエプロンを外すのを私はいつものようにおぶわれながら眺めていた。


「待たせたのう」


「本当に待ったわ」


「そんなんだから結婚出来んのだ、おぬしは」


「そいつは結構、それより」


「かー!色気より食い気か、ほんにもうまだまだおこちゃまよのう、ギル坊やは!」


「ギル坊やはよせ」


 人のいなくなった長机に腰かけていたギルバートの前に、ばぁばは手際よく皿を並べていく。

 湯気の漂う何やらたまねぎのような根菜が刻まれた物が入ったスープに、白いドレッシングのかかったレタスっぽい野菜、そしてチャーハン。

 山のように盛られたチャーハンの上には余った厚切りのベーコンがどんと乗せられ、まだ奥歯の生えていない私も生唾ごっくんである。

 焼けたニンニクと、ちょっぴり焦げ目の付いたベーコンの匂いがもうたまらない。


「さ、冷める前に食え!」


「いただこう」


 ギルバートのテーブルマナーは筋肉質に見た目を裏切って、やたらと洗練されていた。

 彼のスプーンの上から米粒の一つも落ちる事はなく、ベーコンを切り分けるナイフも怪しげな所はこれっぽっちも見当たらない。

 鉄柱でも入っているかのようにぴしりと伸ばされた背筋は、悔しいけれど素直に絵になっていると思ってしまった。

 それ以上に驚くのは、そのスピードだ。

 大皿に山のように盛られたチャーハンは真夏の太陽に炙られる雪のように消え失せ、サラダは気付いたら無くなっていた。

 そのくせ涼しい顔をしたギルバートの髭には、米粒一つついていない。

 正面に座ったばぁばの膝の上で見ていたはずなのに、どういう食べ方をしていたんだろう……。


「……久しぶりに食べたが、腕は落ちてないようだな」


「素直に褒めんか」


「ふん」


 と、鼻を鳴らすギルバートとばぁばは、やたらと気が合っていた。

 こうなると友達と遊びに来たら、そいつが自分より付き合いの長い友人と出会った時のような居心地の悪さがある。

 いやまぁ私が何かしゃべる必要があるわけでもないし、問題はないのだが。


「それで……ジョセフの方は今何をしてるんじゃ……?」


 ギルバートが食事を終えたタイミングを見計らい、ばぁばが声をかけた。

 彼は即座に答えるわけでもなく、茶をすすり、満足げな吐息を吐き、ゆっくりと口を開く。


「知らん」


「知らんて」


「知らん物は知らん。多分、一人で国中の山賊を焼いているのだろう」


「そうか……」


 そうか……じゃなくて。

 一人で山賊狩りしてる貴族の当主って、何かおかしくないだろうか。

 悲しい過去のある主人公が耐えきれず、遠くへ旅に出るのを見送るヒロインみたいな声出しておけば流せる部分ではないと思うんですけど。

 え、普通はそういうもんなの?


「まぁいい、若いモンの稼ぎを奪うなと伝えておいてくれ」


「ああ、その辺りは考えているだろうし、しばらくこちらに戻ってくる気もないだろう」


 あ、待って。山賊狩りのもう少し詳しく。

 さらっと流されてるけど、将来的に私も山賊の群れの中に一人で突っ込まれたりするんだろうか。

 常識的に考えて、正気ではないと思うんです。

 山賊が十人いたとして、単純に十倍ですよ。

 顔を見た事のない父親の話なんかより、よほど気になる。


「……リリィはいいドワイトの女になっただろうに」


 ばぁばは、深いため息を吐いた。

 膝に乗せられた私からは、その表情は窺えなかったけれど、ギルバートの瞳には不思議なくらいくっきりとばぁばが映っている。


「ふん、人は死ぬ。ババアが力を尽くしたんだ。それでダメなら、あとはどうしようもなかっただろうよ」


 ギルバートの瞳に映ったばぁばの表情は、笑顔だ。

 私に見せてくれる満面の笑みではなく、疲れ切っているような、折れた花のように弱気な、私が見た事のない笑顔だった。


「やれやれ、それで慰めてるつもりかのう、ギル坊やは」


「坊やはやめろと言うに。……ただの実感だ。ベストを尽くした。なら、それは悔やむべきではない。悔いは足を止める」


 どこか稚気を見せていたギルバートの表情は、今この瞬間だけは男の顔になっている。

 それはひどく硬い、鋼のような男の姿だ。

 もし彼の目の前で千人が死のうと、こゆるぎ一つしないであろう硬さだった。


「それとも」


 そんな男の姿から一転、にやりと笑ったギルバートは、ばぁばに言う。


「私と再婚でもするかね?過去を忘れて新しい生活を送ろうにも、可愛げのないババアを貰ってくれるのは私以外おるまいよ」


「はっ」


 何言ってやがんだ、この野郎。お願いですから断ってください、という私の気持ちが伝わったのか、ばぁばは軽く鼻で笑うと、


「私の愛は今でも一人だけに捧げられておるよ。いいから、さっさと相手を見つけんか、ギル坊や」


「そいつは結構」


 フラれやがってざまーみろ!と言ってやりたいが、さらりと肩を竦めるギルバートは涼しげで、最初から冗談だったとしか思えない。

 ……まぁ冗談だったのか、というかばぁばは結婚していたのか。

 今明かされる衝撃の事実、という感じである。

 マジかー……ちょっと本気でショックを受けている自分にショックだ。

 いやでも、母親のように慈しんでくれて、ご飯も美味い。更に(少しばかり、ほんの少しばかり幼いが)可愛い上、永遠の幼な妻となれば、誰だって恋をしてしまうのではないだろうか?

 これはマザコンとかではなく……そう、自明の理である。

 大丈夫、私はマザコンじゃない。

 そういえばばぁばはどういう立場の人なんだろうか。

 一応、次期当主である私をおぶりながら料理作ってるただのエルフ、という事もないだろうし。


「それより"親指"ギルともあろうお方が、何しに来たんじゃ。暇だったのか」


「ん……?ああ、忘れていた」


 忘れていたというなら、まぁ大した話ではないのだろう。

 何やら強そうなギルバートではあるが、私が忘れていない限り作中に名前も出ていないようなモブキャラだし、大した人ではないはずだ、二つ名の"親指"も何だか弱そうだし。


「若の教育係やる事になったから、これからよろしくな、ババア」


「えー……おぬしがか」


 えー……どうせなんちゃってファンタジーなら、私は女騎士がよかったなあ。

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