そろそろ「す、すごい!」とか言われるようになって欲しい
「おかしい……何かいい感じに終わって誤魔化されたけど、結局戦場送りにされてんじゃねえか……内政チート出来ないとか意味わかんねえし、あの少年に何も言わないで出てきちゃったし、マジもったいねえ……カレーに誤魔化されたけど、何も出来てねえ……あの髭ぇ……」
うららかな昼下がり、独り暗い気を吐き続けている"男"の横に座るフィリップは、ひどく憂鬱だった。
がたがたと揺れる馬車は買い物かごに突っ込まれた大根の気持ちを嫌というほどフィリップにわからせてくれるし、気分転換に外を見ようとすると膝を抱えて何事かぶつぶつと呟く男の姿がある。
呟いている内容はさっぱりわからないが、何やらよほどの事があったに違いない。
こんな時、頼りに……腹の痛い時に祈る神様よりは、まぁ役に立つ相棒のジュゼッペに目を向けた。
「……………………」
ただでさえカエルに似た潰れた面が、だくだくと流れる汗のせいで更にカエルらしくなっていた。
フィリップとは違い、まともに数字が数えられるジュゼッペは頭の回転が早い。
フィリップは頭が悪くて、他人が簡単にわかる事がわからなかった。
ただジュゼッペより頭は悪いが、フィリップの方が顔がいい分、人生はバランスが取れている。
どっちがマシなのか、さっぱりわからない辺りもよくバランスが取れていた。
狭苦しい馬車の中、ジュゼッペの前に座っているのはでかい緑の豚面だ。
「……すまん」
「いえいえいえ、とんでもねえこってす!?」
あまりにでかすぎて馬車が揺れるたび、ジュゼッペの膝にでかい緑色の膝ががんがん当たっている。
カエル面のジュゼッペ、豚面の緑色。
誰がどう見ても、緑色の方が強そうだ。
あのでかい手でごちんとやられた日には、ジュゼッペの頭がうっかり手を滑らせて石の上に落とした瓜のようになってしまうに違いない。
あれはそう、何年か前……確か夏か春だったはずだ。
「ふふん」
こうやってしっかりと覚えている事もあるんだぞ、という気持ちを込めてジュゼッペを見てやれば、なんだかとんでもなく不味い面で見返された。
あれは『いいから黙ってろ、このこんこんちきのうすらぼけ』という時の顔である。
ここで下手な事を言えば百も二百も罵られる事を、千や二千をかけて学んでいるフィリップは、賢明にも口を閉じた。
「ふふん」
「いいから黙ってろ、このこんこんちきのうすらぼけ」
「!?」
おかしい、今のは褒められてもいい場面ではなかったのか。
そう思い、緑色の奴……は怖いのでぶつぶつ言ってる奴……も怖かったので、残った赤毛に視線を向けた。
強そうな緑色と、気持ち悪い金髪に比べると赤毛はなんというか普通だ。
確かにまぁフィリップ達よりもでかいが、妙に細っこい感じがする。
見られている事に気付いたのか、赤毛と目が合う。
猫みたいな目付きの赤毛に何を言うべきか、と少しばかり考えてみたフィリップだったが、特に何も浮かばなかったので、とりあえずにこりと笑ってみた。
村の女衆には『フィリップの頭の中身を捨てて、剥製にするのが一番だ』と、よく言われる笑顔である。
「ンダコラー!何笑ってんだコラァー!?」
「!?」
チンピラだ!コワイ!?
最近になってちょっと調子こいてる感じのするチンピラだ!?
「調子こいてっと、三枚にへし折ってやるからな、オーギュストさんがなァ!」
「……俺がか?」
チンピラのアニキだ!コワイ!
「フィリップ、本当におめえって奴は何もしてねえのに何かやらかすのな……へへへ、お武家様方。このフィリップの阿呆は本当に阿呆なんです。何一つ悪気ってもんはないんで、ただ本当に阿呆なだけなんでさあ。何か気に触ったとしても気にするだけ時間の無駄ってもんでござんす」
「へへっ」
フィリップは少し照れた。
こういう時、迷わず揉み手をしながら強そうな奴に媚びを売り、フィリップを罵ってみせるジュゼッペは頼りになる男だ。
フィリップは、こんなジュゼッペが好きだった。
ちょっぴり落ち着いて考えてみれば、なんてひでー奴なんだ、と思うくらいに罵ってくるが、フィリップの面倒をみさせたらジュゼッペの右に出る者はいない。
「なんで笑ってんだコラー!」
「なんで笑ってんだコノヤロウ!?」
何故だか赤毛とジュゼッペ、二人同時に怒られてしまったが。
よくわからないが、フィリップは顔だけなら高慢ちきなお貴族様のようで、にっこりと笑うといやみったらしく感じるらしい。
だからといって、こんなにも一斉に怒るのは違うのではないか。
フィリップに何をしていろと言うのだ。
「いいから、大人しくしてろ?な?出来たら息もするな?」
大人しくしていたつもりだったフィリップは、少ししょんぼりした。
ジュゼッペに迷惑をかけるつもりはなかったが、フィリップというやつはいつもこうなのだ。
何をやらせても駄目、ジュゼッペだってフィリップの面倒を見なければ嫁の一人くらい簡単に……は無理かもしれない、顔が不味いから。
慣れているフィリップだって、夜中に外の便所で出くわしたらついつい漏らしてしまう不味さだ。
貧乏農家の三男のフィリップと、小作の五男のジュゼッペに来たがる嫁がいるとは到底思えない。
が、それでもジュゼッペには、もっとマシな未来があるんじゃないかとフィリップは思っている。
フィリップさえいなければ、と考えた事は何度もあった。
よくわからないが問題を起こすフィリップを、ジュゼッペは見捨てないでいてくれる。
積み重なった恩を返す事は出来ずとも、これ以上の負債を積み重ねずに済むのではないか、とフィリップは思うのだ。
なにせこれから向かうのは戦場だ。
立派に戦ってみせよう、とフィリップは思った。
わざと死んだ、と思われる事のないように。
あいつは最後の最後だけは、ちょっとはマシだったと思われるような、そんな感じで頑張るつもりだ。
そんな悲壮な決意をフィリップが改めてした時だった。
「ブツブツブツ……いやまぁ待て、いきなりそんなヤバい所に突っ込まれるわけはないはずだ。ちょっと上手い事やって、何か上手くすれば上手い感じに……よし、みんなギスギスしてないで自己紹介しようぜ!」
ぶつぶつ呟いていた怖い男が、いきなり満面の笑みと共に大声を出してきた。コワイ。
この三人は三者三様の怖さがあって、ひたすらお近づきになりたくない。
ジュゼッペも元々カエルのような面だが、フィリップにしかわからないだろうが更にひきつっている。
それに何より、
「これから一緒に戦う仲間なんだからさ!」
そう言った男の目は、フィリップのよく知っている目とそっくりだった。
馬鹿を見る目だ。
お前の話なんて何一つ聞く気はない、と言わんばかりの目で、全員を見ていた。
フィリップは、この男がすっかり嫌いになっていた。