復讐の炎が燃えていた(過去形
炎が燃えていた。
それは私の中で燃える、復讐の炎だ。
ドラゴンの戦うたび、毎日のように殺されるたびに私達はひどいビジョンの中に落とされ続けていた。
そこに何一つ嘘はない。
竜と訓練が出来る、というのは破格の体験だろう。
あの巨体に溢れる力は言うまでもなく、的確に動き続ける技量と判断力は少年との戦いを見ているだけで勉強になるし、それに何よりドラゴンに挑むという一点で嫌でも度胸が付く。
もし百人の兵隊に突っ込め、と言われてもあそこまで怖くない確信がある。
だが、そういうプラスの部分とは別に、心の底からいつかあのクソドラゴンを仕留める、と私達は誓った。
隠している傷痕をわざわざほじくり出してくるのだから、もはや戦争をするしかない。
絶対にあの逆鱗をぶっ刺してやる、と堅く誓った……のは三日目だった。
今では志高く……一発ぶち込むか一発攻撃を避ける、まで落ちている。
いや、子供が四人集まっても勝てるはずがないじゃない?
あんなの国中の勇者が集まって、ほとんどが死に絶えて、最後の一人がようやく倒すとかそういうレベルの武勇譚になると思うんだ。
正直、心が折れかかっているのがわかる。
オシャレなトークで何とかしようにも、あの野郎なにも言わずに襲いかかってくるからな。
「……………………」
オーギュストとアルトくんの心が復活する時間が、ここ最近めっきり延びていた。
殺されるたびに復活する薄暗い小屋の中で、二人は項垂れたままぴくりとも動かない。
自分の人生で最大の後悔を何度も見せられ、自分の無力を延々と突き付けられ続けるのは、ひどく辛い。
まぁその点、私は前世でずっとやって来た事だから、彼らよりは慣れている。
声をかけるネタも尽きた私は、二人に黙って小屋を出た。
腹が減ったら、そのうち出てくるだろう。
どんなに悲しい事があっても、人は餓死するまでは悲しめない。
もし人が餓死出来るのなら、それは断固とした意思の下で、だろう。
小屋から出た私は朝の町の空気を深く吸い込んだ。
きんと頭の痛くなるほど冷たい空気で肺を開いていけば背筋が自然と伸びるし、人間の小さなあれこれを斟酌しない刺すような朝日を受ければ瞳孔が動いて目が覚めていく。
復活地点、と私が呼んでいる場所は町の外にある小屋だ。
外を走りに行くたびに、どうしてこんな場所に?と思うくらいぽつんとある小屋が不思議で仕方なかったが、こういう理由だったらしい。
軽く、だが竜と訓練を始める前の全力ほどの速度で私は走り始めた。
どう考えても成長期だから、とか毎日走ってるから、とかそういう理由以外になにかある気がする成長速度である。
下手したら前世のマラソン選手達、それも金メダル取るような人達に勝てるんじゃないだろうか。
あっという間に町中に入ると、朝の早い住人達の姿が見えてくる。
あれこれしている彼らが何をしているのか、実は未だによくわかっていなかった。
町は走り抜ける場所、というイメージだ。
未だに野宿で火も付けられない甘やかされた貴公子らしさも残しているジャン・ジャック・ドワイトです。
もし火が必要になったら、その辺りで拾ってきた大きな岩と岩をオーギュストが叩き付ける。
↓
岩から出た火花が、間に挟んでおいた藁に燃え移る。
↓
乾いた木の枝とかを突っ込む、という絶対にもっと効率のいい方法があるだろう、という真似をしていた。
何かしら方法があるのはわかっているが、それを試行錯誤する時間が勿体ない。
……私達には実力以前に頭脳が足りてないんじゃないか。
脳筋族にはなりとうなかった……。
「おかえり、ジャン!」
可愛いロリババアの嫁が欲しかった人生である。
クソみたいな現実を忘れるほどにバブいロリババアのばぁばに愛に包まれて、もう二度と外に出たくない。
あっという間に場面転換して城の食堂に辿り着いた私の前に現れたのは、私が可愛くて可愛くて仕方ない、とばかりに抱き付いてくるばぁばだ。
抱き締め返してぐるんぐるん振り回り始める。
ヒュー!ばぁばのメリーゴーランドだぜ!
「あっという間におっきくなりおって!こいつめー!こいつめー!」
ばぁばちょう可愛い。
可愛い所だらけのちっこいボディを見下ろすと、旋毛まで可愛いぜ。
……いや、心折られるのは慣れてるから動けるだけであって、しんどいのはしんどい。
貝になって深海の底でぴくりとも動かず食われるその日まで平穏の中で沈んでいたい。
「よーし、今日もたくさん食べるんじゃぞ!今日は朝からカレーじゃぞ!」
ヒュー!ドラゴンのいるファンタジーって設定を忘れたかのような献立だぜ!
「HEY、アンリ!大盛りで頼むよ!HAHAHA!」
「うう……最近のジャック様が怖い……」
「疲れとるんじゃ……優しくしてやれ」
メリーゴーランドから解放されたばぁばが、アンリの肩を叩きながら真顔で何かを言っていた。
内容については聞かなかった事にしたい。
最近、その辺りの兵士達もめっちゃ優しい目でこっちを見てくるし、あいつら全員殴り倒したい。
「お待たせしました、カレーの大盛りです」
「ありがとう、アンリ」
「あ、あの……あたしじゃ何も出来ないとは思いますけど、お話くらいならいつでも聞きますから……頑張ってください」
やだ、この子可愛い。
ばぁばに続いて、アンリもハーレムに入れたらロリとロリが被ってロリハーレムになっちゃう。
……ロリでもいいかな、なんて一瞬考えた私であったが十歳になるアンリは、その道のプロの方々すれば、そろそろ射程範囲外に出る。
つまり、ロリではないのでは。
まぁ多少成長したにしても、どう見ても十歳年相応の幼女にしか思えないから私自身をまったく騙せる気がしない。
「ありがとう、アンリ。実は頼みがあるんだ。聞いてくれるだろうか」
「はい、なんでも言ってください!」
ほんまええ子やのう、という感想しか出てこない辺り、私にはロリハーレムは無理だった。
「実は……」
「……はい」
胸の前で両手を握り締め、真剣に次の言葉を待つアンリに私が認めたいい男(高収入、高学歴、それでいて彼女だけを愛する誠実なイケメン)を紹介してお見合いさせてたい。
……私の知ってる範囲だと一番当てはまるのは爺か?
知り合いが少な過ぎた。
「実は……スプーン持ってきて欲しいんだ。カレーをフォークで食べるのは辛すぎる」
「はい!……って、ごめんなさい!?」
「慌てて走らないでいいから、ゆっくり持ってきてね」
……と、さて。
十分に癒されたから、そろそろ真面目になろう。
私はあと一年でも同じ事を繰り返せる。
勝てるはずのない現実に挑み続け、当然のように負ける。
そこに意味は何一つなくても、私には出来てしまう。
それは自信ではなく、ただ当たり前の事だった。
しかし、他の二人が折れるのは困る。
なんやかんや言いながら打ち解けてきたし、今更二人に脱落されると迷惑だ。
イェニチェリみたいな子飼いの部下が欲しい。
一撃当てるか、避けたらリーダー交代と決めていたから、私がリーダーの内に竜と訓練するのをやめたい、というこのタイミングで何とかしたい理由もあるが。
しかし、竜との訓練をやめたい、と言うにしても爺を何とかしなくちゃいけないんだよな……。
あの髭、何を言えば納得するんだろう。
「では初陣で」
「マジかよ」




