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そこに山があるからって登りたいと思った事はない

「…………なあ、オーギュスト。落ち着こうじゃないか。君はよくやったさ。私だってよくやった」


 走り続け、歩き続けてぱんぱんになった私の足は、今すぐ歩を止めて休みたがっている。

 それは私だけではなく、オーギュストもだ。

 緑色の肌は血の気を失い、見るからに顔色が悪い。

 そのくせ足は止まらず。

 フルマラソンを走り終えた後、いきなり山を登った代償はひどく重かった。


「ほら、もう夜だろ?お互いに健闘を称えて、今日はいい加減に休もうじゃないか」


 山の夜は正直、物凄い怖い。

 木々が生い茂り、月明かりも落ちない山の夜は一寸先すら見えていなかった。

 あとそういう生態なのか、オーギュストの目が夜の猫みたいにギラギラ光ってる。怖い。


「……そうだな」


「ああ、わかってくれて嬉しいよ」


 確かに私達は少しの誤解で争った。

 だが、こうして対話をする事によって、私達は再び友情を取り戻せたんだ。

 これはとても素晴らしい事だと、私は思う。


「お前、先に止まれ」


「おいおい、オーギュスト。何を言い出すんだ?」


「休憩、必要。言い出したの、ジャック」


「そういう事じゃないだろう、オーギュスト。私達はこのままじゃあ共倒れになってしまう。だから、そういう細かい話は一旦置いておいて」


「なら、お前先。言葉本当なら、出来るはず」


「……ちっ」


「……ふん」


 なんて卑怯な奴なのだろう、こいつは。

 一瞬でも友達だと思った自分が恥ずかしい。

 私はただ一歩でも先に行って、私の勝ちだと内心思いたいだけだというのに。

 いや、本当はそういうのどうでもいいんだよ?

 ちょっとの差で勝った負けたとか、下らないし。

 でも、オーギュストはそのちょっとの差で、私が譲ってやった部分で調子に乗りそうだからね。

 円滑なチームワークのため、ここは私が勝つべきなんだよ。


「ヒュー……ヒュー……ふ、二人とも頼むから待って……」


 などと言っている場合ではない。


「大丈夫か、アルトくん」


「無理……」


 背後でぼそりと俺の勝ち、という言葉が聞こえたような気がするが、そういう小さな所を捨てて、大局を見た私の勝ちです。

 それはともかくアルトくんだが、どこからどう見ても限界だ。

 その辺りから拾ってきたであろう太い木の枝にしがみつくアルトくんの顔色は、夜の森に潜む幽霊のようで少し面白い。

 こうして無駄口を叩かず口を閉じていれば美形に見えるというのに、つくづく残念な子だ。

 とはいえ、


「休むにしても、どうしたらいいんだろう」


 前世で多少のキャンプの経験はあるが、平たく均された土地でテントを張り、水道とガスの通った調理場でカレーを作った程度である。

 何もない山の中での夜営に、何一つ役に立たない。


「この中で夜営経験ある人は?」


「…………」


 ……いないんだ。

 二人とも野山で暮らしてそうな顔してるのに。特にオーギュストとか、洞窟でうほうほ言ってる顔してるというのに。


「……なんか、腹立つ」


「気のせいです」


「……とにかく、休める場所」


「こういう時は……川を探せばいいんだろうか?水は大事だし」


「なんでもいい……早く休もう」


 そういう事になった。











「…………」


 朝日が、綺麗だった。

 森の隙間から朝の光が流れる様子は、癒しのオーラが立ち上ぼり、ロハスな何かあれがこう……駄目だ、まったく頭が回らない。

 無言だった。

 誰一人として口を開く事はなく、地面に下ろした腰は根っこを張ったかのように持ち上がらない。

 そのくせ尻から伝わる朝の寒さは耐え難く、私は自分の身体をどう置いたらいいのか、さっぱりわからないでいた。

 

「……休めたか?」


 オーギュストの言葉にアルトくんは俯いたまま、ひどく億劫そうに首を横に振る。

 そう言うオーギュストだって、一睡も出来ていない。

 そして、私もそう断言出来るくらいに、まったく眠れていなかった。

 夜の山を、どこにあるかもわからない川を目指して歩いた結果、まったく見付からない。

 そもそも私達は何のために川を探していたのだろう。

 とりあえず水を補給するのが大事、という聞きかじりの知識で動いたせいだが、今はまだ水があるのに夜の山でやる事ではなかった。

 夜の森は足元から冷え込み、身体の芯まで凍り付きそうで、ようやく昇ってきた太陽の光が泣きたくなるくらいに暖かい。

 まぁ寒いなら焚き火でもすればいいだろう。

 軽く考えていた過去の自分を、殴り倒したい。

 そもそも火の付け方を、私達は知らなかった。

 ばあばが竈に魔法でさらりと火を付けていたが、私達に出来るはずもない。

 火打石なんて持っておらず、木の枝を錐のように回して火を付ける方法は何時間回し続けてもまったく駄目だった。

 湿気った木では駄目なのか、それとももっと別なやり方があるのか。

 一日中走り続け、歩き続けた私達はもはや限界を通り越していた。

 足はひっきりなしに痛みを訴え、一晩中下ろしていた腰は鉛を流し込まれたかのように動きが鈍く、空っぽの胃の中には冷えが詰め込まれている。

 これは山を舐めていた、という事なのだろう。

 今すぐ帰って、ばあばのご飯が食べたい。熱々のチャーハンが食べたい。

 山なんて土の塊でしかないのだ。それなのに山登って降りて、下らない趣味じゃないか。

 なに、変わった植物が生えている?なら、君はその辺りに生えている雑草の全てを知っているのかね?

 ははあ、山の爽やかな空気が。コーラでも飲んだら?

 などと、前世で山好きな女の子に今思えば嫌がらせとしか思えない事を言った罰なのかもしれない。

 思えば嫌な子供だったものである。

 今ならもっと別な事を言えるはずだ。

 こんなしんどい事を楽しんでやる君は、とんでもないマゾヒストだ、と。

 あと山の中で過ごす方法を教えてください。

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