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やれやれ系主人公ジャン・ジャック

大変遅くなりました。

多分、次も遅れます。

 中世社会の移動手段と言えば、人の足か馬だ。

 それは魔法というファンタジー要素のある世界でも、大して変わりがあるわけではない。

 さて、そんな社会で長距離走という技術は伸びるだろうか?


「はあ……はあ……はあ……」


 答えは伸びない、だ。

 高い城壁のある街中を駆け回るのは、盗人かスリの類か。それにしたってせいぜい短距離を走る程度だ。

 走り始めて三時間ほどだろうか。

 荒い息を吐くアルトの走り方は、小学生の運動会よりもひどいものだった。

 町から町へと旅をしよう、と考えた時、まさか走って行こうと考えるはずもない。

 前世の世界ではオリンピックで毎年、新記録が生まれていたように、誰もが当然のように出来ると思っている「走る」という行為は驚くほどに技術の塊なのである。

 膝の曲げ伸ばし、息の吸い方、そういう物だけではなくスピードの増減などの駆け引き、給水のタイミングなど。

 私は腰にぶら下げていた水筒を、ごくりと飲んだ。


「てめっ……きたねえぞ……!」


 いや、むしろもっと遡って、原始人くらいまで戻ればまた違うのだろうけれど。

 短距離走では四つ足の動物には勝てない人間の祖先だが、長距離ともなれば話は別だ。

 群れを作る原始人達が昼夜問わず獲物を延々と追いかけまわし、力尽きた所で囲んで棒で殴るスタイルが狩猟の基本だったらしい。

 人間はチーターのような速度に特化した存在には特化した部分では勝てないが、それ以外の汎用性で人間に勝る生き物はいないのである。

 速度で勝てないなら持久力で、牙と爪に勝てないなら道具で、道具でも駆除出来ないような相手がいるのなら繁殖力で、繁殖し過ぎて食料が足りなくなり、群れの数を維持出来ないのなら世界を丸ごと変えていく。

 人間以外からすれば、本当に嫌な生き物だな、人間って。

 オークのオーギュストにはまだ余裕があるが、彼も肉体の強さだけで私に張り合っているようなものだ。

 しかも、私が後ろからほんの少しスピードを上げるだけで増速し、しばらくすると速度を落として距離が詰まるの繰り返し。

 アルトの方は放っておけば潰れそうだし、オーギュストも私が何もしなくても自分の意地で潰れそうだ。

 一方、私はと言えば前世のうっすらとした記憶を元に、正しいフォームで一定の速度で走り続けている。

 毎朝のジョギングは確かな効果を上げ、この程度の距離なら大した負担にもなっていない。

 何しろ今日は大声を張り上げてもいないのだから、普段より楽ですらある。

 むしろ、ここまで楽とか本当にいいのだろうか……?

 いっそここは歌っておくべきでは……?

 おや?視界の先には、いつも見る馬群の姿があった。

 中央に仔馬を置き、周囲を取り囲むようにして草を貪る彼らの耳はピンと立っていて、見るからに私の歌を聞きたいと言っているように見える。

 仕方ないなー走りながら歌うとか、舐めプだから本当は仕方ないんだけどここまで期待されちゃうとなー本当はしたくないんだけどなー!


「――――」


 大きく、それでいて走る邪魔にならない程度に息を吸い込んだ瞬間だった。

 

「ヒヒーン!」


 恐らく群れのボスなのだろう。

 一際大きな身体をした馬が一鳴きすると、馬群が一斉に駆け出す。

 見事な白い毛並みのボスを先頭にして原野を駆け出す彼らは、日本では絶対に見る事の出来ない光景だった。

 ただどういう事なのか、彼らが走っていく方向は明らかにこちらの逆方向だ。

 私達に尻を向けて走り去っていく姿は、まるで何かから逃げているようですらある。

 ……ははあ、なるほど。

 見た目は肉ならなんでもいい、と言いそうなオークがいるせいか。

 確かに見るからに山奥で出会ったら悲鳴を上げて逃げたくなるオーギュストだけど、彼は意外と理性的だ。

 理性的ではあるけれど、それは話してみなければわからないし、馬にオークの知性を理解してくれ、と頼んだ所で無理な話だろう。

 やれやれ、仕方ない。

 こうなったら明日の朝、また会おうぜ。

 その時はたっぷりと聞かせてやるよ、私の歌をね。

 そうと決まったら、明日のために今日という日を気持ちよく終わらせよう。

 そう、私の勝利という形でね。

 目的地は遥か先、まだまだ終わらぬ草原の彼方。

 地平線の向こうに見える、大きな大きな山の麓がゴールだ。

 ……私達三人とも意地を張りすぎて、ゴールを遠くに設定し過ぎた気がする。

 あれ、フルマラソンくらいの距離ない?

 まぁしかし、正しいフォームでペースを維持しながら、他の二人をペースチェンジやら地味に妨害し続ければ私の勝ちは揺るがない!




















「どうやらリーダーは決まったようですな」


 何をどうしたのか。

 馬がいるわけでもないというのに、どうやって先回りしたのか、さらりと涼しい顔で爺がその場にいた。

 真っ直ぐ山に向かって走ってきた私達を、どうやって追い越したのだろう。

 スタートした時には、ばぁばとアンリと共に見送りしていたはずなのに。

 汗一つかいていない爺とは違い、私達はもう言葉一つ発する気にもなれない。

 だが、この場に厳然とした、あまりに残酷な差があった。


「おえええええええ……」


 胃の中身を全て吐き出しているアルトの臭いではない。

 それは、勝者と敗者だ。

 敗者は全てを失い、勝者は全てを手に入れる。

 地球上で、すべての時間で、その冷徹な掟は異世界でも代りはなかったない。

 その勝利の名は――


「では、リーダーはオーギュストで」


 おかしい、何があったのだろう……?

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