お前の話、パスタ食べてからでいい?
ひどい沈黙が、食堂を支配している。
私の正面に座る爺はいっそにこやかに、そして私はパスタをすすった。
いきなり「はい、お友達になってね」と言われても……その、なんていうか困る。
それになんというか……いや、何か子供らしからぬ奴がいるんだけど。
爺が連れてきたのは二人。
一人は普通の少年だ。
ぼさぼさの赤い髪を短い髪は少し触れば色々と落ちてきそうなくらいに汚れていて、着ている服も落ちていたら誰も拾わないであろうくらいにはボロボロである。
少年の瘦せこけた、枯れ木のような手足は悲惨なほどに細い。
背も低く、いかにも栄養が足りていない子だ。
座り方も非常に見苦しく、正直に言えば育ちは如何にも悪そうである。
鋭く吊り上がった青い目は、私のちまちまとすするパスタに釘付けになっていて、何とも居心地が悪い。
いや、昼飯時に連れてきた爺が悪いんだが。
もう一人は……いや、もう一匹だろうか。
オークである。
いや、何かファンタジーらしいファンタジーの住人は初めて見たな。
ドワイトの街にドワーフはいるが、毛むくじゃらのちっちゃいおっさんという感じでしかなくて、あまりファンタジーらしさは感じられなかった。
それはともかく豚のような上向きの鼻に、口元から飛び出す牙。そして、緑の肌。
爺ほどではないが腕は太く、胴も太く、また背も高い。
案外、円らな瞳は、やはり私の食べているパスタをじっと見詰めていた。
二人とも私よりパスタか。
しかし、今の私には確かに友達がいない。
友達になってくれなかったアンリを除けば、ゼロと言っても過言ではないのだ。
まぁこれについては私の行動範囲の狭さのせいもあり、一概に私のせいとは言えないのではあるが、私はそこまで社交的な性格ではない。
社交的ではない、というよりも、数ばかりの友人など本当の友情なのだろうか?
いいや、私はそうは思わない。
携帯電話の電話帖が全て埋まっていれば偉いわけではない、と私は声を大にして言いたいのだ!
「ふっ」
何か爺に鼻で笑われたが、それでも友人は数ではないと固く信じている。
とはいえ……とーはーいーえー、私も前世を含めればいい大人だ。
挨拶の一つや二つ、簡単なものである。
「やぁ、私はジャン・ジャック・ドワイトというんだ。君達の名前を教えてくれないかい?」
「は?うっせーよ、ガキ」
「お前、弱そう。俺、友選ぶ」
……あ?
いやいやいやいや、まぁ待て待て。
きっと彼らはお腹を空かせて、気が立っているだけだ。
誰だってお腹が空いていれば短気になる。それはよーくわかる。
逆に、逆にだ。
一緒にご飯を食べて、お腹いっぱいになれば仲良くなるのは簡単な話さ。
オークの聞き取りにくい鼻声も、きっとすぐに慣れるはずだ。
「ア、アンリ。彼らに昼食を持ってきてくれないか?」
「はーい、お待ちください」
これで感謝しろ、とまでは言わないけど多少は、
「貴族のおぼっちゃまは俺らみたいな貧民にお恵みくださって、さぞいい気分でしょうなあ。はっ!貴方に神様の祝福がありますよーにってか!」
「……いやね、感謝してくれとは言わないが、一緒に食卓を囲めば少しは仲良くなれるんじゃないかな、とね?」
「けっ、クソが」
何この子、超感じ悪いんですけど。
オークの方もこっちは一切見ないで、厨房に向かったアンリの後ろ姿を見ている。
……いや、これはこれで怖いな。アンリが食われそう。
人の流れによって炒められたにんにくとあさりのいい匂いの流れが変わるたび、オークの鼻がぴくぴくと動いている。
食べる物は同じ……同じだといいね。人間とか言われると、本当に困る。
「なあ、君」
今度はオークに話しかけてみたが、めっちゃ無視されてる。
ぴくりとも反応してくれないし、人間の子にも鼻で笑われてるんだけど。
なんで私がこんなに気を使わなきゃならんのだ。
とはいえ、こんなあっさり負けを認めるのは癪に障る。
「なあ、緑色の君」
「……なんだ」
「食事が来るまで、少し話をしないかい?」
「食事、出来上がる前の香りから。まだ見ぬ美味、想像する」
くそ、食通みたいな事言われたぞ……!
非文明的な見た目のくせに、物凄い文明的だな、こいつ。
いっそ罵られてた方が、まだ悔しくなかったわ!
「……なあ、爺。無理じゃないかな、これ。そもそも何をさせたいの」
「おや、もうギブアップですか」
わかっていたけど、にやにやにやにやといやらしい笑みを浮かべている爺は、本当に腹が立つ。
「まぁいいでしょう、若に任せておいたら話が進みませんからな」
そのうち絶対、ばぁばけしかけてやる、と私は心に誓った。
確かに卑怯かもしれないが、勝ち目のない相手に向かっていく事だけが勝ちではあるまい。
私の魂が満足すれば、それはそれで勝ちである。
「今日、集まってもらったのは他でもありません。貴方達は明日のドワイト家を支える戦士候補で、今から採用試験を受けてもらいます」
なんで胡散臭いブラック企業みたいな事を言い出したんだろう。
「マジっすか!ギルバートさん、俺頑張ります!この坊ちゃんの機嫌取ればいいっすか!」
「今更、揉み手で近付いてこられたからって機嫌良くなるほどあほに見られてるのか、私は」
「……結構いけそう?」
「今、殴ってやりたい、とは思ったな!」
「若、今は私が話しているので、少しお静かに」
全員、私に当たりがきつくないだろうか。
私が何をしたというのだ。
「ではまず三人の中で、リーダーを決めてください」
爺の言葉と共に、少年の顔がこちらに向いた。
隠す気もない露骨に嫌そうな表情で、いっそ笑えてくる。
どうせあれだろ。
「若をリーダーにしろ、とは言いません。若はドワイトの次期当主ではありますが、たった三人も纏められないくらいなら、そこまででしょう」
知ってた。
「いやー、よかったっすよ、ギルバートさん!こんななまっちょろいガキをリーダーにするとか、俺のいたスラムだったらナメられてヤバいっすからね!その点、俺は違うっていうか、むしろ俺にしておくべきって言うか」
「リーダーを決めるのは、私ではありません。貴方達で決めてください」
「えー、マジっすかぁ、ギルバートさんが決めてくださいよ、俺に」
「私がいると色々と遠慮して、決めにくいでしょう。しばらく離れていますので、決まったら教えてください」
爺はさっさと行ってしまう。
いや、多少なりとも助けてくれるかな、とはまったく期待してなかったんだけど。
「君、どうしてそんなにリーダーになりたいの?」
人をまとめるなんて、面倒くさくてたまらない、と私は思う。
下でいれば下なりの苦労はあるが、上は下からの苦労をストレートにぶつけられる立場だ。
やらなくて済むなら、いっそ少年に任せてしまってもいい気がしなくもない。
「は?馬鹿なの、オマエ。ドワイトの兵士になれば、めっちゃ安泰だぞ。十代で金貨稼げるような仕事、他にねーから。採用試験にこぎつけるまでマジ大変だったんだぞ。それなのに世間知らずのガキと……その、なんだ。あれな緑にリーダー任せてたまるかよ」
「ふむ」
こいつ、オークの人にビビりやがったな。
私も彼に何かをはっきり言え、と言われたらビビるが。
しかし、少し考えた所で爺はどこか甘くもある、と思うのは私の考え過ぎだろうか。
どうせ話し合いでは、決まるはずがない。
少年は私もオークの人にもリーダーをさせたくはないはずだ、爺にいい所を見せたがっているようだし。
オークの人も、私にも少年にもリーダーをさせるつもりはないだろう。
何かしらで決めなければならないが喧嘩して決めよう、とは私と少年が反対する。
つまり、これは私が上手くやれば、まだ立ち回れる範囲だ。
私は別にリーダーになりたいわけじゃないが、ナメられっぱなしというのもあまり面白くない。
何よりもこの程度をさっくりとクリアしなければ、夢のハーレム生活は出来るはずがないだろう。
最低ラインは当主、出来れば家を高く売るために内部統制を出来るようにならなければいけない。
そのための練習と考えれば、まだ軽いはずだ。