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お久しぶりの更新。
H&K HK USP9の黒光りする銃身が見え隠れする。
4中の中でその銃はラットとあだ名がつけられていた。意味は特にない。5年前から支給され、その時Dがつけた。本名を言うよりも楽なので浸透している。
そのラットが3丁。
スーツ姿の男達の手の中にあった。だがネクタイは1人を除きない。貨物室に入って早々取ったからだ。元から堅苦しいのが似合わないのが4中で、故に虫けら扱いされることもままあるのだが
…俺たちだからしゃあねぇよな
思う。そしてそれが一番いいとも。Dは思考しながら貨物の間を縫う。コンテナに背を向け警戒しながら歩き、時折聞こえる音に耳を立てた。足音と呼吸音以外の音は少なかったが、脳内にヴェストの声が追加される。〈脳内通信〉が始まった。
『それにしてもよぉ、どう思う』
『いきなりだな。何がだ』
『決まってんじゃん?浅義達也。書類見る限りかなり品行方正なおぼっちゃまだったけど』
『珍しい、お前が新人に興味を持つなんて』
『スラムには珍しいタイプじゃん?あわねぇと思うんだけどな』
ヴェストが欠伸をしながらいう。染めた赤の三つ編みを指先で弄り、やはり緊張感はなく、言葉は続いた。
『10年前だっけ?浅義大雄が捕まったのって。そんであいつが見つかったのは』
当時、そのことは約半年間毎日取り沙汰されていた、だからか記憶には残っている。
10年前、とDは呟く。確か自分はその時アフガン奥地、ヒンドュークシュで遊撃戦をしていたはずだ。露西亞とイスラムの間、雪と土に囲まれた辺境でもリアルタイムで情報は入ってきていた。
衝撃と、驚愕と、落胆
それが一気に押し寄せてきた。しかしかつての自分は
『息子がいた方にびっくりしたよな』
頷く。どうやらヴェストも同じだったようだ。
『浅義達也。2056年3月、名古屋陸軍訓練学校卒。同年5月第4中隊に所属。8才の折父親の浅義大雄が捕まり自身も拘束される。しかし一ヶ月後何事もなかったかのように訓練学校に復帰している』
『その戻されたのって、一般にゃ成績よしで犯罪思考が認められなかったからっていうのと、父親の罪は子にあらずっていう理由から…てことみたいだけど』
『そんなわけねぇよな。どうせ駒か何かにしたかったんだろう』
Dがいえばヴェストは肯定する。それもそうだ、《《息子》》という時点ですでに弱みだ。使い捨てにはもってこいだろう。
だが、と
ヴェストはにやつき
『だからこそスラムにあってるかもな?』
『おい、さっきといってることが違うぞ』
反論するが、内心はやはり同意だ。スラムはその名の通り無法者の集合体だ。筆頭はもちろん立川で、だが、あとは皆同等だろう。
時折過去の狼藉を語ることがあるが皆「いやいや俺の方が」状態に陥り、結局誰が一番無謀物だったかを決める喧嘩に終わる。大体キースとハイルが最後まで取っ組み合っており、立川に殴られるのが常だ。
が、
…それにアレはついて来れるのか…?
いや、と首を振る。
これなかったらやめればいい。《《ここ》》はそういう部隊だ。
スラムなどと馬鹿にされているがその実。軍の中で一番キツイ部隊かもしれない。
命令が降ればどこへでも行くのが、行かされるのが第4中隊だ。そこに意思や自由はない。しかし、だからこそ
「おもしろい、からなぁ」
基本的に同種が集まるのだ、軍隊は。ふるいにかけらればますます濃くなって行く。まずは初戦。乗り切れば仲間、跳ね返されれば何もない。
とりあえず、と。
口は笑みを描く。
『乞うご期待、ってとこだろうよ』
□□
とはいうものの。
…無理だな
口には出さない。だが確信を持っていえる。理由は大概今までそうだったからだ。データを見れば浅義達也という人間は規律の中に納まる人間だった。
…無法地帯には似合わん
立川がデータと成績で連れてきた隊員は皆辞めた。早いものは3日で大佐に異動願いを泣きながら出した、という噂だ。キースがゲラゲラ笑いながら話していたから真実性は低いが。
しかしそれでも充分だ。
バリエーション豊かな人材達は、ものの見事に同じ理由で辞めていった。彼らの定石は『ついていけない』という逃げ方だ。馬鹿じゃねぇの、その一言をいって4中のあの部屋の扉を閉めた者もいる。
ふざけて、命令無視して、好き勝手やって
それがどうもいやらしい。
しかしそれが4中なのだから仕方がない。だからヴェストは思う。達也が辞めなければいい、と。
…あ、賭けやっとくんだったな
不意に思いつき、しかし今からでも遅くないと気がつく。
この任務が終わったら〈演算器〉で脳内カジノを作り賭けをしよう、もちろん立川も参加させて。
…一ヶ月保つに1000だな、とりあえず
ヴェストは浮き足立っているのがバレないよう2人の後に続いた。
□□□□
貨物室のほぼ中央、コンテナがそれぞれ四つ辻を作り出しているところにたどり着く。
3人は止まる。
Dがハンドサインを出したからだ。
貨物に目を走らせていたようで、故に何かに気がつき右手をあげる。立ち止まり、Dは背のコンテナの側面の一点を指で示した。そこにあったのは、円とHがデザイン化されたマークで
『ハギワのマークか、これ』
『正式名称ハギワ軍工のマーク。軍に介入したがっている日本の軍事企業。主に銃器を製造、緻密かつ正確、ニーズにあった製品造りが特徴で売上を伸ばしている』
『さすが瀧ちゃん博識ぃ。だけどそこに一つ付けたさせてもらうぜ、ハギワは日本軍にゃ嫌われてる。表向きは普通を装ってるけんな』
Dは聞きつつマークをなぞる。検索をかければ沿革から社員数、売上、製造品情報など何でもでてくる。軍のデータベースにアクセスすれば裏の動きまで見ることができた。その裏が軍に嫌われる理由で
…ハーグ条約ギリギリの製品を作るから、だ。
未だ有効とされる1907年のハーグ平和会議で唱えられた宣言で禁止された武器といえば、もちろん最初にダムダム弾が出てくる。そして毒ガスなどが続くが、ハギワはそれをグレードダウンさせたようなものを作っている。
ようは毒を睡眠薬に変えた感じだ。
建前として日本軍は殺戮兵器を使いたくとも使えない。だから疎ましい。だから嫌われる。
しかしハギワの製品は諸外国には人気だ。日本とは違い公に兵器が使える。
二次大戦が終了した際日本は軍を持たないことを憲法に書いてしまった。今はそれを覆し所有している。故に反感はまだ高い。歴史が浅いというのもあるのだろう。日本が軍を持ったのは2011年の中国・イスラムの対日本宣言を受けた2012年だ。
半世紀すら経っていない新米だが、欧州各国そしてアメリカ、いわゆる列強と並ぶほどの軍事力は今も成長している。
Dは2人に他の貨物にもハギワのマークが入っているか確認させた。予想はできる、だが事実確認は重要だ。
…ミスったら即刻死刑だからな、うちは
減俸や除隊などの段階を踏んでくれる他の部隊が羨ましい。が、切望したところで状況は変わらない。戻ってきた瀧たちに尋ねれば、首は縦に振られる。
『貨物はこの区画のみ、全部で4つだ。キョウサ株式会社製50年型コンテナ。中身は不明。だが恐らく武器だろう』
『中、見んだろ』
『当たり前だ、瀧、開けられるか』
『防壁と入り口を同時進行で構築する。どちらかバックアップを頼む』
『じゃあヴェスト、頼んだ』
『D苦手だもんなぁ、バックアップ』
黙れと睨み、肩をすくめつつヴェストは瀧に続きコンテナの上に乗る。2m四方のそれは天板にロックがあり、ナンバー式のそれは二度間違えると警報が鳴る仕掛けだ。さらに警備会社や持ち主本人にも連絡がいくという至極面倒な状況になる。
げ、と素の声が聞こえたのは気のせいではない。
□□
瀧はロックの匣の側面にあるソケットと〈演算器〉をハッキング用のコードでつなぐ。通常のLANコードよりも大容量のデータを1秒で扱うことができる代物だ。しかしこれを買った金は経費ではない、自腹だ。
…スラムに経費はないも同じ
どうにかしろよと大佐にいいたい、が、他の皆も我慢しているので自分も我慢する。立川が少ない経費で紅茶とティーセットを買っていた気がするが上官なので文句はいえない。無視するに限る。
瀧がロックの方を準備している間、ヴェストは瀧の頸の空いているソケットにコードを接続する。
立川やハイルなら防壁と入り口を同時進行できただろうが、あいにく瀧にはそれができない。そもそもハイルは高速処理の〈過剰機能症〉にかかっている、追いつくわけがない。
だからヴェストがバックアップにつく。身動きが取れなくなるがDがいる、どうにかしてくれるはずだ。
そうこうしている内に瀧は〈鍵箱〉の電源を入れる。5cm×5cmのアルミ製のそれは〈演算器〉と〈BNM〉と連動し、空間上でキーボードが使えるようになるものだ。
『ヴェスト、ロックの障壁レベルは6。解除にかかる時間は5から7分。防壁レベルは7で頼む。ゼロ式プロトコル型、規格はセガタ72、認識はOCだ』
『注文多いなぁ、ゼロ式セガタ72版OCでオーケー?』
『あぁ、パッケージ化して俺に送ってくれ。入り口作成と同時に展開する。展開中の修復も頼んだぞ』
はいはいと頷きながらヴェストも〈鍵箱〉をオンにする。着々と防壁を構築していき、型に収め、通信認識を変換する。
…セガタ式面倒なんだよなぁ
ぼやくが仕方がない。この中で最速でロック解除ができるのは瀧だ。ならば従うしかあるまい。
ゼロ式と4中の中で呼ばれている通信規格は、現在一般的な機械言語であるクラケル言語に直接変換できない。しかしそこにセガタという規格を入れるとクラケル言語に変換できるのだが
…セガタ72は構築に時間がかかって、しかも容量食うっつーね
しかしその分細かい作業ができる。作って仕舞えばこちらのものということだ。
『まぁ、給料分はやるか』
気にしたら負けだが、
その給料も他部署より少ない。