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お久しぶりすぎてもう本当申し訳ございません。
沖縄・那覇港に巨大な船がある。
正面、左サイドには船名が黒字で書かれており、白の船体部分には窓や入り口がある。身なりを整えた人たちが次々に乗り込んでいく様子も、確認できた。
スナイパースコープの向こうに。
キースは船から約500m離れたところにあるビルの屋上からその様子を見ていた。もちろん背後には小枝や達也、ハイル、D、左々田、瀧、ヴェストがいる。この8人が今回の作戦チームだ。
赤のドレスを着込んだ小枝は問いかける。
「どう?坂東は来た?」
「まだっすねー。あと電波障害も起きてるっす。多分坂東大佐が情報漏洩防止とかいって障壁張ってるんでしょーけど。だから通信にノイズが入るかもしんないっす」
「そう…レベルは?」
「5いくかいかないか。でも障壁を常に解除しながら通信してると時間食うしバレる」
そういいつつスーツの内ポケットから〈拡張視〉を取り出し装着する。キースの〈拡張視〉は耳にフックをかける簡易型で、片目しかモニターがない。電子回路を密に組み込んだ半透明の5センチほどのそれには、周囲の電波状況が広がっており、
…ナカナカ複雑……
解除するにはバハムート級、つまり一般的に”超凄い”とされるプログラミングやハッキング技術の3倍の技術でやるしかなさそうだ。
細かな駆動音が耳元でなり、情報は随時改変されていく。右目のスナイパースコープの先も同時に処理するが目標は現れなかった。
「ったく…面倒な」
□
達也は絶句している最中だ。
何故かと理由を尋ねられれば、キースの両目が全く違う動きをしているから、と答えることができる。
構造的に目は同じ動きをしてしまう。左を見れば両目とも左を見るし、右も上も下も同様だ。だのにキースは隣に立つ小枝に電波状況を報告しつつ、スコープの先の光景を常に確認している。
「興味津々、って顔してるな、達也」
右、少し身を屈めてそう問うてきた。ハイルだ。見た目の割に若いとデータでわかったが、原因はその白髪だけではなさそうだ。
「アレ、できんの確かにキースくらいだかんなぁ。中佐でもできんだろうし」
「どうやって処理してるのか全然わかんない。ていうか、処理の仕方がわかってる時点で、すごすぎだろ思うんだけど…まさかここってキースみたいな人ばっか?」
「前半同意見、質問の答えはイエス。だって俺たち、中佐以外全員〈過剰機能症〉だもん。あんくらいできるできる、余裕のよっちゃん…ってこれ、死語か?」
まぁいい、雰囲気が通じればそれでいいだろう。
ハイルはそういやと呟きお前さん、と呼びかけた。
「今まで一般プロトコルしか相手にしてこなかったろ」
「え、う、うん」
「じゃあ、訓練だな。これ終わったら左々田にプログラム組んでもらえ。じゃないと今回みてぇな障壁とかんとき、対処できねぇよ」
ガシガシと撫でられる。セットが崩れるからやめてほしい。ていうかその前になんかすごいこといってなかったか?
「全員、〈過剰機能症〉って」
「お!!来たっすよ、愛すべきクズが」
「よし、全員船に行くぞ。くれぐれも武器を所持していることに気づかれるな……達也、その頭を今すぐ直せ。すぐにつまみ出されるわよ」
理不尽だと思うが、あっている。
聞きたかったことはキースの言葉によってかき消された。今が聞くときでは無いのか、と自己完結させ目の前の課題に向き合う。
基地からここに来るまでの間に、石城が”何か”の動きを追っていたことはすでに掴んでいる。ならば後はそれが何なのか突き止めるだけだ。
疑問は無い。
何故初めての任務がパーティーへ潜入なのかも
何故訓練もなしに参加させたのかも
何故皆〈過剰機能症〉らしいのかも
何故、
…ここに立っているかも
疑問が無いならわからないことも無い。だが、それは、受動的で自分の意見が無いのと同じだ。だから1つだけ明確にしておこうと達也は思った。
知っていることがある。
ここは戦場ではない。
いずれはなるかもしれないが、達也の望む戦場ではない。
だから。
「まだ、死んではいけない」
呟いて、みなに続いた。
□
「ギリギリ、だった…」
「ほんと、いろんな意味でな。お前さん、手榴弾なんてどっからパクってきた?うちの支給品にゃねぇぜ」
「大佐に今日もらう約束してたんっす!それを入れっぱにしただけで!てか、俺のだけのせいじゃないっすからね!?ハイルの顔が怖いんすよ!傷だらけで!」」
「バカいえ、こりゃ男の勲章だよ」
言い合いをする男たちを先頭に一同は船内へ入っていく。それを小枝が殴っていさめていた。ともあれ無事に入船することはできた。あとは、ある意味パーティーを楽しめばいいだけだ。
「さて、キースと達也は一緒に行動。ハイルと左々田は頃合いを見て船室を調べろ。Dと瀧、ヴェストは貨物室を、いいわね」
「中佐は…?」
「私は板東の警護につくわ。クウェルフ大佐を通してもう許可が出ているの。でも、キースと達也以外はいないことになってるからくれぐれも気をつけてね。今回は少しのミスが致命傷になるわ。特に達也」
「え、俺?」
「ええあなた。ここは戦場よ、マニュアルも何もないの。頭に入れときなさい、生きてることなんて運よ。今日ここであなたの運が尽きないとは言い切れない。だから心してかかりなさい」
腰に手をあてる姿は可憐だが、いっていることはモロ軍人だ。達也ははっきりと返事をして、キースの元に駆け寄った。設定としては「兄の知人」というところだろうか。
…これが兄さんだったら俺どんだけ苦労すんだろう。
顔に出ていたのか、苦笑とともに手が差し出される。
「よろしくちゃん、新人くん」
緊張のきの字もない。だが、これがいいのかもしれない。
故に会場へと足を向ける。
「いいか、何かを掴め。掴むまで帰ってくるな!」
『了解!』
そうして、第4中隊は言葉とともに、分かれた。
□
… 乗客リストを表示、データのバックアップはなし、と
俯瞰、とは言い難い角度で足元を見る。だが虚空を眺めているよりはマシだろう。そう思って達也は脳内で情報を処理し続ける。
…データの中から板東に頻繁に会っている人物を抽出、金がらみも
高速で文字が流れていく。そしてデータの中から何人かがピックアップされ、一列に並んで表示された。女が2人と男が3人。彼らにすでに板東が挨拶をしたのを達也は見ていた。ひとまず、それらのデータをひとまとめにしてファイルに入れる。
おい、と呼ばれた。
見上げれば、やはり、キースだ。手には皿が1枚ずつある。乗っているのは定番のローストビーフで
「せっかくだし食えよ」
「じゃあ、もらっとく」
あまり好物ではないが、こういうところのだ、不味くはないだろう。
受け取りフォークでつつく。一口口に入れたところでキースが切り出してきた。
「なんか、聞きたいことあんじゃないの」
なかったらよかったのにな!と言いたくなるのは抑えた。ここで叫ぶわけにもいかない。髪型云々服装云々の前につまみ出される。というか任務失敗、しかも強制終了だ。
…殺されるルートしか見えない……
ともかく、一回フォークを動かすのを止めた。そして口を開く。
「全員、〈過剰機能症〉、だってハイルさん、が」
「あーね、それか。うんそう。合ってるよ。俺たち全員〈過剰機能症〉にかかってる。ていうか俺の場合、そうなるような使い方してんだけど」
だって
「軍用〈BNM〉ベースのスナイパー型OSと一般OSの改造版、それプラスハッキング用の飛ばしOSを2つ。ソフトはめちゃくちゃいれてあるもん、俺の〈BNM〉」
それは、半分ありえない話で。
達也は驚いて固まる。そして、何とか言葉を作り、
「OSは、原則、1つしかだめだって、てか、そんなん、なるに決まってる…!!」
「うん、〈BNM〉に入れることのできる一般的なOSの数は1つ。でも10コとか入れることだってできる。その分脳に負担はかかるけど、便利だぜー?いろんなことできるし」
〈BNM〉は普通のパソコンと同じだ。だからもちろん、OSという要素は必要になってくる。だがキースのように何個もOSを入れるのは命取りだ。何故なら、キースもかかっているという、〈過剰機能症〉になるからだ。
脳内に入れた〈BNM〉がその機能以上のことをし、本来ならできないはずのことを行なってしまうのが、主な症状で
そしていずれ必ず、死に至る。
機能障害に始まり様々な症状が発症するが、一番最悪なのは、脳が破裂することだ。
達也はそれを知っている。すでに一度見ているからだ。故に、理解できない。
「おかげで得意だったスナイピングはもっと得意に———」
そういって笑う、目の前の男が。