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「あー、そうだ。スラムに新しく依頼が来ている」
「依頼、ですか。ということはまた内部調査ですね」
「まぁそうだね。でも仕事がないよりはマシだろう?給料泥棒といわれないんだから」
「その分嫌われますがね」
大佐は〈記録媒体〉を引き出しから取り出した。受け取り、首の〈演算器〉にスキャンさせる。小枝の〈演算器〉はRCP社のdeAler−00.G版でその演算能力の高さが特徴だった。もちろん値段も性能に比例し
…確か200万くらいしたよな……?
やはり中佐ともなれば給料は高いのだろうか。達也の〈演算器〉も確かにレア物ではあるが小枝のものほどではない。故に羨ましくつい観察してしまう。
「…大佐、依頼主は山中レイ中佐でよろしいですか?」
小枝は手で空間を切りつつ問う。そのさばき方は迅速で、どうやら情報処理の高さは〈演算器〉だけではなさそうだ。
見ていれば、隣にいつの間にか立っていた金髪が耳打ちをしてくる。
「中佐に頭ハッキングされねぇように気をつけるっすよ…?あの人、軍の中じゃ一番処理能力高いから」
「…気をつけるよ。見るからに速そうだし」
確かに。
そう思い頷く。
2011年、合衆国のアンドルー・ディスタ博士はヒトの脳の構造を解明した。未使用といわれていた約90パーセントの脳を使う方法も、だ。
そしてかねてから勧められていた〈ブレイン・マシン・インターフェース〉、つまり脳とネットワークの接続をする研究も時を同じくして英国王立研究所が功をなした。
もちろん必然的に2つは結びつく。
故に〈BNM〉は開発された。
脳内にナノチップを埋め込みそれをネットワークと接続する演算機とし、眼球をモニターとする。脳内には電波が行き交い神経系は情報を乗せた。しかし失敗する。
チップが脳に負担をかけ過ぎ脳死する者が相次いだ。
故に打開策を練る。
そして出来上がったのが〈演算器〉と〈記録媒体〉だった。
演算処理をオペレカルに託し、記録はローツへ移すことによって脳への直接的負担を軽減。そしてやはり眼球をモニターとし指や手などの神経系とも接続しモニターに映る情報を操作可能にした。
□
…その後、急速に情報化が進み10年たらずで人口の約7割が〈BNM〉を脳内に入れた、が…
キースは達也の首筋に目をやる。あるのはドライカーボン製の黒い〈演算器〉だ。5センチ大のそれには銀字でJ&M−I.I960と書かれている。形は巷では見かけない、三角形の変形型の代物で、手っ取り早くいえば未だ放置されているテトラポットの平面図だ。
中央には穴がありそこに〈記録媒体〉を差し込んだりLANケーブルを接続したりする。専用のケーブルを使えば人同士で情報を共有することもでき
…視ている映像をモニターすることも可能。
目線に気がついたのか、達也がこちらを向く。とっさに視線を外し話している2人の方を見る。
「気になるんならいえばいいだろ」
「あー…まぁ、そりゃ、気になる、かな」
「なんで訓練学校出たばっかの19の小僧がこんなレア物の〈演算器〉してるか?どうせ資料見たんだから知ってるだろ、俺の父さんは浅義大雄だ。こんなのいくらだって買えた」
「つったってJ&MのI.Iシリーズ…しかも960型なんて滅多お目にかかれないケド。もう販売してないし」
「そんなこといったら中佐のもだろ。なんだよあれ、deAler−00.Gって。俺初めて見たんだけど」
「確かにねー。Gって確かgreyの略だろ?違法スレスレのOS使ってるとかで」
白黒はっきりしないから、グレー。
そう小枝の首元を見ながら呟く。軍人は高価な〈演算器〉を使うことが多い。でなければ命に関わる場合も少なくないからだ。故に一般に”高価”とされる物を使用することが多い、しかし、
「中佐と新人くんは高価すぎるっつーの」
いえばちょうど中佐が振り返る。話は終わったようだ。手の中には2つ〈記録媒体〉がある、ということは、任務を受けたということで。
「さて、部屋に帰るわよ。とっとと入隊手続きも終わらせなきゃいけないし任務も入った」
「今度はなんの任務っすか?」
キースが問えば答えは笑みとともに返ってきた。
だがその笑みは決していい雰囲気のものではなく
「仲間潰しだ」
むしろ悪人の笑みだった。
□
部屋にはかなりの人がいる。
それは第4中隊の面々で、みな壁に備え付けられてモニターに目を向けていた。
「三ヶ月前、野営訓練中に第15連隊第6中隊1班所属、石城コウスケ一等准尉が死亡した。特に持病もなかったはずだが司法解剖の結果、心不全で死んだことになってるわ。それに不信感を抱いた山中中佐が我々に内部調査をしてくれといってきた」
「はーい、それって使い勝手のいい駒ってことっすかー」
「おいおいキース、それは言っちゃいけねぇ約束じゃなかったか?」
「すんませんねぇ、俺ってネガっすから。ハイルさんみたいにポジティブシンキングになれないんすよ」
「ジジイだからポジティブに行けんだよボケ」
言い終わるのと同時に何かが投擲される。そしてそれらはキースとハイルの額にクリーンヒットし床に落ちた。見れば3センチほどの鉄球で、持ち主は問わずともわかった。
正面、モニターの右側に立つ小枝だ。
ほぼ無表情で立つ彼女は言い放った。
「今回2人は前回の作戦で役に立ってくれたし、ここのところカン詰め状態だったから不参加にしようと思ったけど、どうやら別によさそうね」
「だからって鉄投げてくんのはないっしょ!」
うるさいと一蹴して、小枝は傍らの機械をいじる。箱型のそれには〈記録媒体〉が接続されていて、中身をモニターに映し出していた。画面が切り替わりここ最近の動向が表示される。
主に戦線への参加記録だが、左半分にはプライベートでの行動も書かれていた。
「石城は1年前に中米戦線へ通信兵として参加。その3ヶ月前には〈|NFARC(新コロンビア革命軍)〉鎮圧戦線へ。主だった活躍はしていないが勤勉真面目としてなかなか信頼を得ていたようよ」
「〈NFARC〉戦は俺とか中佐が参加したやつじゃないっすか。あとは…Dとか左々田とか」
キースはそういって周りを見る。達也はキースの後ろに立っていて、隣にはDと呼ばれる筋肉質の男が、そしてその隣には左々田という眼帯をした男がいた。2人は頷きキースの言葉に同意する。
その動作とともに左々田が手を挙げた。
この隊において、そこまで丁寧な動きをするのは左々田のみだ。他は好き勝手自由で小枝に締め上げられる。今第4中隊では誰が一番締め上げられるかを月間で競走中で、トップはキースが独走、ビリはもちろん左々田だ。
「プライベートの動きですけど、石城は外に家族でも?」
「いいえ、いないはずよ。両親は入隊と共に交通事故死、兄弟もおらず恋人も皆無。結婚の目処すら立っていなかったらしいわ」
うわぁとみなが可哀想という音を作るが、やはり眼帯男だけは冷静で
「だとしたらその外出記録はおかしくありませんか」
そうねと小枝はいった。続けて
「それを許している上の動向にもひっかかるわ。第15連隊は坂東大佐の管轄だったわね。坂東大佐は達也を迎えに行くまでキースがいじっていた、たかだかウィザード級のウイルスにかかった〈記録媒体〉の解凍を依頼してきた人よ。中身は金の動き、だったけれど」
うわぁと今度は呆れの声を上げる。ほんとやだーという声も少なくない。だがそういうものを扱うのが主になってしまているのが第4中隊の現状だ。
故にみな下衆い。
ハイルは白髪に指を埋めてガリガリと掻く。その動作をするのは少なからず興奮している時だ。大方いくら口止料をもらえるか計算しているのだろう。
みなの期待値は高い。
坂東大佐といえば金と生まれついての権力でのし上がったことで有名だ。自分の地位に固執しており、金にモノを言わせる達人でもある。
「でぇー、ちゅーさ。何から始めます?大佐拉致って聞き出しっすか!?」
キースの言葉に馬鹿、と小枝はまた鉄球を飛ばす。
「そんな物騒なこと、しないわよ。今回は少し下手に行くつもりよ」
カシャンと接続器のボタンを押せばまた画面が変わった。今度は港が映り、そこには白亜の城を思わせる船が停泊していた。まさか、と思うがそのまさかは的中し
「今日の夜、この船は沖に出て東京へ向かうわ。もちろん軍用の船じゃない、一般の豪華客船。そこでパーティーが行われるのよ、坂東大佐主催の。そこに潜入するわ」
パーティーなどガラではない第4中隊の面々が悲鳴をあげたのは、言うまでもない。