1
空はある。
多分。
そして、多分、晴れている。
ブラインドの落とされた部屋からでは、本当に空があるかは確認できなかった。だから、両肘をついてこちらを見ている陸軍大佐を無視して、浅義達也はどうにかして空が見えないか策を練っていた。
が、パンッという破裂音によって引き戻される。大佐に視線を戻せば呆れた視を眼を向けていた。手は叩かれた後のようだ、破裂音の発生源はここだったのかと思い、なんでしょう、と問いかける。
「なんでしょうじゃないよ。まったく君は、聞いた通りの人間だね」
「はぁ、お褒めいただきありがとうございます」
「…まぁいい。話はその分だと聞いていなかっただろうからもう一度最初から話そう。いや、要点だけでいいか…つまりだね。僕は君をスカウトしたい。訓練学校の成績はいいし、銃器の扱いは群を抜いている。どうだ、私の元で戦争に参加しないか」
「お断りします」
「……何故、と聞いてもいいかな」
達也は逡巡して、口ごもりながらも答えた。耳当たりの髪をいじるのはこういう時の癖だ。
…本音は、ダメだろうな。
そう思うのも癖で。
「死にたく…ないからです、戦場以外で」
ならば、これくらいが妥当だろう。そしてそれを言える事情を、達也は持っている。それ故に二等兵になるべくここに来た。
言葉を聞いた大佐は息を吐く。もうダメか、と諦めが混じった息だ。おそらく、失望も混じっている。こういう反応をされることはわかっていた。何せ7、8回目くらいだ。
…先生も、同級生も、みんな、同じ反応だ。
レパートリーがないと思うが、もう少し違う感想を持てと脳内で何かが騒ぎ立てる。
皆がそういう反応をするのは当たり前だった。とりあえず、士官学校に行っても苦労しない成績を達也は修めていた。だからこそ、
『何故士官学校に進まない』
『何故上級兵にならない』
『何故出世のチャンスを逃す』
『何故死にに行く』
『何故』
そう問われ続けた。
そして達也のそれらの問いへの答えは
…疲れたんだよ、そういう眼で見られるのに。
達也は大佐が〈記録媒体〉を机上に出していることに気がついた。
「…これは?」
「まぁ、見てみなさい」
執務机の上に薄いそれはある。カード型の、一昔前に流行った型の〈記録媒体〉を手に取り、頸にある〈演算器〉にスキャニングする。
眼前には女が写っていた。
背景はブルーだ、そこにカーキの軍服を着た白銀の目の女がいる。
ビデオログか、と小さく頷き女の声に耳を傾けた。
『日本陸軍第9連隊所属、対特軍大隊直轄、第4中隊副隊長の立川小枝だ。君の願書を読ませてもらったわ。私は早い話、君をスカウトしたい。きっと望んでいる任務につけるだろうし、ちょうどこちらとしても君のような人材が欲しかったのよ。報酬はそこいらの軍人よりもらえるわ。もし”戦場で死にたい”なら、”私の”部隊が一番いいと思うわよ?いかがかしら。いい返事がもらえることに期待してるわ。浅義達也くん』
なるほど、と達也は思った。
この人は目の前の男とは全く人種が違う、と。そして気に入った。言葉の全てから感じられる絶対的な自信と、ないようであって結局ない選択権、そして極め付けは
「副隊長なんですよね、この人」
「立川中佐か?ああ、副隊長だ」
それがどうかしたか、と尋ねられるが大佐は、『中佐なのに副隊長の座にいる』から達也が問うたと思っているのだろう。
…『私の』部隊、か。
そこが一番、気に入った。多分、そこが一番違うと思った。今まで達也の進路を決めようとしてきた大人とも、恨んできた同級生とも。それに第4中隊の噂は訓練校時代からよく耳に入っていた。
『軍律破りの第4中隊』
これなら、と。
達也は〈記録媒体〉を大佐の前に差し出す。
このスカウトお受けします、という言葉とともに。
そしてその音が終わる直前。
「しっつれいしまぁーす!!!」
アホが入ってきた。
□
バシュ、という空気が抜ける音はドアの開いた音だ。
背後。二つの影がある。
それは男と女のもので、女の方は見覚えがあった。つい今しがた目の前にいた、
「たち、かわ…中佐」
「大佐、〈記録媒体〉は見せましたか」
「たった今見終わったところだ…そんなに早く来なくてもいいじゃないか。僕だって浅義くん欲しいんだからもう少し交渉させ」
「いやです。大佐は信用できませんので」
週刊誌並みに、と付け足して小枝は達也の前に立つ。視界の端に映る大佐が机に伏せているのは置いといて、達也は一歩下がりそうになるのをこらえる。白銀の目は思ったよりキツめの形をしていて、
…い、威圧感……!!
軍服を着た手負いの虎か何かか、と思うがもちろん口にしない。それこそ食われかねない。大丈夫かいや大丈夫じゃないと焦っていると
「スカウトは受けてくれるかしら?」
「え!?え、ええ。今、大佐にそう言いました、ケド…」
「そう、なら話は早いわ。今から第4中隊に所属、手続きは部屋でやるわ。階級は曹長からでいいですね、大佐」
「君が言うならいいだろう…あとで書簡を届けさせる…」
「え、じゃあ俺の2個下じゃないっすか!ん?3個下か?つか俺ん時より上から始まってんじゃないっすか」
「あらキース。貴方を二等准尉に昇格させたのは誰だったかしら。ならいつでも伍長に落としてもいいのよ?せっかくだから二等兵からやり直す?」
「いえ満足であります!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「あ、敬語抜きでいいわよ」
「じゃあ中佐、待って!話についてけないんだけど!」
なんで止めたかわかってねぇなこの人たち…!
疑問系の表情を見て、達也は瞬間的にそう思う。まさかこんなのが日常とか言うなよと祈りつつ、口を開く。
「まず、僕はこの間学校を卒業したばっかりだ。だっていうのにいきなり軍曹はおかしいでしょ!普通…」
「浅義達也」
いきなり名をフルで呼ばれ、思わず背筋が伸び敬礼をしかける。小枝はキースの服の襟を掴み引っ張り寄せた。そして指差して
「こいつは上官を殴った挙句任務放棄。さらには同僚の〈BNM〉にハッキングして個人データを全てといっていいほど盗んだわ」
「それだけじゃないっすよー?中佐。でも全部趣味の延長線だから怒られるのは勘弁願いたいっすね」
「こういう奴ばかりよ。第4中隊は。これが普通。それに私の部隊では階級は意味をなさないわ。そうね…服の腕章くらいかしら」
いってのけた。
「それが嫌なら大人しく大佐についていくことね」
「いやだっ!!!!」
だから叫んでやった。
「上官殴って任務放棄した先輩がいても、ぶっ飛んでる上官でもいい!」
大佐についていったら必ず士官になるだろう。すぐでなくても必ずだ。それは、なんとしても、避けなければならない。それだけは絶対に避けなければいけない未来だ。
「第4中隊に、入隊させてください!!」
はぁ、とため息をする音が聞こえる。それは先ほどの聞いた大佐のものとは正反対のもので、
「最初からそういってるでしょう。歓迎するわ」
□
〈System:log/2056/8/15/wed///powerd:by:k and j :operacal〉
先の大戦の英雄にして大戦犯である浅義大雄の息子、浅義達也は2056.8.15、第4中隊に配属。
クェルフ・岸田大佐立会いのもと、立川小枝中佐の部下と任命。
以後、特S級警戒対象とする。