序
陸軍第9連隊所属
対特軍大隊直轄
第4中隊
紙にはそう印刷されていた。
ということは、そこに異動するということだ。
「立川、どうした。不服か」
問われる。だから答えた。
「いえ、むしろ光栄です。大佐」
「………そうか、なら、今度は」
”大佐”がそう口を開いた。が、続きはしなかった。
『第15連隊の皆様に朝6時をお知らせいたします。本日正歴2053年9月2日金曜日は快晴。第4中隊以外の隊員の皆様は沖縄・普天間第二基地に移動ですので本館にお忘れ物のなきよう。ご出立の際に〈演算器〉の簡易検査を行いますのでお時間にゆとりを持ってご準備していただきますようお願いいたします』
「…………行きなさい、君の居場所を作った」
「では大佐、最後に一つだけお伺いしたいことが」
女は書類を破った。
そして言う。
「私は、———何体目でしょうか」
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【3years ago】
「立川中佐ぁー、今日なんだろ、新入りくんが来んのは」
男にしては、若干高い声だった。だが耳障りではない。中佐と呼ばれた黒髪を横に結わえた女はゆっくりと書面から顔を上げた。そして時計に目をやり
「もう少しで迎えの時間ね。キース、壁はどうなった?」
「あと数秒…っと、終わりましたよーちゅーさ。あとはこれを〈記憶媒体〉に残して…ジジィに届けりゃ任務は終了っすね」
「そう、じゃあキースは私と一緒に来て瀧とDは長官にお届けに行ってくれるかしら。ヴェスト、貴方は新入りの席を作ってあげて。そこのDの私物は捨てていいわ」
了解と名を呼ばれた男たちが言い、女と金髪の男は部屋から出て行った。嘘だろぉっという悲鳴に近い声はおそらく気のせいだ。余っているデスクを私物化しているDが悪い。
□
中佐の腕章をつけた制服は前々回の大戦の時からほぼ変わっていない。だがそれを着て歩く基地は似ても似つかなかった。00年代のSFのイメージをそのままコピーした、という感じだろう。
軍靴を鳴らし歩く廊下は、軍事施設というより、病院や研究所という方がしっくりくる。彼女、中佐という肩書きを持つ立川小枝はいつも思っていた。
思考していると眼前、廊下は途切れる。
あるのは防弾・防火に加え盗視対策済みのガラスで造られたエントランスだ。広く開放的で、無駄なほどスペースがある。大型戦車がゆうに20は入るだろう。横に、じゃない、縦に、だ。そのスペースをわけろよと思うが、これ以上何か言えば飛ばされるのは確実で、
…これで場所がないって騒いでるんだからクソにもほどがあるわね。
故に思うだけにする。
小枝はそのエントランスにエスカレータを使って降りていく。ホールにはこれから出勤する者や帰宅する者、出立する者から朝飯を買いに行く者まで、様々な目的を持った人間が闊歩していた。相変わらず、と息を吐く。横のキースは小枝の気も知らず明るい声音で話しかけてきた。
「中佐、その新入りくんて、どんな感じ?もう会った?」
「まだ。書類を見ただけよ」
「え、そうなんすか。なぁんだ、中佐のことだからてっきり拉致ってきたのかと」
「拉致っては、きたわね」
え、とキースは同じ音を作る。少しだけ歩が遅れたのは驚いたからだ。
「…またっすか。もうこれで何人目だと思って!あーあ、かわいそ、これでまた優秀な隊員候補が軍を離れてく…」
「それはなさそうよ。彼、反抗期の子供だもの」
自動ドアをくぐって外に出る。日差しは、沖縄特有の刺し方だ。本土の夏とはまた一風違う。まして今は夏だ。小枝とキースは同時に顔を歪める。だが外に出なければ新人のいる司令棟には行けない。無駄に広いのがこの沖縄普天間基地だった。
□
2011年の対北朝鮮宣言、そして中国・中東の対日本宣言を受け環太平洋連合に加入した際合衆国から返してもらった基地が普天間だ。
追い出した米軍には元々移設予定だった辺野古に行ってもらい万事解決、日本は軍備も整えれてアメリカを監視でき一石二鳥、ということだ。
「まぁ俺はあんたのそういうとこ嫌いじゃない」
そういう基地のアスファルト固めの路。目視する限りさほど離れていない司令棟に2人は向かっている。
グレーの5階建て建築物、その3階の一番東にある部屋が目的地だ。
眩しい金髪を揺らして、キースは冷めた表情の小枝に
いう。反抗期のガキ、という言葉は気になったが、あえて問わないでおく。理由は、
…その方が会った時面白いよなぁ。
それがわかったのか、小枝は「ネタバラシだが」とスボンのポケットから柱状型の〈記録媒体〉を取り出し投げ渡す。キースは受け取るとすぐに電源を入れ右腕にした腕輪型のスキャナーにコードを読み取らせる。
「うっわ、何すかこのイケメン。しかも訓練校の成績が10段階中ほぼ10って…」
「それだけじゃないわ。名前、見てみれば」
「名前…っと、あさ、ぎ……?は、アサギって、あの浅義っすか」
「第三次世界大戦の英雄にして逆賊の浅義大雄の息子、ということらしい」
というのも
「浅義大雄が死んだ後に訓練校に通うそいつが息子だと軍や政府は嗅ぎつけたが、息子だという証拠は全くなかった。提出・登録されていた個人情報は確かにそいつを示し浅義大雄の息子として扱われていたけど、DNAも全く一致しなかったそうよ」
「じゃ、なんで息子にしてんすか、今でも」
「R器官だけは一致したらしいわ。DNAの次に親子という種族を主張するその器官を」
「へぇ…じゃあ、一概には他人って言えねぇんだ」
「そういうこと」
キースは目線の先でなぞるような動作をする。何かあるかのような動きだ、しかしそこには何もない。だがそれはキース以外の人間のことで、キースの目の前には『浅義大雄の息子』の情報が表示されていた。
データは幾重にも重なり表示され、キースの指の動きによって場所を変えられる。一番下にあったデータには性格分析が書かれていた。見る限り、異常ではなさそうだ。第4中隊には似つかわしくない。
「中佐が拉致ってきたくなるのもわかるっすけど、よく大佐が手放したっすねー、こんな、”オニンギョウサン”で使いやすそうな人間」
「馬鹿、手放したくないから拉致るんじゃない」
「あぁ、まぁ、そっか。ねぇちゅーさ。もしこいつがマジで俺らんとこ来るんだったら俺にタッグ組ませてくださいよ」
「…」
「…んなに変な眼で見なくたっていいじゃないっすか」
ともあれ、浅義大雄の息子は未だ隊の上官であるクウェルフ大佐の元だ。正式に小枝のものにするには血判とR器官の提出が必要で。
あぁ、と小枝は内心で思う。
私がここに来たのもこんな日だったよな、と。
そして言う。
「今度は何週間保つかしら」
と。