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表扉から外へ出れば青空が広がっていた。彼の持つ槍よりも爽やかな紺碧。
「…改めて見ると感慨深いな。」
建物を背にして正面に鉄の門扉があり、右手に厩舎、左手に少し離れて宿舎がある。その間に渡り廊下と、二階への階段が伸びている。
彼はもう一度、正門を、その先の村へと続く風景を見やり、遠方に目を眇めて苦笑した。
「やはりアイツは正義感の強い、真面目な奴だ。…後のことは大丈夫だな。」
その笑む口も真一文字に引き結び、階段へ歩いてゆく。
二階に入り、短い廊下の先の扉前に立つ。人の居る気配に、彼は一度だけ目を瞑り、扉を押し開く。
果たして、目的の男は執務机に酒肴を広げ、優雅に酒杯を傾けていた。兜の内側で、彼の眼差しが険しくなる。
「なんだ、ノックもしな、ひいっ?!」
「昼間から酒を飲むとはな…仕事はどうしたんだ、グロスマウル?」
「なっ…その声はまさかフェ、フェルスグリューンか?!」
隊長代理のグロスマウルは音立てて椅子から立ち上がり、一歩を後退る。
「お前は殺したはずだ、あれから半月以上も経っているのに、あり得ない!」
彼はゆったりとした足取りで執務部屋に踏み入った。後ろ手に扉を閉める。
「半月、か。こちらでも色々あったのでな。…お前の部下に聞いたぞ、村人たちに狼藉を働いているそうだな?」
「狼藉?…く、ははっ!」
椅子から執務机の横に立つと、男は嘲笑する。
「庶民が貴族のために働くのは普通の事だ。」
「…お前、」
反駁しようとして、彼は異様さに気が付いた。グロスマウルの眼差しが爛々と輝いている。―――明らかな殺意。
「舞い戻ってくるのなら、何度でも殺してやる…。」
事務机から離れ、グロスマウルはゆっくりと部屋の中央へ歩み寄る。その手は腰鞘から細剣を引き抜く。
彼は無言で、槍を構えた。
「…そして、必ずや冥府へ送ってやる!」
床を踏み蹴る音が合図だった。剣の切先と槍がぶつかる。
細剣の素早い突きと体捌きは、さすがに副隊長・隊長代理とを歴任するだけの事はある。彼は槍で剣先を受け流しながら様子を窺う。
「たかが、植物好きの! 田舎者の、癖に、出しゃばって!」
酒の影響か鍛錬不足か、細剣の動きに乱れが出始め、精細さを欠いてゆく。
「辺境の、国境警備で、貴族も何も、無いと、思うが?」
甲高い音が一つ響くと槍の動きが攻勢に転じる。今度は相手が防戦一方だ。
「き、さま、あっ!!」
「うおお!!」
彼の気合の声と共に槍の一振りで細剣が弾かれ飛んだ。調度品にぶつかり床へ転がる。
その細剣の先端が拉げていた。
「これで終わりだ。」
たたらを踏む相手の眼前に槍の穂先を突きつけて、彼は宣告する。
「これで、終わり…?」
はは、は…力無く笑って、けれど眼光の異常さは変わらない。
「終わる…? …ぉ、終わるものかっ、終わらないぃー!」
「っ、うおっ、あ、待て!」
護身用の短刀を振りまわして彼との距離を空けると、グロスマウルは張出台へ続く扉を蹴破った。彼もすぐに後を追う。




