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神の御子の処刑について

作者: 彼継

この世界での絶対神の扱いについて……

古き神の見守る地

聖都の外れ、罪人の丘にて



 当代の皇帝は苛烈である。その厳しさは自他を問わず、逆らうものに容赦せず、奸臣に極刑を言い渡し、他国をさえ惰弱だといい捨てて滅ぼした。

 実際恐ろしくもあったが、武断の王を慕うものは多く、かく言う私もその従者の一人である。今日もまた、とある罪人の処刑見届けのため、付き従っていた。


「この者は、神の御子を僭称し、民を率いて帝国に反逆しようとした。しかし、ほかならぬ民に拒絶され、捉えられてこうして処刑されることとなった」


 無慈悲な声が告げていく……。陛下は確かに苛烈だが、理知的な方でもある。語る口上には、道理がしっかりと通っている。――しかし、今日に限っては、皆が不安な表情を隠しきれずにいた。……私もその一人だ。


 今回の罪人は政治犯罪者だ。もっとも、帝国に直接害を加えたわけではなく、聖職者が不穏分子として捕まえてきたもの……。しかも――神の使いであるらしい。

 この者は神の声を聞いたと言った。確かめるすべはない。司祭共は異端者だと言いはっているが、今回の件には政治闘争が関わっているらしいから非常に怪しい。

 今でこそ、罪人として引っ立てられているが、ひょっとしたら本当に神の御子であるかもしれないのだ。

 この者は弟子に復活を誓ったという……。実際にそのような奇跡を目にすることがあれば……と、そんなことを考えるうちに、処刑の準備が進んでいく。


 今朝は清々しい朝だった。

 空気は澄みわたり、雲も風もほとんどなかった。

 だがどうしたことだろう……。陽がにわかに陰りだし、瞬く間に天が闇に染まり、怖気を催させる風が吹いてくる。

 

 陛下は感じていらっしゃらないのだろうか?


<天が怒っている。地が嘆いている>


 ああ、これは間違いない。

――この者は神の御子だ。手を出してはならなかったのだ。


 自分が処刑人であれば、すぐに逃げ出していたことだろう。だが、陛下は苛烈なお方。法に反したものには必ず報いを与える方。それに、この法は神との契約によるもの――たとえ御子であろうと、処刑なさるに違いない。

 見ろ、あのお顔。あのじっと御子を睨みつける表情は間違いない、踏みとどまる気配など微塵もない。


(おやめください!)


 言えるならば言いたかった。だが、口には出せない……、周囲の者も同様だった。


(何も殺さずとも良いではないですか! 牢に繋いで衣食を与え、望むように自然死させてやればそれでいいではありませんか! あえて呪われるような真似をして、何になるというのです!)


 ……言えなかった。


 そうしている間にも、準備は進み。ついに磔の杭が打たれる段になった。

 処刑人が慄いているのがわかる――私だったら絶対にやりたくない。呪われるのは間違いないから。

 ……杭が打ち込まれていく。……御子の悲鳴がこだまする。……御子の嘆きがこだまする。


 御子がひときわ大きく叫びを上げた!

「神よ! 神よ!! なぜ見捨て給うたのですか!!!!」



――そのとき、雲が割れ、光が差した。地は震え、処刑人を跪かせた。天使のラッパが鳴り響き、雷のような轟音とともに、後光をまとう存在があらわれた――神だ。



その存在感。奇跡の御業。神が御子を救いに来たのだ!


 一目見ただけでわかった――ああ、私が間違っていた。あの時、なんとしてでも陛下をお止めするべきだったのだ……。おお、神よ。愚かな私をお許し下さい。


 深い後悔とともに――しかし私は歓喜も感じていた。

 神は確かにいらした! 神は我らを見捨ててはいなかったのだ! 太古の昔に契約はなされたが、神ご自身が降臨することはついぞなかった。それが、今! 今、私の目の前にいる!


 やはり、神が御子をお遣わしになったのだ。世に新たな秩序をもたらす時が来たのだ。御子をお遣わしになったのも、出来る限り人の手での天の法を知らしめて欲しいとのお考え故なのだろう……。ああ、そこまで思っていただけるとは、なんと光栄なことだろう!


 私は御子を救うため、主を諌めるをことすらができず、ただただ見ていることしかできなかった。このような有様でどうして神に顔向けなどできようか……。

 ――だが、そんな情けない我らのことまでも気にかけて、救おうとしていらしたのだ。これに勝る幸いなどない! 御子を殺そうとした我らに救いなどあるまいが、ただその幸いを知れただけで、我が生には意味があったと思える……。



 神は陛下に話しかけられた。


「汝、己の罪を知るや否や?」


 陛下は何も答えられずにいる。



 陛下は今、何を感じているのだろうか? 苛烈さばかりが目立ち、滅多に感情を表に出さない陛下でも、この時ばかりは平静ではいられまい……。この返答いかんで、我らの運命が決まる――誰しも気が気でないようだった。


 

 陛下の顔を伺ってみる。


 顔を伺ってみる。


 顔……? 陛下はこんな顔だったか?

 いや、でも。陛下に違いない。ずっと仕えてきた人間を見間違うわけはない……。

 だが、陛下の顔が……、貌が違っている。

 いや、変わっている。


 いや、変化している。



 いや、貌が――ない。




「無に帰れ」



――陛下が言うなり、神が消えた。天使が消えた。雲が消えた。風が消えた。神の与えた秩序が世界から消え失せた。


 一体何が……? 神が、きえ。……神? どうして私はあのようなものを信じていたのだろうか? 世のものは皆、自然より生まれたもの。故に、世の本質とは混沌だ――自明のことではないか。

 ん? あのような? 何のことだったか……、まあ、思い出せないということは、重要なことではあるまい。

 今は処刑に集中しよう。


 ふと見ると……。

 陛下はなぜか、しばらくボーっとしていたことにふと気付いたような顔ではにかんでいて、いつもの苛烈さとは違った魅力を漂わせていた。

完全なる存在、および完全に近い存在は

確認次第、排除されます

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