保険の勧誘ってお姉さんも有りなんですね。
「おじさん、その話詳しく聞かせてくれませんか?」
「いいよ。僕が聞いた話では、人の魂ってのは精一杯燃焼しないと使い切ったって事にならないらしい。つまり、良い事でも悪い事でもやりきってこその往生ってわけだよ。
まぁほとんどの人、君の隣のおじいさんみたいに長く生きていれば、それなりに良い事もして、努力もして……凄い善行とかしていなくても精一杯生きて魂を使い切っているから多分行き先は天国って事になると思う。
反対に、悪の限りを尽くしたって言う人もそれはそれで精一杯生きた訳で、魂は使い切ってる。行き先は地獄って所らしいけど、どれ程恐ろしい所なのかは行った人にしか分からない。
で、問題は中途半端な君みたいな人だね。魂の燃えカスをたくさん持った人、これは天界の環境汚染につながるから取り敢えず別の所で燃焼して来る必要があるみたいだよ」
環境汚染? 確かに俺はいい事もしてないけれど悪い事だってしてない。そんな汚染物質みたいに言われるのはちょっと心外だ。
あ!
「俺の死因! トラックに轢かれたのって子猫を助ける為なんですけど、これって良い事したから天国って事にはなんないんですかね⁉」
すると、いきなり右隣の爺さんが食いついて来た。
「今どきの若いもんは見た目によらず優しい子が多いと言うが、君は特に立派な若もんだ!
ぜひ、私と一緒に天国へ行こうじゃないか!」
へ? そりゃマズイ。転生はどうした?
「いやいや、ここで決められる事じゃないですから」
そうだよな、オジサンの言う通り、ビックリさせんなよ爺さん。
「だけど、確かにかなりの善行と言えるかもしれないね。命懸けで子猫を救うなんて誰にでも出来る事じゃない。君、天国もあるかもしれないよ」
いや、正確には猫は自分で逃げました。とは言い出しずらい雰囲気。
「それ程でもないですよ。あの時は自然に体が動いちゃって……何て言うか、当然の事をしたってだけです」
あれ? 俺、何言ってんだ。
その瞬間、前の列に座っていた六十代くらいのチョットがっしりしたおじさんが振り向いた。
「いや、坊主は地獄だな」
うそ! なんで? 何を根拠にそんな怖い事言うんだよ!
「お前、そのトラックの運転手の事少しは考えたか?」
へ? そっちの事も考えなきゃなのかよ。
「お前のヒーロー気取りの行動で、加害者にさせられた運転手は今頃大変な目にあってるぞ。
そもそも、猫を轢くのと人間を轢くのとでは、精神的にも社会的にもダメージが全く違う。
当然その運転手は職を失い、相応の罰も与えられるだろう。
目撃者がいて、お前が一方的に飛び出したと証言してくれればまだしも、そうでなければかなりの罪を背負う可能性だってある。何より、そいつは今頃お前の影に毎夜怯えているはずだ。
俺の知り合いで昔、人を轢き殺しちまった奴がいて、そいつはチョットおかしくなって自殺未遂をやらかした」
先程まで俺を讃えていた両隣の応援団は一瞬にして凍りついた。
「まぁまぁ。そう言う事も含めて、ここで我々が決める事じゃないですよ」
左隣のオジサンのとりなしで、前の席のおじさんも。
「そりゃそうだ、余計な事言って悪かったな」と、また前を向いた。
「何だか結局振り出しかな? 君は転生って事になりそうだね」
善行と愚行。差し引きゼロって事か?
まぁ、それはそれでよかったんだけど。
「所で、おじさんは誰からそんな情報を仕入れたんですか?」
これは最大の関心事だ。今後の情報収集の参考にしたい。
「実はね、保険の勧誘の女性から聞いたんだよ。と言っても現世の保険屋さんじゃないよ」
―――保険⁉ なんだそりゃ!
「この後、即転生組の人達の待合室に入ると会えるらしいんだけど、たまに成仏できない霊なんかの所にも勧誘しに来るんだ。僕はまだ死んでもいない内から結構しつこく誘われてね。まぁ、かなり彷徨ってたから。
あの世は怖くないだとか、生まれ変わるならぜひ『チート保険』へ、とかね」
「チート保険って何ですか?」
「そのあたりの事はよく覚えてないんだ。胡散臭いって言うか、興味が無かったもんだから」
そこ! 大事だろ! 覚えとけよ!
と、面と向かっては言えない。
「そうですか。即転生なら会えるって事みたいだし、それ以外のコースには必要ないみたいだから大丈夫です」
「ハハハ。まあ、行けば分かるんじゃないかな」
そりゃそうだ。
それから、何時間くらい経ったかは時計が無いので分からない。
何人かずつが中待合室に呼ばれ、この長椅子のメンバーもかなり入れ替わった。
あたりを見回すと、どうやらここは日本人男性専用の待合室らしく、どんなに顔ぶれが変わっても男しか入ってこなかった。
因みに、おかまはこちらに含まれるらしい。
やがて、俺の名前が呼ばれた。
両隣の二人は少し前に呼ばれて、その瞬間フッと消えた。
どうやら移動方法は瞬間移動的な何からしい。そして、同時に別の奴と入れ替わる。
死人ってのは随分いるもんなんだな。
そんな事を考えていたら、俺の体(魂かな)もフッと瞬時に別空間へ移動した。
中待合室ってのは今までいた待合室に比べて小さい。
あそこは学校の体育館より少し大きめだったと思うけど、ここは教室二つ三つ分という所か。
先程との大きな違いは自由に歩き廻れるという点だ。
所どころに椅子やテーブルが置いてあり、そこで何やら話し込む男女……男女⁉
ここには女がいる! おかまじゃない! あ!
「よろしかったら、少しお話ししませんか?」
そうだった。保険の勧誘。俺がそれに気付くと同時に声をかけてきたのは二十代半ばくらいの結構きれいなお姉さん。想像してたのとはかなり違う。
保険の勧誘と言ったらやっぱり押しの強そうなおばさんってイメージだったけど、これは女優並の美女だ。契約成立間違いなし! もしかして、女ばっかの方はイケメンの勧誘員がいるんじゃないか?
俺は彼女に言われるがまま、テーブルに着く事となった。
なるほど、このテーブルセットはこの為か。そう言えばこんな感じ、どこかで見た事があると思ったら自動車ディーラーだ。
「お客様。この度は即転生コースに越し頂き、誠にありがとうございます。当保険は新たなる進路の前で不安を抱える魂様のお役に立つべく、誠心誠意務めさせて頂く事をモットーとしておりますので、ご心配なく転生設計のお手伝いをさせていただけると自負しております。
申し遅れました。わたくし、担当の〝小野妹子〟と申します」
その名前、何だ? 俺をおちょくっているのか⁉ それとも試しているのか⁉
『小野妹子は男だろ!』と、突っ込むのを待っているのか⁉
俺は何を期待されているんだ?
てか……こんなとこまで来て、こんな事考えんの……へこむわぁ。