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ヒュプノランタン  作者: 雪麻呂
好奇心は猫を撫でる
97/97

宝物を手に入れた!

13.






 拾い上げたそれは、季節のレリーフに、そっくりでした。

 色も形も、素材も質感も。さほど変わらないように見えました。

 四季の中で、手に入れていないレリーフは、春です。

 ということは、これは春のレリーフでしょうか。

 でも、刻印されているのは、王冠。

 あの猫が被っていた、黄金に輝く王冠です。


「クラウン金貨を手に入れた!」


 セヴァの声に、ヘンゼルは、びっくりして顔を上げました。

 え、まだ続くの?


「……なァんてな」


 けれどセヴァは、後に続けて、悪戯っぽく片目を瞑ります。

 してやられたことに気付いたヘンゼルは、照れ隠しに、頬を膨らませました。


「もう、セヴァさん!」

「紛らわしいことをするな!」

「ははははッ」


 満足げな笑い声が、風に乗ってススキを揺らし、野原を渡ってゆきます。

 戻ってきたのです。最初に宝探しをしていた、始まりの野原でした。

 騒がしかった猫は、建物ごと消え失せて、夕暮れの肌寒さに、赤蜻蛉が行き交うのみ。すべての試練をクリアしたというのに、ナレーションも、ファンファーレもありません。本当に終わってしまったのだなと、ヘンゼルは、猫の温かい毛並みを思い出して、掌の金貨を握りしめました。


「ネコさんの被ってた冠が、このコインになったの?」

「いや。逆だろう。それは私が元々用意していたんだ」

「あ、そっか」


 此処で宝探しをしていたのが、騒動の発端でした。


「だからこれはお前のものだ、ヘンゼル」

「いいの? 先生の大事な物なんじゃないの?」

「いいんだ。最初からお前にやるつもりだったんだから」

「――ありがとう!」


 ぐう。

 声を張った拍子に、ヘンゼルのお腹が、元気よく鳴きました。

 釣られたのか、ぐうぐうぐう。ムゥとセヴァの腹も、合唱を始めます。

 それはそうでしょう。ほんの数時間とはいえ、ほぼ休みなしで、頭と身体を使い続けたのです。解放されれば、疲労と空腹を憶えて当然でした。


「腹減ったなァ」

「そうだな。非常食を食べたきりだ」

「あ、弁当! 持ってきてたじゃねェか」


 敷物を広げてあった場所へ、そそくさとセヴァが移動します。


「げっ」


 その足取りが、呻き声と共に止まりました。

 肩越しに見れば、なんということでしょう。

 そこには、綺麗に空になった弁当箱が転がっているのでした。


「獣か何かにやられたか」

「置きっぱなしだったもんね……」

「うぅ……腹減った……」


 肩を落とす三人でしたが、食べられてしまったものは仕方ありません。

 さっさと後片付けをして、帰路に就くことになりました。











 夕暮れを背負って、三人で歩きます。

 ヘンゼルを真ん中に、左右がムゥとセヴァ。

 いつしか、当たり前のように決まっていた並び順です。


「虹の本棚、難しかったな」

「あれなァ。おチビ、お手柄だったぜ」

「えっへへ」

「俺様も活躍したよなァ。いやァ、色男の宿命かねェ」

「不法侵入罪、窃盗罪、器物損壊罪、脅迫罪、及びそれらの教唆」

「違ェよラスボスだよ。あの絵。俺が倒したンじゃねェか」

「聖水ぶっかけただけだろう」

「先生、美味しそうなご飯作ってたね」

「フライパンにな。夕飯はあれにするか?」

「ううん。オムライスがいい!」

「じゃあ米を炊かないとな」


 語られる思い出は、もうずいぶんと、昔の出来事みたいです。

 正午から夕刻までの、小さな大冒険。

 こんなに長い宝探しになるとは、思いもしませんでしたよ。


「それにしたって、わざわざゲーム仕立てにする必要があったか? 言ってくれれば首ぐらい届けてやったんだ。おおかた、右往左往する私たちを見て楽しんでたんだろう。悪趣味そうな奴だったからな」

「代わりに幸運が訪れるッてよ?」

「あんなの与太話に決まってる」


 くくっと笑うセヴァに、ムゥは苦々しく唇を歪めました。

 今回の一件、どうやら解決はしましたが、ムゥは消化不良です。不敬を断罪することも叶わず、報酬すら得られませんでした。そも、たかが猫に体よく弄ばれたとあっては、人間としての矜持に関わります。いったん収めた怒りの再燃に、戦犯となった自責も蘇って、むっすり黙り込んでしまいました。


「…………」


 これは、割と本気で不機嫌モードです。

 なのでヘンゼルは、喉まで出かかった言葉を呑み込みました。

 ムゥは勘違いしています。

 この冒険は、決して、無駄ではなかった。

 少なくとも、ヘンゼルと、あの猫にとっては。

 猫は言いました。心残りのないよう。好奇心を恐れるなと。

 猫には、きっとあったのです。どうしようもない心残り。

 だからこの森にいたのです。

 あのとき、ヘンゼルは、訊きそびれてしまいました。

 人々に幸運を与える猫に、何か見返りはあったのでしょうか。

 あんな朽ち果てた建物に放置されていたぐらいですから、怪しいものです。人というのは、叶った願いには、興味をなくすものです。その幸運が、誰のおかげだったのか。悲しいことに、多くの者が、忘れてしまうのです。それはいつでも、交換条件だというのに。

 あの猫は、たぶん、知りたかったのです。

 自分に、対価を得るだけの価値があったのか。

 だって、最初の洞窟も、不思議な館も、帰り道は、そのままでした。

 その気になれば、引き返すことができたのです。

 それでも、三人は、辿り着きました。

 数々の仕掛け、謎解き、面倒、戦いを乗り越え、諦めずに進み続けて。

 それは即ち、同時に猫自身の幸運に他なりません。道中、何処かで誰かが諦めていたなら、猫は今でも首なしのまま、あの寂しい建物に座っていたのですから。

 つまり試練を課されていたのは、三人の方ではなく。

 猫の方だったのでは、ないでしょうか。

 幸運を招く猫は、最後に、己の幸運を試した。

 そんな気がしてならないのです。











 家に帰るまでが遠足、とは言いますが、追加シナリオも裏ボスなく、三人は平和に帰宅しました。

 もうだいぶ慣れてきた、現在の我が家です。

 木造に、茅葺きの屋根。裸足で歩き回っても快適な、セヴァが言うところの書院造りです。障子とかいう紙のドアも、初めは戸惑ったものですが、今は危なげなく開閉できます。藺草の匂いに出迎えられて、妙に懐かしい気分なのは、此処は安全だという本能でしょうか。

 本来の我が家を半壊させてしまった理由を、ヘンゼルは、未だムゥに告げることができません。

 ムゥも訊かないので、それに甘えています。

 いずれ謝らなければならない。わかってはいるのですが、過失では済まない規模の損害が、どうしてもヘンゼルに二の足を踏ませていました。

 けど、いつまでも黙ってちゃ駄目だよね。

 晩ご飯を食べたら、話そう。

 家のことも、シィちゃんのことも。

 決心して、ヘンゼルは、縁側を駆け抜けました。


「ただいま!」


 そこから台所まで一直線。手を洗って、うがいをします。

 荷物を置いたムゥが、後からやってきて、それに続きました。


「夕飯までに何かか軽く食べるか?」

「ううん。待ってる」

「ならセヴァと風呂に入ってこい。汚れただろう」

「晩ご飯のあと、みんなで入る!」


 背後で弾む声に、ムゥは、はっと瞠目します。


「今日は楽しかったから、みんなでいっぱい話したいの!」


 いつもの――ムゥが知っている、ヘンゼルです。

 やんちゃで、好奇心旺盛で、いつも大人をハラハラさせる。

 大好きな、ヘンゼルです。


「……そうか」


 気取られぬよう、そっと目元を拭って、ムゥは緩んだ唇を引き結びました。

 やっぱり、無駄ではなかったのかもしれない。

 ほんの少しだけ、あの猫に感謝して、ムゥは気持ちを切り替えました。早く夕飯を作ってやろう。セヴァの好物も、一品だけ。酒も付けてやるか。

 さて、米を炊かなくては。

 どこか浮かれた心持ちで、ムゥは、釜の蓋を取りました。


 まん丸な金色と、目が合いました。


 蓋を戻します。

 今のはなんだ? 疲れ目か? 幻覚か? 白昼夢か?

 なんとかして現実を否定しようと、ムゥの脳は、あらゆる言い訳を並べ立てました。そのいずれかであってほしい。切実に願います。遠足は、冒険は終わったはずです。微笑ましいハピエンで、めでたしめでたし。今その空気だっただろ。

 蓋を押し込む手に、力が入ります。

 内側から、がたがたと抵抗する感覚。

 幻覚のくせに暴れるなんて、これは相当に疲れたんだな。

 無理に笑っても、釜の中身は、いっそう激しく存在を主張します。

 これはもう、問答無用の現実でした。

 そも、あんな派手なショッキングピンクを、見間違うはずはありません。


「なんだ、どォした?」


 セヴァの声を聞いたのと同時。

 とうとう蓋が吹き飛んで、中から、猫の生首が飛び出しました。


「うわあっ!」


 猫は、勢いそのままに、ムゥの頭に着地します。

 ずっしりと、生暖かい肉の感触が、否応でも事態を認識させました。

 三人が追い掛けて、胴体に戻してやったはずの猫の生首でした。

 それが、いったいどういう了見で、我が家の釜に詰まっていたのでしょう。


「先生どうし……えっ」


 駆け付けたヘンゼルが、眼を見開いて固まります。

 嬉しそうに尻尾を振って、猫は、その胸に飛び込みました。


「わぁっ」


 受け止めて、ヘンゼルは、しばし呆然。

 懐の猫と見つめ合っていましたが、俄然ぱちぱちと瞬き、紅潮した頬が、ぽかんと開いた唇が、みるみる喜びの形に綻んでゆきます。


「ネコさん! ネコさんだ! なんでいるの?」


 ぎゅうと猫を抱きしめ、ヘンゼルは、柔らかい毛並みに頬ずりしました。

 猫は金色の眼を細めて、ごろごろ喉を鳴らします。

 なんでって、それは私が訊きたい。

 歓喜するヘンゼルを叱るわけにもいかず、ムゥは頭を抱えます。

 ふと、こいつの胴体だった奴の言葉が、脳裏を過りました。

 ……まさか。

 猫の、丸い尻を凝視します。

 前に見たときとは少し違って、後頭部に当たる部分から直接、尻尾が生えていました。サツマイモめいて太く立派なそれは、生意気にも、淡い桃色とショッキングの、縞模様になっています。

 ふるん。ムゥの心中を察したように、その尻尾が、振られました。


「幸運って……」


 これ?


「いらん!」


 叫んで、ムゥは調理台に突っ伏します。

 不衛生とか、もはやそんなことは、頭にありませんでした。

 この猫どうすんだという、新たに背負い込んだ厄介事で、いっぱいです。

 いやヘンゼルが元気になったのは良いんだけれども。

 得体の知れない落人を送りつけられても! 困る!


「ははッ、おチビ懐かれたなァ」

「えへへへ! ふわっふわだ」

「ちゃんと世話するんだぜ」

「うん! 何食べるんだろ?」

「差し当たって、鼠の天麩羅(てんぷら)なんてどォだい」

「セヴァさん、捕まえてきてよね?」


 当然のように飼う方向で進んでいる会話に、ムゥは全力で割り込みました。


「待て待て! そんなもの、家に置けるか!」

「え、だめ……?」


 たちまちヘンゼルの表情が、しゅんと曇ります。

 ある種の媚びと、期待。わずかに覗く打算は、無意識なのでしょうか。

 上目遣いの眼に潤む懇願が、ムゥの胸に突き刺さりました。

 いくらか冷えたムゥは、痛み始めた胃で、思考を巡らせます。彼岸に渡った落人が帰ってくるなんて、初めてのケースです。有害か、無害か。判断が付きません。或いは本当に幸運なのか。だとして、受け入れて良いものか。難問でした。明確な正解のあったクエストの方が、万倍マシです。

 あぁ、でも。


「……先生……」

「…………」


 ちらり盗み見たセヴァは、何も言いません。

 彼が反対しないならば、当面の危険はない、と考えて良いのでしょうか。


「…………」


 溜息ひとつ、ムゥは頭を振りました。


「名前がいるなァ?」


 潮時を見計らって、セヴァが、視線を寄越します。


「……チェシャ」


 観念したムゥは、おもむろに口を開きます。


「チェシャはどうだ。昔読んだ物語に、出てくるんだ。にやにや笑っていて、よくわからない変な奴。そっくりだ」


 ヘンゼルが、ぱっと眼を輝かせました。


「先生? それって……」

「気に入らないか? ならポチかタマか……」

「ううん!」


 ぶんぶんと首を横に振って、ヘンゼルは、ムゥの胸に抱きつきました。


「かっこいい名前! ありがとう先生!」


 言うなり、両手で高くチェシャを掲げ持ち、うきうきのステップで、喜びの舞を始めました。台所を駆け回る笑顔と、久しく聞くことのなかった、この歓声。ムゥは溜息を吐き、けれど知らずに唇を綻ばせて、やれやれと眉間を揉むのです。

 この子の笑顔が、その対価だというなら。

 捨ててこいなんて言えるわけ、ないじゃありませんか。


「きちんと面倒見るんだぞ。トイレも爪研ぎも、その辺でしないように躾なさい。あと、贅沢な餌は出せないからな。しっかり可愛がってやること。散歩は」

「うん、うんうん!」


 聞いているのかいないのか。

 上機嫌のヘンゼルは、何度も何度も頷いて、腕の中の奇妙な幸運に、有りっ丈の歓待と祝福を贈るのでした。


「チェシャ! いらっしゃい、チェシャ!」


 ――よろしくね!









     好奇心は猫を撫でる/了







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「好奇心は猫を撫でる」完結おめでとうございます。 まさかの新メンバー加入に度肝を抜かれました。ヘンゼルにとっては初めての庇護対象者になるのではないでしょうか。弟ができたようなもの? ハロウィンの惨劇…
「好奇心は猫を撫でる」の執筆、おつかれさまでした。  今回は特にヘンゼルの心象とのちに繋がる描写へ焦点を据えられていた回であるかと思います。  それでも、「やはりこの三人が主人公なのだな」と思わされる…
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