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ヒュプノランタン  作者: 雪麻呂
好奇心は猫を撫でる
89/93

メインクエスト開始である。

5.






『此処はオキザリの館だよ!』


 例によって、不法侵入しました。

 鍵さえ掛かっていませんでしたが、門は頑丈で高く、重厚に閉まっていました。いったいこれをどうやって開けて、猫は中へ入ったのでしょう。あんな手足もないド畜生の生首が。


「今いるのがエントランスだな」


 見る限り、シンプルなロの字の構造です。

 正面の大きな階段が、踊り場を経て二股に分かれ、二階へ繋がっています。吹き抜けから見る限り、一階と二階は同じ造り。特に凝った意匠もなく、典型的な田舎領主の館だな、というのがムゥの感想でした。

 目立つ物といえば、踊り場の大きな絵画くらいか。


「広い! 村長さんの家かな?」

「掃除が大変そうだな……」

「あれなに? 天井のキラキラしてるやつ」

「シャンデリアだ。維持に金が掛かるぞ」

「悪趣味でやんの」


 セヴァの持つ照明が、辺りを彷徨います。

 玄関は開け放したままでした。背後から差し込む夕陽は早くも陰り、薄暗い館内は、趣味がどうこう以前に不気味です。当然、出迎えはありません。静まり返っています。


「ネコさん、どこかな?」


 ヘンゼルが、地図を覗き込んできます。

 侵入に当たって、地図はムゥが引き受けました。ヘンゼルの両手は、ゴツい刺股で塞がってしまいましたからね。それなら、最もハイスペックなセヴァを手空きにしようと、マッピング係も交代しました。

 地図は館の見取り図を表しています。

 上下に分割されていて、下が一階、上が二階。

 玄関を背に、ロの字の左右に二部屋ずつ。それが二階分。

 合計、八部屋です。


「……あれ?」


 ですが、肝心なものがありません。


「王冠の印がないぞ」


 そうなのです。

 ゴールとなるべき印が、この地図には載っていないのです。


「え、これどうするんだ……?」

「適当に探索して回りゃいいンじゃねェの」

「使えないナビだな」

「好きでやってンじゃねェんだわ」

「そうじゃなくて、探すのか? この広い館を? 歩き回って?」

「そのためのマッパー」

「…………」

「じゃあ、ネコさんを探すのがミッションだね!」


 つまり今回は、到達ではなく、探索そのものが目的ということか。

 考えてみれば、わざわざこんな部屋数の館へ招いておいて、ゴールまで一直線、なんてわけがありません。どうせ各部屋に仕掛けやらアイテムやら、必要な行動があるのでしょう。さっきの買い物もそうでしたし、昔やったゲームブックも、確かそんな感じでした。フラグ立て、とかいったかな。

 やれやれ。いちばん面倒なパターンではありませんか。


「となりゃァ、急いだ方がいいンじゃねェの」


 セヴァの意見に、ハッとしました。

 洞窟では結局、時間制限の有無はわからずじまいでした。今のところ急かす要素はないものの、相手が落人です。そこは警戒して然るべきでしょう。

 気付けば、夕陽を背負う三人の影は、だいぶ館内へ溶け込んでいます。

 そういえば、武器屋を出た途端に、夕方になっていたのです。現実とは、時間の流れが違う。これから、それなりに手間の掛かる作業を熟すことになるはずです。

愚痴を言っている暇は、ありません。


「そうだな。私がマッピングする。セヴァ、照明を頼む」

「おうさ」

「ぼくは? ぼくは何すればいいの?」

「ヘンゼルは……頑張ってくれ!」

「うん! ヤー!」


 あと、できれば刺股は無闇に振り回さないでくれ。






                  †






 順路は、玄関左手前から、時計回り。

 そう決定し、いざ訪れた最初の部屋で、早速トラブルが発生しました。


「ン、ありゃ?」


 ドアを開けた途端“照明”が、ふっと消えてしまったのです。


「おい壊れたぜ」

「そんなはずないんだが……」


 二人して照明を叩いたり振ったりしましたが、ウンともスンとも言いません。

 困ったことに、部屋の中は、鼻を摘ままれてもわからない暗闇です。

 窓がないのでしょうか。それにしても、この暗さは異常でした。

 なにせ夜目の利くはずのセヴァが、まったく見えていないのです。背後は廊下、二階の床と、それを支えるための柱に遮られはしますが、ここまで明りが届かないものなのか。いくら夕暮れとはいえ、です。


「先生、マッチ持ってない?」


 そういえばヒップバッグに入れていたな。

 試してみるかと、手探りで取り出し、一本擦ってみました。

 しゅっ。


「ひゃっ!」

「!」


 ヘンゼルが、ムゥに抱き付きます。

 ムゥは、燐寸(マツチ)を放り出すところでした。

 ヘンゼルのせいではありません。

 手首のせいです。

 三人の視線が集まるムゥの手元、ふと灯った淡い炎に、なんの脈絡もなく、誰かの手首から先だけが、浮かび上がったのです。悲鳴を堪えただけ褒められて良いと思います。あまりに予想外、唐突でした。

 どういうわけか、手首は人差し指だけを伸ばして、微動だにしません。

 ただ一方を指して、浮かんでいます。

 やがて燐寸が燃え尽きました。

 十秒に満たない時間でしたが、その、長く感じたこと。


「あっちか。もう一本頼む」


 緊張を破壊したのは、セヴァのマイペースでした。

 この状況で、平然とおかわりの要求です。


「もう一本て、燐寸か?」

「酒でも出してくれンのかい」

「あの手首が指差した方へ行こうって?」

「此処で突っ立ッててもどうにもなンめェ」


 それはそうです。

 不安だが、試してみるしか、ないか。


「ヘンゼル、大丈夫か?」

「うん。びっくりした!」

「歩くぞ。セヴァと手を繋いでいろ」

「わ、わかった」


 目指すは、向かいの角。手首は、その辺を指していたはずです。

 壁に手を突きながら、まっすぐ歩きました。

 視界は片手を伸ばしたほどで、ほとんど先が見えません。途中、二本ほど燐寸を擦りました。何度か試しましたが、やはり照明では駄目なのです。

 その都度、手首が現れました。

 二度目以降は、そこまで驚きはしません。余裕が出て観察すれば、断面はつるりとして、出血もなければ骨や肉の感触すらない。作り物めいた手です。ただの矢印的な、そういう存在なのかしらん。


「あ」


 二本目の灯火が消える寸前、部屋の隅に燭台が見えました。


「すぐそこだったのにね」

「間に合わなかったな」


 せっかくです。火でも着けてみましょう。

 新しく燐寸を擦って、燭台に火を灯します。

 浮かび上がった手首が、親指と人差し指で丸を作りました。

 なるほど。そういう仕掛けの部屋というわけか。

 何をすれば良いか、わかりました。


「やったね!」

「燭台に火を着けていけばいいのか」


 再び、指は部屋の隅を指します。

 今度は対角線でした。


「気を付けろよ」

「うん」


 壁に手を突くことができないので、ゆっくり、慎重に歩きます。

 燐寸は三本使いました。

 家具にぶつからないかと構えていたのですが、何もありません。

 難なく、二本目の燭台を灯すことができました。

 次は、そのまま奥へ。壁伝いに行って、三本目。

 その次に指差された場所は、なんと部屋の入り口でした。


「え、燭台あったのか?」

「見逃したか」

「ちゃんと探せばよかったね……」


 というか、近場から教えてくれ。

 無駄に対角線を歩かされて、余計な本数と神経を使いました。燐寸だって、残りは僅かです。いつ何処で必要になるかわからないから、節約したいのに。

 ムゥは不満でしたが、誰に言っても仕方のない文句でした。ゲームなんて、そういうものなのです。順番どおりに火を灯すとかいう条件なのでしょう。

 ……うん?

 いったい何本の燭台に火を着ければいいんだ?


「ねえ、ぼくやりたい!」


 四本目の蝋燭で、ヘンゼルが着火役に立候補しました。

 ずっと興味深げに見ていましたからね。やってみたくなったのです。

 ちょっと悩んで、ムゥは了承しました。何事も経験です。


「ここが側薬。ざらざらしてるところだ」

「うん!」

「ここを持て。投げるんじゃないぞ」

「うん!」

「火傷するなよ」

「うん!」


 燐寸箱を受け取り、指先で感触を確かめて、しゅっ。

 ムゥの心配を余所に、危なげもなく、見事な着火でした。

 ほわり暗闇に笑顔が浮かび上がり、次いで、燭台に火が灯されます。

 ――瞬間、パッと部屋中が明るくなりました。


「わ、わ!」


 ヘンゼルは驚いて、燐寸を持ったまま、辺りを見回します。

 さっとセヴァが手を伸ばして、燐寸の炎を握り消しました。

 ムゥだって驚きました。燭台といっても、いずれも隅でぼんやり灯っていただけです。それぞれ、至近距離のものがやっと見える程度でした。それが、四本目に火を着けるや否や、部屋中くまなく明りが満ちたのです。それこそ、照明のように。


「ねぇ、あれ!」


 ヘンゼルが、部屋の中央を指差しました。

 家具のない、伽藍銅の部屋。天井から、何かぶら下がっています。

 暗順応で痛む眼を擦れば、それは鍵でした。


「頭の上とはねェ。まさに盲点ッてわけだ」


 セヴァが歩み寄り、背伸びして、鍵を掴みます。

 ちょうど、そのぐらいの高さに下がっていたのです。

 ぷつんと糸が切れて、鍵は、セヴァの掌に収まりました。


『倉庫の鍵を手に入れた!』






                  †






 さて、次の部屋。その倉庫です。

 鍵を開ければ、先程の殺風景とは一転、乱雑に物の詰まった空間でした。

 何が入っているのか、大量の箱。服の溢れる箪笥。調理器具や掃除道具など日用品。大工道具。季節物に至っては、夏物と冬物が隣に並んでいます。いや確かに、掃除が大変そうだとは言ったけども。えらいダイナミック収納してるな。


「物置かな?」

「来客に慌てて全部放り込んだみたいだな」

「いるよなァ、そういう奴」


 邪魔だとばかりに、進行方向に立てかけられた箒を、セヴァが払います。

 が、ぺしん。手の甲が、柄に当たって、止まりました。

 一瞬瞠目し、再び、ぺしん。今度は強めに、弾きます。

 ぺちん。箒は動きません。

 べしん、ばしん、ばん!


「何やってんだ」


 無実の箒に執拗なツッコミを入れる相方に、ムゥは呆れて声を掛けます。

 ところがセヴァは、至って真面目な表情で、箒と睨み合っていました。


「くっついてやがる」

「はぁ?」

「や、これ。固定されてンだよ」


 そんなわけあるか。

 千歳を軽く超えておいて、よくそんな遊びができるな。

 さっさと除けろと、セヴァの脇から手を伸ばして、箒を掴みました。


「えっ」


 予想外の抵抗に、腕が突っ張ります。

 何処か引っ掛かっているのかと、周囲を確認しますが、そういう感触ではないのです。意地になって力を込めましたが、ビクともしません。接着剤で固めたか、床から生えたかという強度で、箒は不安定な姿勢を保ち続けます。


「先生、これ全部! くっついてるよ!」


 知ってる。今、まさに取り込み中だから。

 文字通り、ちょっと手が離せません。


「あんまり触るなよ」

「はーい」


 駄目です。散々押したり引いたりして、ムゥは諦めました。

 無駄に上がってしまった息を整えつつ、考えます。

 この部屋の物は、すべて固定されているのでしょうか。だとしたら、探索は骨が折れます。床に転がる瓶さえ、立派な障害物です。そもそも何を探せば良いのか、それは此処にあるのかすら、わかりません。いや、発見したとして、持ち出せるのか?


「先生ー! これ階段みたい!」


 はしゃいだ声に、しまったと視線を向けました。

 案の定、ヘンゼルが、段差になった抽斗(ひきだし)に登って万歳しています。

 セヴァはさておき、こっちは七歳児です。放っておいて良いはずが、なかったのでした。このぐらいの子共の「はい」は、内容の了承ではなく、挨拶と同義です。特にこの子の場合は。


「こら! 危ないぞ! 降りなさい!」


 駆け寄ろうとしますが、慌てるものですから、言わんこっちゃない。

 いらっしゃいませと、足下に空瓶です。

 子供に注意しながら、己がすっ転びました。


「何やってンだァ?」

「…………」

「先生だいじょうぶ?」


 ノーダメで降りてきたヘンゼルが、突っ伏したムゥの背中を撫でます。

 あっという間に立場が逆転して、ムゥはもう、恥ずかしいやら面白くないやら。箒ではありませんが、このまま床に貼り付いてしまいたい。

 それでも、大人ですからね。ややあって、顔を上げました。

 と、ヘンゼルが、何か手に持っています。


「それは?」

「あ、これ、タンスの上にあったんだ!」


 鍵でした。


『寝室の鍵を手に入れた!』


 ……なるほど。

 合点がいきました。

 同じ結論に至ったようで、セヴァが、にんまりと頷きます。

 要は、必要な物しか、動かないのです。

 さっきの村でも、割れる壺だけ軽かったっけ。

 手に取れるということは即ち、それを使うということでしょう。

 結果論ですが、これでは、やんちゃしたヘンゼルを叱るに叱れません。

 とどのつまり、ムゥは転び損です。


「親切な仕組みじゃねェか」

「ずいぶんと痛い親切があったもんだな!」


 強打した鼻を撫でながら、せいぜいセヴァの尻を蹴っ飛ばしました。

 ええ。八つ当たりですとも。







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― 新着の感想 ―
 暗喩は削ったとのお話しでしたが、でも今回もがっつり示唆的要素が含まれていた気がします。  人の指図ばかりに従えば遠回りになる。  大事なものは見えていないだけで、目の前にちゃんとある。  そして「必…
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