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ヒュプノランタン  作者: 雪麻呂
アンノウン・ハロウィーン
73/92

ハッピーハロウィン!

2.






「オバケだぞ~」


 山形に盛り上がったシーツが、ぽてぽてと歩いてきます。

 さも恐ろしげな声音を作ってはいますが、素が甲高い子供の声なのです。しかも期待と昂揚の混ざった含み笑いがダダ漏れです。足下から覗くのは、お気に入りのウサギさんスリッパ。ムゥはもう、頬が緩むのを必死に耐えていました。


「どうだ先生~オバケだぞ~こわいぞ~」


 先生って言っちゃった!

 堪えきれず、ムゥは怯えたふりをして両手で顔を覆いました。

 掌の中は、ふやけた笑いでいっぱいです。


「お菓子くれなきゃイタズラするぞ~」

「んっ、それは、困るな!」


 どうにか体裁を繕ったムゥは、用意しておいた紙袋を取り出しました。


「ほら。クッキーだぞ。オバケさん」

「やったーありがとう!」


 たちまちシーツを脱ぎ捨てて、ヘンゼルが駆け寄ります。

 果たして、この仮装に如何ほどの意味があったのか。ちょっと考えたくなりますが、まぁヘンゼルが可愛いので、なんの問題もないでしょう。


「先生のなにそれ?」

「ミイラ男だ」


 上半身に包帯を巻いただけという、やっつけな仮装でした。ムゥがやると小柄な体格も相まって、ミイラというよりただの怪我人に見えます。ぐるぐる巻きの包帯はちょっと、いえかなり痒いです。

 それでもヘンゼルは非日常が嬉しいのか、上機嫌で包帯を引っ張ってきました。

 そこを大袈裟な身振りで威嚇してみせます。

 ヘンゼルが、きゃあと笑いました。


「あはははっ!」

「ハッピーハロウィン」

「はろいん!」


 ムゥの故郷では毎年この時期、奇妙な祭りが催されます。

 子供達がお化けの仮装をして街を練り歩き、大人に菓子をねだるのです。お菓子か悪戯かと問いかけて、菓子をくれれば礼を言って立ち去る。くれなければ、悪戯をしても良い。とまぁ、こういう決まりでした。

 その話を聞いたヘンゼルが、面白がらないはずがありません。是非やろうと言い出して、即席のハロウィンパーティーが始まりました。

 いい歳をして仮装するのは少し恥ずかしかったムゥですが、これがやってみると案外、楽しんでしまいました。柄にもなく童心に返った気分です。ムゥにだって、子供の頃があったのですからね。

 どれくらい昔のことでしょうか。

 六歳まで暮らした教会。孤児達を育てている神父様が、たまにはと企画してくれた、ささやかなパーティーでした。菓子など年に数度、食べられるかどうかという貧しい教会で、たった一度のお祭り騒ぎ。およそ可愛げなどと縁のない子供だったムゥも、あのときばかりは、夢中で菓子をねだったものです。

 ずっとずっと、気が遠くなるような昔の、たぶん大切な思い出でした。


「セヴァさんは?」


 早速クッキーを頬張るヘンゼルが、きょとんと首を傾げます。

 そうです。セヴァにも菓子をもらわなければなりません。


「洗面所へ行ったが」

「じゃあ見てくる!」


 さっき放り出したシーツを引っ掴み、ヘンゼルが走っていきました。

 出会い頭に脅かすつもりなのでしょう。

 今のうちに飲み物でも作っておくかと、ムゥは台所へ立ちました。


「……ぎゃぁあああ!」


 ところが、聞こえてきたのはセヴァではなく、ヘンゼルの悲鳴です。


「ヘンゼル!? どうしぃやあぁああァ!」


 慌てて駆け付けたムゥもまた、腰を抜かす羽目になりました。

 だってセヴァときたら、とんでもない格好をしています。

 長い金髪を黒く染めて振り乱し、白装束から覗く素肌は、なんと緑色。ご丁寧に右目の部分には、大きな瘤までくっつけています。照明の落ちた洗面所で、下からの蝋燭が陰影を強調するものですから、その迫力といったら。


「幽霊になるんだろ?」

「何故ベストを尽くした!」


 ひとまず、セヴァの頭を一発しばきました。

 ヘンゼルは、ムゥの後ろへ回って隠れてしまいます。

 可哀想に、小さな手がぎゅっと背中を掴んできました。


「悪ィ悪ィ。ほら菓子だ」


 笑いながら立ち上がって、セヴァが白装束の袖から包みを取り出しました。

 開いてみると、飴細工です。黄色い南瓜を模したもの、三日月を模したもの、柿の葉と実を模したもの。他にも何本かありますが、どれも見事な出来映えで、ムゥはツッコむべきか迷いました。なんでそっちは別のガチ路線なんだ。いや綺麗だけども。


「食ったら二人で悪戯しようぜ」

「だからそういう祭りじゃない……」


 言いかけて、ムゥは、ふと気付きました。

 なんでしょう。セヴァの、この意味深なニヤニヤ笑いは。

 それに、背中が妙にベタベタするような。


「……あっ」


 さてはと鏡に映してみれば、オレンジ色の手形が大量に付いています。


「いえーい!」

「イタズラ大成功~!」


 セヴァとヘンゼルが、ぱちんと手を合わせて歓声を上げました。

 派手に叫んだ割に、おとなしいと思ったら。よくよく見渡してみれば、床に打ち捨てられたシーツから、バケツの取手がはみ出しています。おおかた、絵の具でも入っているのでしょう。この二人、最初からグルだったのです。

 してやられたムゥは、悔しさ半分の楽しさ半分。

 だからそういう祭りではないのに。


「やったな!」

「きゃあっ」


 こうなったら、お返しです。

 ヘンゼルを抱き上げて、頭に齧り付く真似をしてみせました。


「あはははっ。先生お酒くさい!」

「これはお化けの匂いだ!」


 実は、そこそこ酔っています。仮装の羞恥心を払拭するべく、景気付けでセヴァの酒をちょろまかしたら、思ったより強かったのです。動いたり喋ったりしているうちに、すっかり回ってしまいました。

 こんなときは、ちょっと悪乗りしたくなりますよね。


「きゃははははっ」


 耳に息を吹きかけてやれば、ヘンゼルが、はしゃいで身を捩ります。

 いやいや、これからだ。

 うねうねと暴れるのを風呂場に連れ込み、ムゥは、手だけちょいと出して合図を送りました。

 すぐさま意図を汲んだセヴァが、にやり笑ってバケツを掴みます。


「そォら、おかわりだ!」


 ばしゃっと中身をぶちまけられて、ヘンゼルとムゥは、もろとも絵の具まみれ。

 あっという間に、風呂場がオレンジ色に塗り替えられてしまいました。


「あははははっ」

「ははは」


 そこへセヴァも乱入し、三人して絵の具の掛け合いが始まりました。

 反響する笑い声と、喉の奥がじんと熱くなる感覚。

 今日はこのまま入浴だなぁ。ますます酔いの回る頭で思いながら、ムゥは眼の端に滲む願望にそっと、知らぬふりを貫くのでした。







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