おとぎ話は無慈悲に終わる
9.
昔というほど昔ではありませんが、あるところに、お姫様がいました。
亜麻色の巻き髪に、サファイアの瞳。バラ色の頬。桜貝の唇。
それはそれは可憐な、花のようなお姫様だったそうです。
お姫様は、いつも微笑んでいました。
晴れの日も風の日も雨の日も雪の日も嵐の日も。
嬉しいときも、悲しいときも、変わらず微笑んでいました。
それ以外の顔を知らないのです。
お姫様は、お姫様でなければなりませんでした。
泣かず怒らず逆らわず、模範的で、扱いやすい道具でなければ。
彼女に価値などないのです。
小さな国でした。弱い国でした。
お姫様の運命など、生まれる前から決まっているのでした。
同じ国に、騎士がいました。
騎士は、お姫様が幼い頃から、ずっとその傍に仕えていました。
口下手で、無愛想で、なんの面白味もない、でも誰より誠実な騎士でした。
騎士は知っていました。
お姫様が、本当は泣きたいこと。
叫んで、喚いて、暴れて壊して、逃げ出したいこと。
その優雅な仮面の下で、ただの寂しい少女が、藻掻き苦しんでいること。
知っているだけでした。
だってお姫様は、物心着いたときから、ずっとそれが人生なのです。
そういうものだと諦めなければ、心が死んでしまうのです。
彼女自身、本当の自分などわからないのです。
無骨者の己に、どうしてこの可哀想な姫を慰めることができましょう。
なので、傍にいました。
黙って姫の傍に仕えていました。
あぁでも、たった一言。
彼女が一言でも「助けて」と、そう命じてくれたなら。
何を捨ててでも、彼女を腕に抱いて、遠くへ攫って差し上げたのに。
あるとき、お姫様は、恋をしました。
生涯、ただ一度の恋でした。
舞踏会で踊った、何処かの国の王子様でした。
凍て付く心に灯った、淡く切ない恋の炎。
騎士は、すぐに気が付きました。
気付いて、悩んで、やっぱり、何も言いませんでした。
言えませんでした。
だって、どうにもならないのです。
お姫様の結婚する相手は、一歳の誕生日には決まっていました。
彼女は、あの王子とは結ばれまい。
ましてや、こんな。無骨者の騎士などとは、決して。
だから、黙っていました。
黙って傍に仕えていました。
やがて、お姫様の国は、敵に攻められ、滅ぼされてしまいました。
小さな国です。弱い国です。抵抗は無駄でした。
捕虜となったお姫様は、両脚を切り落とされて、幽閉されました。
その後のことは、騎士にはわかりません。
彼女の命と引き換えに四肢を落とされ、水に放り込まれたのですから。
息絶えるその瞬間まで、騎士が考えていたのは、お姫様のことでした。
あぁ。姫よ。
最後までお供できぬ不忠をお許し下さい。
いつもお傍におりますと。
そう約束、したのに。
なんと不甲斐ない顛末か。
奥歯を噛みしめ、騎士は暴れる水面を睨みます。
それが、彼の最後の記憶でした。




