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ヒュプノランタン  作者: 雪麻呂
ひとりでワルツを
68/91

そんなことだろうと思いました

8.






 家に帰ったムゥは、少しだけ仮眠を取って、人形の修繕に取り掛かりました。

 朝も暗いうちからセヴァを叩き起こして研究室に籠もり、素材と道具を用意させます。こうなったら、せいぜい扱き使ってやる腹でした。意外にもセヴァは、割合素直にムゥの脚となってくれました。まぁ文句を垂れつつではありますが。

 檜、布、金属板、石膏。

 運良く、手持ちで足りそうです。特に石膏は、採掘して精製する羽目にならずに助かりました。あれは大変に手間と労力が掛かるのです。

 まずは手足から始めましょう。

 人形の大きさを測り、体格を考えて長さと肉付きを決めます。檜の木材に下描きをして切り出し、彫刻刀で削り、形を整えて、ヤスリ掛け。あとは石膏を塗れば、概ね良しです。

 乾くのを待つ時間で、服を新調してやります。

 これは楽でした。なにせ、しょっちゅうヘンゼルの服を繕っていますからね。

 そういえば今年の冬物をどうしよう。去年のコートはもう小さいだろうか。帽子と手袋も編んでやらないと。脳内で予定を巡らせているうちに、縫い上がってしまいました。ついでだ。刺繍もしておいてやる。

 金属板を曲げて加工し、籠手と軍靴を。鎧の傷も均して磨いて。

 兜は諦めました。さすがに、デザインから起こす気力はありません。

 断じて乗り気ではなかったムゥですが、始めてしまうと持ち前の凝り性が疼き、中途半端を許せません。気付けば没頭し、ぶっ通しで集中していました。

 いつもなら興味津々で突撃してくるヘンゼルも、今日は静かです。

 セヴァが家事の傍ら、上手いこと操縦しているのでしょう。

 おかげで日が傾く頃には、一通りの作業を終えることができたのでした。


「……ふぅ」


 組み上げて服を着せ、鎧を纏った騎士人形を確認します。

 うん。まずまずの仕事です。

 ひとまず完成ということで満足して、ムゥは頷きました。

 たったひとつ。気になる箇所に眼が留まります。

 騎士人形の顔に残る傷。

 結局、最後まで悩みました。


「…………」


 いや。

 ムゥは首を振ります。

 このままにしておきましょう。

 これはこれで、きっと彼の誇りで、歴史で、勲章なのですから。


「はぁ」


 ようやく気を抜き、机の上に、騎士人形を座らせました。

 車椅子をソファまで進め、飛び込むようにソファへ突っ伏します。

 疲れました。肩と腰が悲鳴を上げています。それでなくとも、昨日から車椅子で移動しているのです。腕の筋肉痛の、辛いこと。

 この先、ずっと脚が戻らなければ、どうしましょう。

 いっそ自分の義足も作ってしまおうか。

 魔道具にすれば、ある程度は自由に動けるだろう。

 素材は何がいい……かな…………。









「おい起きろ。夕餉だぜ」


 ぺちぺちと額を叩かれ、ムゥは小さく唸りました。

 習慣で起き上がろうとして、肩を押し戻されます。割烹着姿のセヴァが、呆れ顔で覗き込んでいました。


「落ッこちンぞ」

「私……寝てた?」

「そりゃァもう、ぐっすり」


 眉間を絞って欠伸を一つ。

 どうやら少し居眠りしていたようです。

 あぁ、そんな時間か。


「まだ眠い……」

「ちッとでも食っとけ。おチビも居間で待ちくたびれてら」


 正直あまり食欲は湧きませんでしたが、セヴァの珍しい気遣いに、のそり身体を起こします。せっかく作ってくれたのですし、冷めてもつまらないでしょう。軽く食べて風呂に入って、改めて熟睡するということで。

 もう一度欠伸をして、ムゥはセヴァに両腕を広げて見せました。


「ん。だっこ」

「でかいバブタレだな。可愛くねェ」

「たまには世話を焼け」

「へいへい」


 ぼやいて、セヴァの長身が屈みます。

 抱き上げられながら、ちらと作業場の方を見ました。

 とにかく屑の多く出る作業でした。机の上はもちろん、手の届く範囲は散らかり放題に散らかっています。彫刻、裁縫、金属加工用の道具、参考にした書物。乾いた石膏が、粉になってあちこち貼り付いていました。これを掃除するのは骨が折れそうです。

 片付けは明日でいいか。

 思って擦った眼を、ふと気付いて、もう一度擦りました。


「人形は?」


 雑然とした机の上、あるべきはずのものが、見当たりません。


「騎士人形は? どうした?」

「あン? 何処だよ?」

「それを訊いてるんだ」


 いや。確かにそこへ置いたのです。なんで探す必要があるのでしょう。

 その辺に落ちてはいないかと、ムゥは視線を巡らせました。

 机の下、床、棚。ありません。抽斗は閉まっています。

 ぎゅっと心臓が苦しくなります。

 おい頼む。やめてくれ。


「おい、なんだこりゃ?」


 と、室内を見回したセヴァが、何かに気付いたようでした。

 机へ歩み寄り、一枚の紙を手に取ります。

 作業中、ムゥがメモに使っていたものです。

 ざっと目を通して、セヴァは、それをムゥの眼前へ晒しました。


「お前宛だぜ」

「え、私?」


 意味もわからず、セヴァの肩越しに、渡されたメモを見ました。

 数値や手順の殴り書き、その下に、新しく文字が増えていました。


 此度は、大変お世話になり申した。

 身体を直して頂いたこと、深く感謝申し上げる。

 されど、自分は急ぎ行かねばならぬ。

 礼の一つもできぬ不義理を、どうか御容赦願いたい。


 辺境で使われる公用語です。

 やや古めかしい文体でしたが、ムゥには読めました。

 ただ、教養を修めた者の筆跡にしては、やけに悪筆です。ちょうど、三十センチくらいの身長で、鉛筆でも抱えて書いたら、こうなるだろうなというような。


「まさか……」


 そのとき、研究室の扉が、慌ただしく叩かれました。


「先生ー! お人形が逃げたー!」

「はぁ!?」

「玄関開けたら、そこから走って行っちゃったー!」

「はぁ!?」


 ヘンゼルの容赦ない報告に、語彙が消し飛びました。

 耳元で叫ばれたセヴァが、うるせえと怒鳴り返します。

 やっぱり動くのかとか、犬じゃないんだぞとか、言いたいことはありました。

 けれど、真っ先にムゥの頭を過ったのは、何故か昨夜の姫人形でした。

 矢も楯もたまらず、セヴァの金髪を鷲掴みにして、ぐいと引っ張ります。


「追うぞ! 早く!」

「いやうるせぇんだよ! あと毛を掴むな! 禿げるだろ!」

「急げ! はいどう!」

「馬か俺は!」


 もう夕飯どころではありません。まったく、脚が出来た途端にこれです。

 誰が何と言おうと、金輪際、人形とは関わらない。

 堅く堅く、ムゥは心に誓ったのでした。







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