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ヒュプノランタン  作者: 雪麻呂
ひとりでワルツを
65/95

脚を返して

5.






 明けて翌日。

 遅めの朝食を済ませて、そのまま作戦会議が始まりました。

 如何にしてムゥの脚を奪還すべきか。シュール極まる議題ですが、ムゥとて好きで取られたわけではないのです。初動を失敗した以上、腰を据えて策を練る必要がありました。


「そーっと後ろから近寄って、静かに抱きついたらどう?」

「空振りした」

「ん、ん、じゃあね、ユダンさせてアクシュするのは?」

「ガン無視された」

「足つっかけて転ばせるのは?」

「華麗にスルー」

「スカートめくっちゃえ! きんちゃくの刑だ!」

「どォせムゥの脚だろ。見えても嬉しくねェよ」

「いやセヴァそうじゃない」


 昨夜の経緯は、食事中に共有してあります。

 案の定、ヘンゼルが食い付いて、まだ質問攻めが止みません。すっかり姫人形に興味津々で、議題を修正するのに、そこそこ骨が折れました。


「お姫様、すっごく早いんだね」


 セヴァは健闘してくれたと思います。ただ試行錯誤した結果が、残念な不審者に仕上がっただけです。散々に弄ばれたと見えて、一夜明けてなお仏頂面でした。


「いや、速いというよりあれは……」


 何かがズレている。

 俊敏性の問題ではありません。セヴァは何度も、彼女を的確に捉えていました。でも掴めない。触れられない。彼女の存在する場所に到達できない。何人も、彼女を束縛することは叶わない。

 あれはたぶん、そういう(・・・・)落人です。

 理由は知れませんが、逆に言えば、それこそが彼女の墜ちた理由なのでしょう。


「罠を張ってみようか」

「俺の結界が破られたンですけどォ?」

「試してみないことにはわからない」

「ンじゃま、虎挟みでも仕掛けるかい? 餌は何だ? 肉か菓子か?」

「拗ねるな子供じゃないんだから」

「矜持ッてモンがあんだよ!」


 喚いて、セヴァが毛を逆立てます。

 気持ちはわかりますが、ただでさえ面倒な事態なのに、変な対抗心で人形と張り合わないでほしいものです。彼女を捕らえることは、手段です。目的は脚を返してもらうことであって、鬼ごっこではないのです。断じて。


「トラバサミは嫌だな……投網……馬止……うぅん」


 罠。罠か。

 自分で言っておいて、自信がありませんでした。

 獣や魚を捕らえる罠で、あれが掴まるでしょうか。

 セヴァの嫌味だって、一理あります。

 餌。

 姫人形を釣るのに最も効果的な餌って、なんだ?


「やっぱり王子様だよ」


 ムゥが唸っていると、しみじみヘンゼルが呟きました。


「なんだって?」

「うん! お姫様なんでしょ? 王子様と結婚すれば幸せになれるんだよ。だから逃げてるんじゃなくて、王子様を探してるんだ!」


 なんの話かと思ったら、どうもヘンゼルは、大人達が物騒を企てている間、空想の世界へ旅立っていたようでした。彼なりの結論を得て満足したのか、腕など組んで、うんうん頷いています。その得意顔は大変に可愛いのですが、ムゥとしては、できれば罠の具について提案してほしかったところでした。


「あの御転婆だぜ。三行半でトンズラこかれたンじゃねェのか」

「キスすればいいんだよ! それでだいたい丸く収まるの!」

「ヘンゼル、その言い方はちょっと……」


 誤解を招きかねない発言に、ムゥは顔を引き攣らせました。なんだこれ私のせいか。私の教育が悪かったのか。

 そういえば、いつかそんな絵本を読んでやったような気もします。

 王子のキスで、踊り続ける靴の呪いが解ける姫の話。


「……いや」


 待てよ。

 あの人形が、本当に何処かの国の姫君だったとしたら?

 有り得なくもない話です。顔立ち、仕草、姿勢、雰囲気。宮廷魔術士だった頃、ムゥは多くの貴人を見ています。王女も王子もいました。なんなら己が皇帝に仕えていたのです。審美眼はあるつもりです。

 あの姫人形は、決して偽物ではない気品を備えていました。

 或いは、ヘンゼルの言うような、お伽噺さながらの人生を送ったとして。

 めでたしめでたしで終わった、その続きが、この森なのです。

 ――瞼の裏で、白いドレスが翻りました。

 そうか。


円舞曲(ワルツ)か」


 ようやく、彼女の奇妙な仕草に合点がいきました。

 逃げるためではなく、踊るために。

 脚を奪っていったのか。


「成程。相方募集中ッてわけかい」


 とんと煙管の灰を叩き、セヴァが肩を鳴らします。

 ヘンゼルの意見は、案外と的を射ているかもしれませんでした。

 ワルツを踊るなら、パートナーが必要です。

 もしかして、パートナーを得れば、満足して消える?


「よし、王子を用意するぞ!」

「はいはい! ぼくやりたい! 王子様やりたい!」


 ヘンゼルが、元気に挙手しました。

 正直、とっても見てみたかったムゥですが、今回は場合が場合です。危険が伴う可能性もありますし、第一、身体が小さすぎます。姫人形の身長は、百五十センチといったところ。最低でも、ムゥくらいの背丈は必要です。


「駄目だ」

「ええ~」


 とはいえ、ムゥは満足に動けません。ましてや姫人形に合わせてステップを踏むなんてことは、どう頑張っても無理です。脚は彼女の方に付いているのですから。

 となれば、残るは……。


「あン?」


 ムゥとヘンゼルの視線が、そろって目の前の美丈夫に注がれました。

 「餌」が大決定した瞬間でした。







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