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ヒュプノランタン  作者: 雪麻呂
ひとりでワルツを
61/91

そろそろ秋

何処まで行っても噛み合わない!

1.






 吹き込んだ仄かな秋に、すんと鼻を鳴らします。

 額に滲んだ汗を拭い、詰めていた息を吐いて、ムゥは空を見上げました。開いた天窓の向こう、巻雲の棚引く空は、その瞳と同じ青です。少し疲れを感じて、傍の木箱に腰掛けました。埃よけのバンダナを解けば、そよそよと風が、水色の前髪を揺らします。

 夏が終わろうとしていました。

 こうして動いていれば、まだ日中は汗ばむくらいに暑いのですが、朝晩めっきり涼しくなって、温度差が激しくなってきました。それで秋物の寝間着を出そうと、屋根裏へ上がったのが二時間前です。どうせすぐ使うならと上着の類も探し始め、そうなると散らかった室内が気になり、本格的に掃除を始めてしまって、今に至るというわけです。

 ムゥの知らないうちに、ずいぶん物が増えていました。ずっと物置にしていたのが、最近はヘンゼルの秘密基地と化しているようです。絵本、楽器、ぬいぐるみ。他にも何処かで拾ってきたらしいガラクタが、いくつかの箱に分けて、収められていました。

 ムゥの贈ったマリンドームも、キャビネットに飾ってあります。

 あのときは肝が冷えた。


「……妙な物を拾ってやしないだろうか……」


 先日の事件は記憶に新しく、思い出すたびに胃が痛みます。当のヘンゼルは何も憶えておらず、以後、健康そのもので日々を過ごしているので、そこは問題ありません。ええ、ヘンゼルが健やかなら、それでいいのです。

 いいのですが、それはそれとして、心配になってきました。

 掃除も一段落したことですし、ここは箱の中身を確認しておきましょう。


「新しいものは、こっちかな」


 誰に似たのか、ヘンゼルには収集癖の気があり、不要品と必需品の区別があまり付いていません。放っておくと増える一方なので、時折こうして、整理する必要があるのでした。

 さぁ、出てきます出てきます。

 面白い形の石、木片。色とりどりの木の実。謎の種。蛇の脱殻に、蝉の脱殻。

 鳥の羽根、枯れた花冠。ビー玉に、パズルのピースがちらほら。

 ぼろぼろの人形。


「え」


 なにこれ?

 淡々と「捨てる」候補を選り分けていたムゥの手が、止まりました。

 三十センチくらいの、いわゆるビスクドールです。裾の大きく膨らんだドレスと亜麻色の巻き髪。いかにも高価な仕上がりは、持ち主の身分を量るのに難くありません。上流階級の、夢見るお嬢様が胸に抱いて眠るような。

 それは、姫人形でした。

 手に取って、しげしげと眺めます。

 木製でしょうか。おそらく石膏を塗っているのでしょうが、せっかくの雪肌が、あちこち黒ずんで台無しです。かなり痛いんでいるようで、白いドレスには染みと解れが、頬には無残な亀裂が入り、片方の耳な、ど欠けてしまっていました。

 ただ、両の眼――サファイアでしょうか――だけは、宵闇を凝縮したように美しく澄んで煌めき、今にも瞬きそうに、じっと虚空を見つめていました。

 重量の違和感に、ひっくり返してみます。

 ドロワーズは穿いていましたが、両脚がありませんでした。


「なんだってこんなもの……?」


 ヘンゼルは、やんちゃ盛りの男の子です。

 クマさんやウサギさんのぬいぐるみは好きですが、さすがに姫人形を欲しがるとは思えません。そもそもこれ、何処にあったのでしょう。拾ってきたなら、自分のところへ報告に来るはずなのに。セヴァの趣味でもないし。


「私が作った……? いや、そんなはずは」


 どれだけ凝視しても、身に覚えがありません。

 問うて答えるはずもなく、ガラクタの底からおいで遊ばされた可憐な姫は、その青い瞳を晩夏の斜陽に輝かせ、うっそりと無機質に微笑んでいるだけなのでした。


「……落人(おちゆうど)?」


 嫌な予感がしました。

 彼等の姿は千差万別で、時も場所も選びません。先日のヘンゼル安眠事件など、未だに犯人は正体不明です。それが、よりにもよって壊れた人形だなんて。怪しさ満点、フラグの気配がビンビンします。

 そうでなくとも、ちょっと気味が悪いではありませんか。

 これはさっさと捨てるか、焼き払ってしまうに限るのですが……。


「…………」


 さりとて、勝手に処分するのも気が引けます。

 あとでヘンゼルに泣き喚かれたら、宥めるのが大変なのです。

 悩んでいるうち、夕飯の支度が頭を掠めました。


「……まぁ、急がなくてもいいか」


 遊びに出たヘンゼルが帰ってきたら、訊いておきましょう。

 ひとまずそう決めて、ムゥは、人形を棚に乗せておきました。

 さて、早く片付けないと。

 晩の献立を考えながら、箱から出てきたコレクションたちをまとめて、袋に入れます。これを、そうだな。とりあえず、キャビネットの抽斗(ひきだし)に。


「ミ゛ッ」


 抽斗を引いたムゥは、悲鳴を上げて硬直しました。

 そこにあったもの、なんだと思います?

 カマキリの! 卵!







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