56/92
遠い残響を聞いた
7.
ようやく海を手に入れた。
泳ぐための身体で生まれて、いくら探しても海がないなんて。
こんな不幸があるかい。
ずっとずっと探してた。広い海。果てのない、夏の海だ。
どのくらいかって? そりゃあもう、長い間さ。
誰に訊いてもこう言うんだ。陸で泳ごうとする方がおかしいってな。
まったく、世間てやつは、俺に冷たすぎるんだ!
君もそうは思わないか?
どうして自分は、こんなにも息苦しいんだろうって。
それはな、海がないからさ。
かといって、陸で暮らすにも脚がない。
あぁ、逆もあるだろうな。泳ぎの下手な魚だっているだろうさ。
お互いの世界を交換したくても、それはできないとくる。畜生!
なぁ君。
だからって、自分が悪いなんて思っちゃいけないぜ。
それは、己という存在の否定だ。
脚のない身体を、水に浮かない心を。それでも誇るべきなんだ。
だってそれこそ自分なんだからな。
世界に、たったひとりきりの自分だ。
同じ人間は何処にもいないんだぜ?
それだけで君、なんて素晴らしいことだろうよ!




