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ヒュプノランタン  作者: 雪麻呂
夏の夜の夢! ヒコボシきらきら☆争奪戦!
44/92

終焉への道

10.






 大蛇はムゥの頭を呑み込み、胸を呑み込み、腰を呑み込み、あれよという間に、脚までを呑み込んでしまいました。

 でも、おかしいのです。

 そこから、また脚が生えています。

 ちょうど足の裏をぴったり合わせた状態で、更に足があって、足首があって、膝があって、太腿があって、腰があって、胸が、頭が。逆に呑み込んでゆけば、今度は頭の天辺が、さっき呑み込んだ頭頂部に繋がっています。

 つまり、身体の上下が交互に連なって、延々と続いているのです。

 ――いと(ねた)し。

 大蛇は怒りました。怒って、三人四人と呑み込みました。

 けれども、呑み込んでも呑み込んでも、終わりがありません。

 ますます憤慨し、五人六人。身体中を胃袋にして、詰め込みます。

 ――あな憎し。

 どうしてこんなに怒っているのでしょう。

 いつから怒っているのでしょう。

 もう、自分にもわかりませんでした。

 わからないのに、辛くて悲しくて憎くて恨めしくて、堪りません。

 ――恨めしや。

 あぁ、恨みを晴らさなくては。

 終わらぬのならば、何度でも何度でも、殺さなくては。

 何度でも――。









「“幻日”」


 冷ややかに告げるセヴァの隣で、ムゥは、ぽかんと口を開けていました。

 信じられない光景です。大蛇が突然、自分の尾に食らい付いたかと思うと、そのまま顎を外して、呑み込み始めたのです。自分をです。


「もう此奴の意識ァ、この世界にねェ。見るもの聞くもの感じるもの、全部どっか別次元の出来事だ。何が起ころうと、俺達には干渉しねェよ。できねェんだ」

「え?」

「捩じ曲がッちまったのさ。言動も感情も、すべては己に返る。つまり」


 セヴァが、錫杖を肩に担いで、鼻を鳴らしました。


「どうあっても、自分を傷付けるだけだ」

「…………」


 何を言っているのか、わかりません。

 さっぱりわからないけれど、これは確かに鉄壁でした。

 それなら、絶対に襲われることなど、ないのですから。

 二人の見守る前で、大蛇の身体は、どんどん縮んでゆきました。呑まれた部分がいったい、何処へ消えるのか。その別次元とやらに移動しているのか。考えている間にも、尾が消え、腹が消え、胸が消え、鎌首が消えてゆきます。顔だけになった大蛇は、器用に舌を使って、自らの長い黒髪を啜りました。そうして、あろうことか顔までもが、呑み込まれて消え失せて……。

 いつしか、そこには何もありませんでした。

 あとは、焼け野原となった丘に、ひゅうと夜風が吹き抜けるのみ。






                  †






「あぁ~……疲れたぜ畜生」


 セヴァが、どすんと尻餅を突きました。

 その拍子に、焼け焦げた笹百合が舞い上がり、ひょこん。

 足元から飛び出した光があります。


「ありゃ」

「ヒコボシだ!」


 そういえば、見失っていたのです。

 あまりに立て込んでいたので、忘れるところでした。

 ヒコボシは二人の鼻先を一周し、すいと夜空へ舞い上がりました。

 昇る軌跡は光の尾となり、高度に合わせて伸び続けます。ヒコボシが昇るほどに光は解け、裾の方がドレスみたいに広がって、まるで光の絨毯です。見上げる首が痛くなった頃、二人の目の前には道が――光の坂が出来ていました。

 先が見えないくらい、長い長い坂でした。

 “万年坂”です。

 これはヒコボシの用意した、言わば最終ステージ。この坂を上りきれば、そこはオリヒメの咲く場所へと繋がっています。こちらもどういう原理か知りませんが、落人のやることですから。要するに、ヒコボシを手にして、先に頂上へ着いた方の勝ちというわけです。


「あいつが呑み込んでいたのかな」

「かもなァ」

「毎回思うが、これ、どういう仕組みなんだろう」

「さァ? ま、草鞋(わらじ)千足埋めるよりァ、楽でいいぜ」


 立ち上がったセヴァが、ぱんぱんと尻を払いました。

 ムゥは、フェザーブーツの羽根を調整します。すっかり軽くなったバッグに、祭の終焉を思えば、なんだか少しだけ、寂しい気持ちになりました。

 肩を並べた二人は、どちらも満身創痍の疲労困憊。手札も魔力も体力も、残っているのは僅かです。泣いても笑っても、これが最後。

 ざわざわ。

 吹く風が髪を靡かせ、微かに甘い笹百合の香りが漂いました。


「よーいどん、で始めるぞ」

「望むところよ」

「抜け駆けするんじゃないぞ」

「そっちこそ」

「じゃあいくぞ。よ」


 どん!

 まったく同じタイミングで、悪びれもせずフライングする二人は、果たして仲が良いのか、悪いのか。いずれも自分のことを棚に上げ、互いを罵りながら、万年坂を駆け上ってゆくのでした。






 

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