終焉への道
10.
大蛇はムゥの頭を呑み込み、胸を呑み込み、腰を呑み込み、あれよという間に、脚までを呑み込んでしまいました。
でも、おかしいのです。
そこから、また脚が生えています。
ちょうど足の裏をぴったり合わせた状態で、更に足があって、足首があって、膝があって、太腿があって、腰があって、胸が、頭が。逆に呑み込んでゆけば、今度は頭の天辺が、さっき呑み込んだ頭頂部に繋がっています。
つまり、身体の上下が交互に連なって、延々と続いているのです。
――いと妬し。
大蛇は怒りました。怒って、三人四人と呑み込みました。
けれども、呑み込んでも呑み込んでも、終わりがありません。
ますます憤慨し、五人六人。身体中を胃袋にして、詰め込みます。
――あな憎し。
どうしてこんなに怒っているのでしょう。
いつから怒っているのでしょう。
もう、自分にもわかりませんでした。
わからないのに、辛くて悲しくて憎くて恨めしくて、堪りません。
――恨めしや。
あぁ、恨みを晴らさなくては。
終わらぬのならば、何度でも何度でも、殺さなくては。
何度でも――。
「“幻日”」
冷ややかに告げるセヴァの隣で、ムゥは、ぽかんと口を開けていました。
信じられない光景です。大蛇が突然、自分の尾に食らい付いたかと思うと、そのまま顎を外して、呑み込み始めたのです。自分をです。
「もう此奴の意識ァ、この世界にねェ。見るもの聞くもの感じるもの、全部どっか別次元の出来事だ。何が起ころうと、俺達には干渉しねェよ。できねェんだ」
「え?」
「捩じ曲がッちまったのさ。言動も感情も、すべては己に返る。つまり」
セヴァが、錫杖を肩に担いで、鼻を鳴らしました。
「どうあっても、自分を傷付けるだけだ」
「…………」
何を言っているのか、わかりません。
さっぱりわからないけれど、これは確かに鉄壁でした。
それなら、絶対に襲われることなど、ないのですから。
二人の見守る前で、大蛇の身体は、どんどん縮んでゆきました。呑まれた部分がいったい、何処へ消えるのか。その別次元とやらに移動しているのか。考えている間にも、尾が消え、腹が消え、胸が消え、鎌首が消えてゆきます。顔だけになった大蛇は、器用に舌を使って、自らの長い黒髪を啜りました。そうして、あろうことか顔までもが、呑み込まれて消え失せて……。
いつしか、そこには何もありませんでした。
あとは、焼け野原となった丘に、ひゅうと夜風が吹き抜けるのみ。
†
「あぁ~……疲れたぜ畜生」
セヴァが、どすんと尻餅を突きました。
その拍子に、焼け焦げた笹百合が舞い上がり、ひょこん。
足元から飛び出した光があります。
「ありゃ」
「ヒコボシだ!」
そういえば、見失っていたのです。
あまりに立て込んでいたので、忘れるところでした。
ヒコボシは二人の鼻先を一周し、すいと夜空へ舞い上がりました。
昇る軌跡は光の尾となり、高度に合わせて伸び続けます。ヒコボシが昇るほどに光は解け、裾の方がドレスみたいに広がって、まるで光の絨毯です。見上げる首が痛くなった頃、二人の目の前には道が――光の坂が出来ていました。
先が見えないくらい、長い長い坂でした。
“万年坂”です。
これはヒコボシの用意した、言わば最終ステージ。この坂を上りきれば、そこはオリヒメの咲く場所へと繋がっています。こちらもどういう原理か知りませんが、落人のやることですから。要するに、ヒコボシを手にして、先に頂上へ着いた方の勝ちというわけです。
「あいつが呑み込んでいたのかな」
「かもなァ」
「毎回思うが、これ、どういう仕組みなんだろう」
「さァ? ま、草鞋千足埋めるよりァ、楽でいいぜ」
立ち上がったセヴァが、ぱんぱんと尻を払いました。
ムゥは、フェザーブーツの羽根を調整します。すっかり軽くなったバッグに、祭の終焉を思えば、なんだか少しだけ、寂しい気持ちになりました。
肩を並べた二人は、どちらも満身創痍の疲労困憊。手札も魔力も体力も、残っているのは僅かです。泣いても笑っても、これが最後。
ざわざわ。
吹く風が髪を靡かせ、微かに甘い笹百合の香りが漂いました。
「よーいどん、で始めるぞ」
「望むところよ」
「抜け駆けするんじゃないぞ」
「そっちこそ」
「じゃあいくぞ。よ」
どん!
まったく同じタイミングで、悪びれもせずフライングする二人は、果たして仲が良いのか、悪いのか。いずれも自分のことを棚に上げ、互いを罵りながら、万年坂を駆け上ってゆくのでした。




