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ヒュプノランタン  作者: 雪麻呂
紫陽花散歩
26/91

僕は非常識でいい

5.






 一時間も歩いたでしょうか。


『此処ねぇ』


 道が開けて、目の前に草原が広がったとき、傘が言いました。

 ヘンゼルは辺りを見渡します。短い草の間に、低い樹が点々と生えている、妙な場所でした。樹の名前すら知りません。当然、ムゥやセヴァと訪れた憶えもありません。まったく初めて来るところです。


「……なんにもないよ?」

『せっかちねぇ~まだ探してないじゃない』


 傘は、チッチと舌を鳴らしました。会ったときから不思議なのですが、いったい彼女は、口もないのにどうやって喋っているのでしょうか。ムゥが言うには、こういうところが森の“ヒジョウシキ”なのだそうですが。

 そうねぇ。傘は一呼吸置いて、続けました。


『穴の空いてる樹はない?』

「あ」


 なるほど。

 一本、二本、ヘンゼルは樹の幹を確認して回ります。

 五本目で、ぽっかり空いた大きな穴を見付けました。

 どうやら天然の(うろ)ではなく、バランスの良い楕円形をしていました。大人が掌を広げたくらいの面積があり、人工的というのも変ですが、何者かが故意に設けた穴に間違いなさそうです。

 覗きたくても、目線が届きません。

 ヘンゼルは少し躊躇いました。毒蛇や、気の立った獣が居たらどうしましょう。以前、不用意に鳥の巣穴に手を突っ込んで、思い切り突かれた経験があるのです。


「ねぇカサさん、何かいる?」


 ヘンゼルは、差した傘に訊ねました。彼女の高さなら見えるはずです。


『う~ん……暗くてわかんないわねぇ』


 彼女の答えは、頼りないものでした。

 ちょっと怖いけれど、仕方ない。いつだったか、セヴァも言ってたではありませんか。バケツに入らんずばドジを得ず(違ったでしょうか?)。どのみち、目の前にある興味の対象物を諦めるなどという選択肢は、初めからないのです。

 ヘンゼルは意を決して、樹の穴に手を入れました。

 穴の中は意外に広く、ゆとりがありました。こんもりと敷かれた草が、雨のせいで湿気っています。棚の上を探るような感覚で、それを掻き分けてゆきました。

 すると、こつん。指先に固い物が当たります。

 細長い部分があったので、そこを抓んで、引っ張り出しました。


「……やったぁ!」


 ぱっと顔を輝かせ、ヘンゼルは歓声を上げます。

 出てきたのは案の定。ムゥの眼鏡でした。


「あったあった! これだ! よかったぁ!」


 興奮しながら、状態を確かめます。酷い傷もなく、レンズも無事。蔓が変に捻れてしまっていますが、これくらいならムゥは簡単に直すでしょう。

 でも、不思議です。どうしてこんなところに……?


『鳥か何かが運んできたのかしら?』

「! そっか!」


 傘の呟きを聞いて、ヘンゼルは、ぱんと手を打ちました。

 まさに正解だったのです。


「これ、アナガラスの巣なんだ!」


 厳密にはカラスではなく、鳴き声が似ているため、そう呼ばれる鳥です。

 光り物を集める習性を持ち、前に何度か宝石を咥えているのを見たことがありました。おそらくこの眼鏡も、彼等が此処へ運び込んだのでしょう。引っ越しの荷物は少ない方が良いですからね。子育てが終わって空になった巣に、これが残されていたというわけ。

 見付からないはずです。ヘンゼルは納得し、頷きました。

 婆ちゃんのイヤリングがなかったのは、寂しいけれど。


「ごめんね。返してもらうからね」


 ヘンゼルは、眼鏡をポケットに収めました。

 家に帰ったら、すぐ先生に渡して、もう一度謝ろう。


「ありがとう、カサさん! 先生よろこぶよ!」

『ど~いたしまして。うふふふ』


 次は? 傘は訊ねます。

 けれどヘンゼルは、返事をしません。落ち着かない様子でキョロキョロと視線を巡らせ、足踏みなどしています。


『どうしたのよ?』

「ねぇねぇ、ちょっと待っててくれる?」

『なぁに? おしっこ?』

「ちがうよ!」


 というのも、偶然発見したアナガラスの巣に、興味津々なのです。

 他にも巣があるかもしれません。宝石か、珍しい素材でも見付けて持ち帰れば、更にムゥを驚かせることができます。さぞ褒めてくれるでしょう。いいえ、そんなものより、もっと素敵なもの。たとえば新種の昆虫とか、宝の地図とか、伝説の剣なんかがが眠っているかも。いえいえ、もしかして妖精が飛び出して……。

 考えると、もういけません。そわそわ、わくわく。想像力と好奇心が膨らんで、じっとしていられません。


「ちょっとだけ! ちょっとだけさがすの!」


 ヘンゼルは渾身の媚び顔で、すりすりと傘の骨を擦りました。何故だか大人は、この顔芸に弱いのです。今朝もムゥを落としたばかりです。

 果たして、傘はあっさり籠絡されました。


『……じゃあ、ちょっとだけよ~』

「うんうん! ありがとう!」


 ヘンゼルは、残りの樹を調べ始めました。

 眼鏡を見付けた五本目の樹から、左に移動しつつ穴を探します。

 六本目。なし。

 七本目。あるにはありましたが、高すぎて手が届きません。

 八本目はどうでしょう。残念、ハズレです。

 次、九本目。


「あ!」


 後ろ側へ回った幹に、さっきと同じような穴が空いていました。

 ちょうどヘンゼルの目の高さです。

 これなら届くぞ!


「あったよ! 中も見られそう!」

『あら~気を付けてね』

「うんだいじょーぶ!」


 爪先立ちになり、穴の縁に手を掛けて、ヘンゼルは身体を持ち上げました。

 期待に逸る眼を輝かせ、中を覗き込みます。

 穴の中では、老婆が縫い物をしていました。







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