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ヒュプノランタン  作者: 雪麻呂
トビラノムコウ
16/91

自給自足は楽じゃない


開けるなよ? 絶対開けるなよ?



1.






「今年は不作か……」


 指先で青い実を弄びながら、ムゥは唇を尖らせました。

 後ろで纏めた水色の髪が、解れて首に纏わり付いています。どのくらい熱中していたのでしょう。汗を掻きました。肩の重みに反して、背中の籠はまだ軽い。

 痛む腰を伸ばすと、天辺(てっぺん)から少しずれた太陽が、ぽかぽかと野原を見下ろしています。新緑の季節でした。たくさんの若草が生き生きと、鮮やかな香りを振り撒いて、そこへ思い出したように白く浮かぶのは、タンポポの綿毛。視界を遮る高い樹もなく、吹き抜ける風の、なんて爽やかなことでしょう。

 大変のどかで結構なのですが、目的はピクニックではありません。

 三人は、紛れもない労働のために、この野原へ足を運びました。

 快適なのは三十日くらいで、じき最も厄介な季節、雨期がやってきます。それに先駆けて、いろいろと準備をしておかねばならないのです。(まき)を作って乾燥させておいたり、畑を整えたり、水場を掃除したり、保存の利く食料や素材を確保したりと、すべきことは山積みでした。

 慣れたとはいえ、自給自足の生活は、やはり楽ではないのです。






 この森に迷い込んで何年になるのか、ムゥにはわかりません。

 数えることをやめて、それでも季節は巡りました。

 セヴァに出逢い、ヘンゼルを拾い、男所帯を切り盛りする現在、こうして生きるための神聖な労働に精を出す毎日です。この遠征も決して遊びではなく、少なくとも二つの目的がありました。

 一つは防カビ薬の素材、ゾックの実を入手すること。

 もう一つは“遺品”の回収です。

 何やら不謹慎なネーミングですが、セヴァと出逢った頃には既に定着していたので、仕方がありません。それに、あながち間違いでもないのです。トコヨワタリの人々が遺してゆく物品なのですからね。実際そうなのかもしれませんでした。

 トコヨワタリの翌日には、森に様々な物が落ちていました。

 衣類。食器。文房具。嗜好品。法則性はなく、いつも見事にバラバラです。でもこれは宝の宝庫。森では手に入らない、貴重な人工物なのです。生活用品の一切を手作りで賄わねばならない三人にとって、彼等の“遺品”は非常に重宝で有り難いものなのでした。

 ヘンゼルは楽器や玩具、セヴァは美術品を喜びます。

 ムゥが嬉しいのは本でした。

 如何に天才生成術士とはいえ、こればかりは自分で作っても無意味です。面白くもなんともありません。だから優良な術書や推理小説の類を引き当ててしまうと、家事そっちのけで読み耽って、時間を忘れてしまいます。まぁ、そんな大当たりは滅多にないのですけれど。









「ニンム! ニンム! ニンム~むんむん!」


 ヘンゼルは、自作の歌を歌いながら、草の中を走り回っていました。拾い物にも飽きて、今は蝶に夢中なようです。青い実を見付けたら集めてくれと頼んだのですが、あの調子では期待するだけ無駄でしょう。

 六つの子供ですから、こちらは是非もないとして。


「……お前は働くべきだと思うんだが?」


 ムゥは、足元(・・)のセヴァを冷ややかに睨み付けました。

 いっとう陽当たりの良い場所に敷物で陣取って、ちゃっかり手元に煙草盆。傍には何処から持ってきたのか、茶道具一式まで揃っています。優雅に扇をそよがせる有様からは、労働のろの字も見えません。

 気怠げに視線を上げて、セヴァは紅い唇を歪めました。


「いい句が詠めそうなンだよ。邪魔すンない」

「私が目の前で額に汗しているのに、よく詩の構想なんぞができるな……」


 呆れたものです。

 昼食を済ませて二時間、セヴァときたら敷物の上を転がっているだけで、まるで働こうとしないのです。いつものこととはいえ、嫌味の一つも浴びせたくなるのは当たり前でした。


「目的を忘れたなら、何度でも言うが?」

「お天道様がぽっかぽっか御機嫌じゃァねェか。最高の昼寝日和さね」

「ゾックを集めろ! すぐ雨期だ! また下着がカビても知らないぞ!」

「嫌だねェ。風情のわからない野郎ァ、これだから……」


 語尾は欠伸(あくび)になりました。扇で隠してもバレバレです。

 嘆かわしくも男子が三人もいて、実質稼働しているのはムゥだけなのでした。

 要は、ここまでテンプレです。

 なんだか急に労働意欲が失せて、ムゥも背負った籠を下ろしてしまいました。

 組んだ腕を枕にして、仰向けに寝転びます。

 風は汗ばんだ額に心地良く、チチチと小鳥が囀れば、吹き抜ける春の匂いに木の葉が揺れて、遠目にタンポポの綿毛が旅立ってゆきます。絵に描いたような、春の午後でした。セヴァでなくとも、誰もが昼寝でもしたくなる陽気です。

 うつらうつら手招く眠気に、しばしの休息のつもりで、ムゥは眼を閉じました。


「…………」


 ピーヒョロロロロ……。

 トンビの鳴く声が、やけに遠くから聞こえます。

 ハッと身体を起こして、ムゥは頭を振りました。いけない。本当に眠ってしまうところでした。セヴァに嫌味を言った手前、ここで寝たら三日はネタにされます。それに、まだ仕事は途中。自分が怠けたら、誰も続きをやってくれないぞ。

 ゾック集めを再開しようと、ムゥは地面に片手を突き、立ち上がろうと膝に力を込めました。

 そしてそのまま、前方に目が釘付けになりました。

 だって、ドアがあるのです。

 ――野原の真ん中に。







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