近代日本史(1)
窓の外は、まるで、5500年以上前のエジプトの灼熱の太陽も、ここまでは厳しくなかっただろうと、思われるほど、ジリジリと太陽が照りつけている。路面は高い熱を帯び、犬を散歩させるときは、必ず犬用の靴を履かせるのも、もうかなり定着した。そうしないと、犬の足の裏が、やけどして、ただれてしまうからだ。浮浪者がコンクリートで目玉焼きを作る光景も、よく見る光景だ。聞いたところによると、結構おいしく焼けるらしい。
うちの家の近くを、かつては流れていたといわれる旧江戸川の水は、すべて水蒸気になって蒸発してしまい、昨年完全に川の跡は埋め立てられてしまった。今では、東京都江戸川区と千葉県浦安市の境は河川ではなく、植えられた200本のヤシの木によって、このヤシの木々よりも東が千葉県、西が東京都となっている。お蔭で以前よりも、ディズニーランドには自転車でラクに行けるようになったなどとお母さんが言っていた。そんな簡単な話ではないだろう。
同じような灼熱のなか、エジプト人はナイル川を守り続け、日本人は旧江戸川を失った。
部屋の中から窓の外をのぞいてみると、さすがに、この暑さの中、人はほとんど歩いておらず、熱せられたコンクリートから立ち上る熱気に軽い恐怖さえ感じる猛暑ではあるけど、しかし、マンションの窓から入ってくる、ほんのわずかに吹く西風に、静かに近づいてきている秋の気配も感じることができる。今日は7月13日だが、もう夏至はとっくに過ぎている。もうまもなく夏休みだ。地球の気候も100年前とは、いや50年前とも、ずいぶん変わってしまったのだろう。などと考えながら、私は一人で自宅から窓の外を見つめている。
20年前から、日本の気候区分は温帯から亜熱帯となり、北海道は亜寒帯から温帯に属するように変更になった。また、かつては沖ノ鳥島という島が日本の南はしだったそうだが、30年前に完全に水没し、これによって日本の経済水域もかなり削減されてしまったそうだ。
マンションは45階建ての建物で、私の家は23階にある。ビルの最上階は地震の時に最も揺れるし、万一の時に非難も大変だから・・という理由で、お母さんが23階にしたらしい。かつて23階ほどもあれば、ずいぶん高い建物だったようだが、今の時代は、普通というか、この高さでは前に建っているビルしか見えず、とても景色が楽しめるような高さではない。
今年から、スカイツリーよりも、さらに100メートル高い、塔が、かつて、東京タワーと言われていた跡地に建設がはじまるそうだ。3年後の2063年に完成予定らしい。スカイツリーの高さでは、もう電波を送るのはつらいということだ。確かにそうだろう。スカイツリーの周りには、同じくらいの高さのビルがゴロゴロしている。とても、あの高さで、ツリーというのは無理な話だ。この前、テレビ日本のニュースで、その塔の名前の募集をしていると伝えていた。よく知らないけど、TV業界もこの数十年でずいぶん合併等々がすすんだらしい。テレビ日本も、テレビ局3社ほどが合併したと聞いた記憶がある。私も電波塔の名前を応募(と言っても、横にいる3Dから映し出されたアナウンサーに言うだけだが・・)してみようかと思っている。
授業のチャイムが鳴った。
と言っても、ここは学校ではない。自宅の高層マンションだ。かつては、ほとんどの学生は学校に全員強制的に通っていたそうだが、最近では、と言っても10年以上も前からだが、自宅授業が主流だ。私も当然自宅学習を選択している。体育は1か月に一度、その時だけ仕方なく学校に通っている。友達と直接会うのもその時くらいだ。
関係ないけど、この授業のチャイムの音だけは150年前と変わらないそうだ。次は日本史の時間だ。いつになく気合が張っている顔をした先生が、スクリーンの画面に映った。こちらの私語も無効に聞こえるので、授業中は静かに聞かなくてはならない。そうしないと内申に響く。
はい、それでは授業を始ます。iPadの55ページを開いてください。持ってない人はスクリーンの教科書ボタンを押してください。3Dではなくて申し訳ないですが勘弁してください。
では、授業を始めますが、その前に少しだけ話しておきたいことがあります。と、日本史の先生は、そこまで言って、少しだけ間を空けた。今から話す内容は、それを教える先生にといっても、辛いことなのかもしれない。そして部屋全体に一瞬ではあるけど、ものすごく深い沈黙が流れた。この深さが、これから学習する内容の深刻性を暗示しているように感じた。
日本人は過去において今までに、2度の大きな過ちを起こしました。今日勉強するところは2度目の過ちの時代です。この時代のことだけは、みなさん、しっかり聞いてください。そして今後、自分がどう生きていくべきなのかをよく考えてほしいと思います。
今年は2060年ですから、今日、学習する内容は、今からおよそ30年ほど前からの近代史です。
まずは前回の授業の復習をします。
日本では、昭和から平成へと移り変わる時代の頃、西暦では1989年頃をピークに、バブル経済というものが起きます。これは、しょせんバブル、泡ですね。実態などないにもかかわらず妙に好景気になります。しかし、当然のことながら1992年頃にはバブルもついにはじけます。その後、経済的にはずーっと不景気が続きました。そういうわけで税収はあがりません。でも、高齢者の割合はどんどん高くなっていきました。その頃のほとんどの政治家は保身のために税金を上げられず、国は借金で、なんとか乗り切るようになります。2010年に入り、日本では少子高齢化一層がすすみました。経済的にも国内の借金はどんどん増えていくばかりにもかかわらず、国は、なにも対策を打てず、だらだらと国の借金ばかりが増え続けます。そして追い打ちをかけるように、2011年3月11日に東日本大震災という大地震が日本を襲いました。これは本当にとんでもない被害だったようです。
尚、この震災で被害に遭った福島第2原発を完全な廃炉にできたのは、2040年7月ですから、約30年かかって、やっときれいにできたわけです。もう少し早くに、なんとかならなかったのかなあと、個人的には思います。
珍しく、日本史の先生がいいことを言った。本当にそうだと思う。当時の技術力とはいえ、この処理に時間がかかりすぎだ。要はやる気の問題だったろう。
さて、今日の授業内容に入ります。
話は前後しますが、2000年前後の頃に生まれた子供たちが、いわゆる『ゆとり世代』といわれる人たちです。学校での学習量が極めて少ない世代です。どうしてそんなことにしたのか、今となってはさっぱり理解できませんが、校内暴力の問題等も若干あったようです。では、歴史的にみると、これらの世代の人々は、他の勉強をさせられていた世代と比べてどうだったかというと、当然のことながら、この政策は明らかに失敗に終わりました。数人の天才は生まれましたが、多くのこの世代の人々は、他の世代よりも努力をしなくてすんだわけです。嫌だったら勉強しなくて済んだんです。努力しなくても大学まで行けました。子供の数は少ないですから、基本大人は子供を甘やかします。そうやって甘やかされて、努力もほとんどしないまま、社会人になるわけです。
でも社会では、それは当然通用しません。努力をしなくてもなんとかなるように育った多くの人たちは、大人になってから、かなり苦労をしたようです。
どうでもよい話ですが、ちょうど今、退職間近の人たちがそうだ。うちの校長も、来年70歳ですから、その世代ですね。大人になってからの苦労は半端じゃなかったと、この前も話をしていました。失礼、話が若干横道にそれてしまいました。機会があったら、この件も特別授業かなにかでお話したいと思います。
本題に進みます。
で、そのあとに生まれた世代が、いわゆる、『さとり世代』と言われる世代です。なんでそういわれるかというと、高齢者が多くなり、さらに莫大な国の借金の後始末を任され、とてもではないが、自分の幸せなど考える暇もないといった気の毒な世代です。ちょうど君たちのおじいさん、おばあさん世代がそうですね。だから、この時期の出生率はかなり低くなっています。この世代はですから人数的にはかなり他の世代と比べ、極めて少ないのが特徴です。
そして、2021年に、あるとんでもない大事件がおきます。
事件という人もいるし、現象という人もいます。まあ、そんなことはどうでもよいでしょう。皆さんは事実だけを正確に把握してくれればよいと思います。
この事件をきっかけに日本は大きく変わっていきました。
その事件について勉強する前に、もう少し、2020年頃の日本の様子について整理してみてみましょう。
2020年といえば、そうですね、みなさん、ご存じの通り、2度目の東京オリンピックが開催されました。
それに向けて、どんどん公共投資は進みます。しかし、そのほとんどが借金でです。
このオリンピックを成功か失敗かと言えば、今でも議論の分かれるところですが、財政面だけを見るならば、明らかに大失敗だったと言えるでしょう。この公共投資だけで相当のお金を使い、というか借金を重ね、不必要な建物ばかりが残り、記念ということで、その建物を維持しようとし、さらに借金をし、という負のスパイラルに陥ってしまいます。
この頃の日本は、年金を受け取ることができる年齢は70歳以上になりましたが、それでなくても社会保障費は年々増大していきます。そして東京オリンピックの大赤字です。
しかしながら、相変わらず、なにも手を打てない政治家たちや、経済的に行き詰まっている日本の現状を見て、他の諸国は、いよいよ日本も破たんするかというか、破たんはもう見えていて、いつ破たんするのかという感じになっていました。イギリスでは、日本がいつ破たんするのかが、賭けの対象にまでなったという話です。
そんなときに、この大事件は起きました。
2021年3月3日のことです。ある老人・・、私は今、老人と言いましたが、今でも、これは誰がやったのか、わからないそうです。ですから、ひょっとしたら老人ではなく、若者なのかもしれませんし、本当は犯人?がわかっているのに、政府が隠しているだけかもしれませんし、本当のところは、よくわかりません。どうやってアドレスを知ったのかも不明です。
今では、すでに、化石化しているようなSNSですが、当時としては、その最新技術を駆使して、ネットや facebook ,LINEなどなど、まさに当時の全ての情報伝達手段を使い、一斉に、ほとんどの日本国民の個人アドレスに直接、次のメッセージを流しました。
みなさんも、もう間もなく16歳です。大人として、しっかり現実を直視してもらうために、あえて全文を、原文のまま紹介します。
『70歳以上の年寄りたちよ。あなたは今、働いて自分でお金を稼ぎ、世の中のために働いていますか?働いて、自分でしっかり、自分の分の生活費を稼いでいるのならば、よいでしょう。頑張って、一日でも長生きしてください。しかし、もし働いていないで、わずかな年金で生活しているならば、このわずかな年金でも、今の若者たちが必死になって出してくれているお金です。我々は、病院代もかなり安くしてもらっていますが、このお金にしたって、その若者たちが自分の給与の40%を超える税金を支払ってくれているおかげで、なんとかなっているのです。我々には時間がありません。ボケてしまって自分で判断ができなくなる前に、我々には、やるべき最後のことがあります。そうです。死ぬことです。自らの命を絶つことです。若者たちは我々が残してきた膨大な借金を背負わされています。
これ以上生きて、若者たちの負担になるのはやめましょう。
このメッセージを読んで、賛同をいただけるのであれば、一刻も早く、私と一緒に向こうの世界へ旅に出ましょう。慈悲にあふれ、勇気あるみなさんに心から敬意を表します。
最後に国の方にお願いです。もし老人が自ら死を選んだ場合、その処理にわずかの援助をしてください。よろしくお願いいます。』
これが全文です。
このメッセージを、もしみなさんが受け取ったら、どうでしょう。今だったら普通ならば怒りますよね。ふざけるな!って話です。でも当時は違った。へんな話ですが、ほとんどの高齢者の方々は、常々、このことを、他人に言われずとも自ら感じて生きていて、誰かに背中を押してもらうことを今か今かと待っていたかのようでした。今では信じられないことが、この事件以降、起きてきます。
このメッセージが送られてから、3月3日から6日までの、なんと3日間で約370万人の高齢者の方が自ら命を絶ちました。主に70歳代、80歳代が多かったそうですが、50歳代、60歳代の方もずいぶん亡くなられたそうです。中には40歳代の方もいたようでした。
これが、いわゆる、後々語り継がれる、『集団自己決定死事件』といいます。
このことは海外でも大きく報道され、世界にも波及をし、なんと世界中合わせると、500万人の高齢者の方が、わずか4日の間に、亡くなったそうです。
すると、今度は国が動きます。財政が、にっちもさっちもいかなくなっている状況です。きれいごとを言っている暇もないほど状況は深刻でした。そんな中での、この出来事です。政治家たちも、つい飛び乗ってしまったのでしょう。国は、『高齢者の方のお気持ち。本当にありがとうございます。了解しました。皆様の最期は国でしっかり面倒をみさせていだきます。』などと、バカなことを言ってしまいます。
高齢者が自らの意志で亡くなった場合、まずは亡くなる際に、首をつって亡くなる方が多かったようですが、この薬は全然苦しまずに、向こうの世界に旅立てると安楽死薬というものを、国が20000円で売り出します。当時は、全ての薬局で気軽に買えたそうです。いかに当時の国が財政難だったかがうかがえる話です。
さらに、簡易な通夜、葬儀の費用は国が出してくれるようになります。お墓をもっていない人には無料で共同墓地に埋葬してくれるようになり、ほかにも一人暮らしの高齢者の場合、その住んでいた家や荷物などを、しっかり処分までしてくれるようになりました。さらに、功労金として、その亡くなった方に、まあ死ぬわけですから、実際、受け取るのは、その方の家族ですが、100万円を支払うようになります。
そうなると、親子であっても、本音が噴出してきます。それでなくとも給与の40%は最低でも税金で持って行かれる時代です。楽な家庭など、ほとんどありません。
70歳を過ぎて、元気だけど、なにもせずにいた高齢者は、どんどん居心地が悪くなってきます。病気がちだと、もうそれはひどいものです。とてもじゃないが、外出すら、しにくい状況になってきます。
中には、自分の親に、「借金でお金がないから、悪いけど死んでくれない?」などと頼みだす恩知らずな子供まで多数でる始末でした。今までさんざん世話になって育ててもらった親にいう言葉か!って感じです。正に狂気の沙汰です。
そんなこんなで、この事件を境に、日本の人口とその比率は大きく変わってきます。
一生懸命、家族のため、国のために70歳まで働いてくださった方々の最期としてはあまりにも悲しすぎます。
正に戦後の日本に生まれ、見事に日本の復興に貢献され、20世紀、21世紀にわたって日本を、さらに世界を支えてくださった方々。たいへんな功労者である、その方々は、わずかな年金を受け取り、慎ましく生きていくことすら許されず、働けなくなったら、自ら死を選ばざるを得ない最悪の事態となります。痛ましい話です。
そのせいと言ってよいのか、そのおかげと言ってよいのかわかりませんが、とにかくその結果、65歳以上の高齢者は、2020年1月は約2000万人いたにもかかわらず、同年の12月には65歳以上の方は、わずか300万人しか残っていなかったそうです。300万人のうちの100万人は認知症を患っていた方で、残りの200万人はいわゆる大金持ちだったそうです。笑っちゃいけませんが、皮肉なことに、その200万人のうちの一割を超える、25万人は、なんと政治家のみなさんだったということです。お前たちが真っ先に死ぬべきだろう、と個人的には思います。・・失礼、言葉が過ぎました。
国民全体の割合でいうと、2020年1月時点では、23%でしたが、同年12月は7%となり、先進国の中では、最も若者の率が高い国になりました。
しかし、これでもまだ、財政面は楽になりません。本当に21世紀初頭の政治家たちの無責任さには本当にあきれるばかりです。
多くの高齢者の方々が、これ以上若い世代に迷惑をかけられないと言って、自らの命を絶ちました。しかし、折角のそのご厚意も、それ以前の自らの保身だけを考えていた無能な政治家たちの大罪により、残念ながらある面、無駄となってしまいます。
このときは、すでに国の借金が累積で2000兆円を超えて、もうすぐ3000兆円に届くかというところでしたから、もう、このときは完全に手遅れな状況となり、結局、2023年12月2日、日本は世界で8番目の財政破たん国となってしまうわけです。
その後、日本はみなさんご存じの通り、太平洋戦争後と同様、今度はGHQではなく、世界破たん国財政復活機構(WRS)の管理下に入ってしまいます。国財政復活機構のピーター専務理事が最高責任者として翌年の1月24日に来日をし、その管理のもと、さまざまな憲法の改正や法律の変更、財政再建が行われ、太平洋戦争後よりも長い、11年もの間、WRSの管理下は続き、ようやく財政が立ち直ってきます。代表的なのが、相続税100%、消費税40%ですね。そして2034年3月、再々度、独立国として世界の一員となるわけです。
その後、多くの日本人は、どのように感じたのかというと、日本は2度、つまり太平洋戦争と、この財政破たん、2度とも、結果的に一部の政治家によって、このような最悪の結果となってしまいました。
しかし、では、この政治方たちだけのせいにしておいたならば、また同じようなことが起こってします。結局、政治家をしっかり管理していなかった国民がいけなかった・・そう、国民の多くは考えるようになります。ま、確かに2013年あたりの参議院選挙では投票率が50%そこそこであり、2059年昨年の7月に行われた参議院選挙の投票率は、低くてまずい!とさんざん言われましたが、それでも97%ですから、当時に比べればだいぶ進歩してきたと言えるでしょう。
そして現在ですが、日本の人口は4500万人です。
人口ピラミッドも世界で一番理想的な形をしています。
最後に、これは私見ですが、日本人はすばらしい民族だと私は思います。すばらしい技術を生み出し、経済でも世界有数の国家です。しかし、日本人は、政治というものについては、今まであまりにも他人任せでした。さきほど、当時の政治家を批判しました。もちろん彼らも悪いですが、もっとも悪いのは、彼らを好きにさせた国民だと思います。
日本は太平洋戦争、そして、この財政破たんと2度の大失態をし、その後、すばらしい回復をしました。事実、過去を見ても、明治維新の時もそうですが、太平洋戦争後の復興、そして今回2050年代の奇跡の経済発展を見ても、日本は、これだけすごい力があるのに、どうも政治だけは苦手です。
しかし、戦争では未来ある若者たちの貴重な命を、また21世紀には、長年日本経済を根底から、しっかり支えてくださっていた方々の安らかな老後すら奪ってしまったのは、我々が政治にあまりにも他人任せでやってきてしまったせいでもあります。
2度と、このようなことを起こす事のないよう、我々はしっかり政治をそして政治家を厳しい目で監視していかなければならないと思いますし、それこそが、先祖の方々にできる唯一の供養だと思います。
日本史の先生はそう熱く語った。私は今まで、この先生は嫌いだったが、今後見る目が変わったかもしれない。
22世紀まで私たちは生きるだろう。
近い将来、化石燃料は完全に使い切ってしまうらしい。
これから地球はどうなのだろう。
我々世代が背負った課題はあまりにも大きい。
でも、22世紀の私たちの子孫に対し、胸を張ってバトンを渡せる社会をつくることが大事なんだとつよく思う。
私もまもなく16歳。選挙権をもらえる年齢だ。
「私は一生、全ての選挙に興味を持ち、しっかり調べて意見を聞いたうえで選挙に行くことを誓います。絶対によりよい日本、世界にしてみせます。」
自らの意志で自分の命を絶った全ての高齢者の方々に、自宅のマンションから見える集団墓地に向かって黙とうを捧げた。