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vector F→L ~F先輩のベクトル~(後)

補習の休憩時間、飲み物を買いに行く。

自販機で紅茶を買って後ろを振り返ると、

「あー、純情ちゃんじゃん」

「じゅん・・・え?」

「や、何でもない。江梨は?」

「エリなら3-Dにすっ飛んでいきましたけど」

「ああうん、大体分かった」

D組は新堂のクラス。相変わらず呆れるくらい耳が早い。

「あ、あの・・・何でわたしのこと知ってるんですか?」

「え?」

あー、そういやあの時は眼鏡掛けてたんだっけ。

「何を隠そう、あたしは藤澤祐梨(ゆうり)なのだ!!」

「いや知ってますけど・・・」

まあそりゃそうだ。あたし有名人だもん。

「そしてあたしは江梨の従姉妹なのだ!!」

「いや知ってええええ!?」

「おー、いい反応だね」

純情ちゃんは目をぱちぱちとさせる。

「あ・・・よく見たら、あの時の眼鏡の先輩・・・!」

「ん?あー、ばれちゃったか」

まあ自分でバラしたようなもんだけど。

「――どうよ、その後。そろそろお笑いくんに応える気になったんじゃない?」

「な、何がですか」

「とぼけても無駄」

もういつ行動してもおかしくないくらいベクトルが伸びてきてる。これは近いうちにくっつくと見たね。

「あんまりそういう雰囲気じゃないんですよ」

純情ちゃんは言葉を濁す。踏ん切りがついちゃえば楽なんだろうけど。

「まあまあ、そんなに考え込まなくてもいい・・・」

それ以上言葉を続けることが出来なかった。

「・・・藤澤先輩?」

「・・・なに、これ」

お笑いくんへのベクトルが、何かに押されているみたいに縮んでいってる。こんなに急激に変わるなんて、誰かが力を加えでもしない限り・・・

「まさか」

あたしはばっと周囲を見回す。

背後のベンチの端で文庫に目を落としていた“奴”が、ゆっくりとこちらを見た。

「・・・純情ちゃん、江梨を探して、早く家に帰りなさい」

「え?でも・・・」

「早く!!」

「は、はい!」

駆けていく足音を背後に、あたしはベンチの前に立ち塞がった。

「・・・何をしたの」

「何って?」

「アンタの仕業でしょ、さっきの」

新堂は文庫本を閉じる。

「それが何か?」

「何かって・・・」

「君は随分と、ベクトルを動かすことについて過敏になっているようだね?」

「アンタはそれが何を意味するか分かってない!!」

想いを捻じ曲げるなんて、そんなの不幸しか招かないのに。

ママに冷たい目線を送るパパの姿は、今もあたしの網膜に焼きついている。

「君だって同じ事をしているじゃないか」

「はあ?」

新堂はあたしに指を突きつけた。

「君は伊波明日香のベクトルを、河本大地の方へ誘導している」

「・・・それは」

「その方がいい結果を招くから?収まりがいいから?何にせよ、君のやっていることは僕と何も変わらない」

「それでも、本人の意思と全く関係無しに動かすのは間違ってる!」

新堂はひとつ溜息をついた。

「――じゃあ、ひとつ教えてあげようか」

「・・・なに?」

「伊波明日香、旭万里、天野智花、河本大地・・・かつてこの4人のベクトルは複雑に交わっていた」

覚えのある名前に身体が固まる。

「・・・それが、どうしたの」

「あのベクトルを今の状態に落ち着けたのは、僕だ」

「――ッ!?」

そんな・・・そんなわけない。だってあれはあの子達が、自分で選んだ未来で。

「ループしているベクトルを逆回転させたらどうなるか気になってね。いや、あれは面白かった」

「面白いって・・・!」

「実際、それによって本当に落ち着く方へベクトルを伸ばせたんだろう?結果オーライだよ」

結果オーライだ?そんな、簡単な言葉で片付けるな。

「取り返しの付かないことになってたら、どうするつもりだったの!?」

「それはそれで興味深い実験結果だと言わざるを得ないね。僕には関係のないことだ」

悟った。・・・これ以上なにを言っても無駄だ。

「そっか。あんたには、“悪意”しかないんだよね・・・」

他人がどうなろうと関係ない。誰かを傷つけることでしか新堂は満たされないのだ。

「・・・可哀想な奴」

「なにか言ったかな?」

「・・・別に」

――ふと、思ったことがあった。

「補習戻んなきゃ。じゃあね、さっさと消えなさい」

「やけにあっさり引き下がるな。まあいいよ、また明日」

新堂はひらひらと手を振るとベンチをあとにした。

「・・・あいつは悪意の塊、なんだ」

――それをなんとかしてやれるとすれば、それはあたしだけ。

「あたしがベクトルを変えれば・・・」

何を言ってるんだろう、あたしは。

もう二度とベクトルを操作したりしない。そう決めたはずなのに・・・。


ある方向を向くベクトルに刺激を与えて少しずつ動かすこと。それは本来江梨やあたしがやっているような周りからのそそのかしによるものだけれど、新堂はそれを意のままにやっている。言葉をかけずにそれまでとは違うものへの意識を強め、そちらへ好意あるいは悪意を向けるように誘導するのだ。

あたしがパパにやったように急に動かすのは危険だけど、こういう風にじわじわと動かした場合は本人の意思もある程度反映されてくる。一度意識が向けばそれに対して何かの感情が生まれるから。

純情ちゃんはもうとっくに行動してもいいところを、新堂によって寸止めを繰り返され動けなくなっていたんだろう。おそらくは元々の消極さも手伝っている。

「なんとかしなくちゃ・・・」

このままじゃ純情ちゃんが動けない。


「――珍しいね。君の方から呼ぶなんて」

「別に。用があったら呼ぶわよ」

翌日、あたしはこの前新堂から告白された場所に奴を呼び出した。

「で、用って?まあ、なんとなく分かりそうな気もするけれど」

どこまでもムカつく奴だ。キレそうになる自分を抑え、あくまでも冷静に振舞う。

「・・・これ以上ベクトルを動かすのはやめて」

低い声で呟くと、新堂はひとつ溜息を吐いた。

「僕がやめたところで、何か変わるのかい?」

「少なくとも純情ちゃん・・・伊波明日香の行動は変わる」

「どうかな」

新堂はこちらへ一歩歩み寄る。じゃり、という砂の音が案外大きく響いて、あたしの喉がごくりと鳴った。

「君は、僕が操作しているのは伊波明日香のベクトルだけだと思っているのかな」

「・・・違うっていうの?」

「違うさ」

「・・・一体・・・どれだけの」

焦るな。タイミングを見極めろ。

「ああ、最初に言っておこう。春先に4人のベクトルを動かしたと言ったけど――あれは嘘だ」

「はぁ!?どうしてそんな・・・」

「言ったじゃないか、僕は君からベクトルが伸びる瞬間を見たいんだよ。例えそれが、悪意でも」

「あんた・・・本当に、救いようのないほど歪んでる・・・」

「だから、そのためならいくらでも他のベクトルを動かす。でも、構わないよね?君は何かに特別の感情を向けたりしないんだろう?」

これは賭けだ。新堂にベクトルを伸ばした時点で、あたしの負け。

それでも。

「そうだ、旭万里のベクトルを動かしてみようか。天野智花から祇堂瑞希の方へ」

やめろ、そう言いかけて口をつぐんだ。

「・・・あれ、反論なしかい?じゃあ本当にやってしまおうか」

あたしの目的はそこじゃない。ただ、いかにして――


――新堂のベクトルを折るかってこと。


「・・・なにを」

天野ちゃんと堅物くんへのベクトルに手をかけたところで、新堂が呟いた。

「へえ、やっと気付いたんだ」

新堂の言葉には耳を貸さず、ただ会話をしながら少しずつ・・・悪意を折っていく。

残っているのはもう・・・あたしへの悪意(ベクトル)だけ。

「これを折ったら最後、あんたは文字通り心が折れる」

そのまま何も言わせずに、問答無用でそれを折った。


「あ・・・」


新堂が膝から崩れ落ちる。どこか虚ろな濁った目がぼうっとあたしを見上げている。

こんなの見たくなかった。でも仕方ない。

あたしは、あんたにこれ以上悪意を持ちたくないんだ。

「安心して。このままにはしない」

「え・・・?」

あたしは新堂の胸から一本だけ、長いベクトルを伸ばした。

←↓→

「――やあ、奇遇だね」

「・・・・・・」

偶然だなんて本気で思うわけない。あたしは知らん振りを決め込む。

「おーい、君?」

「・・・・・・」

「ユーリ?」

「名前で呼ばれるほど親しくなった覚えはない」

ああ・・・答えちゃった。

――あの日、あたしは新堂から一本のベクトルを伸ばした。

まさか本当に出来るとは思ってなかったけど、元々あたしに対して悪意は持っていたわけだからそんなに難しい事じゃない。一から始めたんなら多分無理だった。

「つれないなあ。こんなに想いをぶつけているというのに」

「・・・ただのストーカーじゃん、あんたのは」

あたしが伸ばしたのは“好意”のベクトル。もちろんあたしに対してのだ。

どんなに心を折ったところで、新堂がまた悪意を持たないとは限らない。元々あれだけ多方向に悪意を向けていた奴だ、多分そういう体質だったんだろう。

だけどあたしに好意を持っていれば、例え悪意が生まれても誰かのベクトルを操作することはない。そんなことをすればあたしに嫌われる、っていう自制心が働くからだ。多分そんなことは新堂にも分かっているけど、でも自分のベクトルを操作できない以上お手上げだ。

「もうそこに座ってていいから、黙って。集中できない」

ここは図書室だ。さっきから天野ちゃんがちらちらとこっちを見てるし。あー、あれは彼氏だと思ってる顔だな。

違うんだよ天野ちゃん、そう訂正してもいいんだけど、あたしはなぜかそれをしなかった。

「どうやらベクトルは素直だね」

「・・・うるさい」

何でよ、もう。

いつしかあたしの胸からは――新堂に向かって、小さな好意のベクトルが伸びていた。

新堂の言うことだから本当かは分からないけど、なんとなく自覚はある。

「人はベクトルを向けられたらそれがどんな種類であれ、返さずにはいられない。そういう生き物だ」

新堂はそう言うと、今度こそ黙って勉強を始めた。突然あたしと同じ大学行くとか言い出したのは最近のこと。

「・・・そうかもね」

悪意を向けられていると分かった瞬間に苦手意識を持ってしまう。好意を向けられていると分かった瞬間に恋してしまう。意識を向けずにいることなんか出来ないんだ。

歪んでて、変態で・・・それでもあたしは、新堂に好意を向けずにはいられない。自分に対して好意を持っているっていうそれだけでこんなにも魅力的に映るものなんだ。人間なんてそんなもので、本能には逆らえない生き物だ。そういう風に出来ている。

「あたしが伸ばしたベクトルなんだけどね・・・」

「ん?なにか言ったかな」

今まであたしに対して本気でぶつかってきた奴がいなかったから、だから新堂の存在でどうしても・・・満たされてしまう。例えそれが、新堂の意思によらなくても。

「まあ、いいか」

この胸から伸びるものが悪意でないなら、それでいい。受け入れるしかない。

自分のベクトルだけは、どんなに足掻いても動かせないから。



Fさんという先輩がいました。Fさんは少し歪んだLくんにベクトルを伸ばしました。

――それは、“恋”のベクトルでした。



END


設定とか色々破綻してるのでやり直したい・・・。


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