表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

幕間:vector A→D ~Aさんの決断~

色々考えたけれど、結局自分のやりたいことをやろうって決めた。

「・・・というわけで、今月いっぱいで退部させていただきます。勝手にすみません、本当に・・・」

わたしは顧問の先生に頭を下げた。部長にはもう話してあったけれど。

「別に気にすることはないさ、今までよくやってくれた。・・・しかしそうか、入れ違いになったんだな」

「入れ違い?」

先生は机の上にあった2枚の紙切れをひらひらと振ってみせる。

「ついさっき入部届けを出しに来たんだ。二人ともマネージャー志望だな」

「この時期にですか?」

「お前だって今からバレー部行くだろう、別に珍しくもない。学校にも慣れて余裕が出てきたから、っていう奴は毎年いる。まあ人手が多いに越したことはないし」

先生が椅子から立ち上がる。

「あと2週間は居るんだし、その間に引き継ぎを済ませておけよ。新人指導も兼ねてな」

「はい、分かりました」

職員室を出てからふと気付いた。

「あ、そういえば名前訊いてなかった・・・」

あの口調からすると多分一年生なんだろうけど、一体誰なんだろう?


さて、これを真っ先に伝えなくちゃいけない人が居た。

『何よ、改まって話って?』

電話の向こうのエリが怪訝そうな口調で尋ねる。

いっぱい、迷惑かけちゃったな・・・本当に。

「わたしたち、中学で一生懸命頑張ってここへ来たよね」

『バレーのこと?まあ、そうね』

「なのに、わたしは一人で勝手にサッカー部へ入部しちゃって・・・本当に、悪かったって思ってる」

『もういいわよそんなの。済んだ話でしょ』

散々言い合って喧嘩して、でもエリはそんなわたしを許してくれた。

「今更だって思うかもしれないけど、でもやっぱりわたしはバレーが好き。またエリと一緒にやらせて欲しいの。だから、わたしサッカー部をやめて来月からバレー部に」

『そんなことより』

「入ろうと思っ・・・って、え?」

・・・今さらっと流しませんでした、この人?

「そんなあっさり・・・」

今のはお互いの友情を確かめ合う熱いシーンじゃないの?そういうフラグじゃなかったの?

『はあ?言っとくけど、あたしアンタほどバレー馬鹿じゃないから。そんなことはどうでもいいの、今はダイチの話が先決』

「え?」

何で今ダイチが出てくるのよ。

『本ッ当にこのままでいいの、明日香?』

「このままって・・・」

『さっさとデレないと、アイツずっと気付かないまんまよ?』

その言葉でなんとなく、エリの言わんとすることを悟った。

『どんだけダイチがアンタを大事にしてるか、ちゃんと分かってるんでしょ?明日香が自分で気持ちを言わない限り、アイツは絶対に手を出さない』

ダイチの優しさに甘えて、縋ってばかりで。このままじゃいけないんだってことは分かってるけど。

『・・・もう、とっくに答えは出てるはずよ』

「それは・・・」

なおも言い澱んでいると、エリが唐突に爆弾を投げた。

『放課後はあんなにラブラブなのにねぇ~?』

「な・・・ッ!?」

うそ、見られた?っていうかこの女が見過ごすわけないか・・・いつ気付いたんだろう。

『とにかく、』

エリは真面目な口調で言った。

『もう付き合ってるも同然なのよ、アンタたちは。あとは気持ちの上でけじめをつけるだけ』

「けじめ・・・」

ひどく曖昧なこの関係に、今度こそ終止符を打たなきゃいけない。

でも、今まで踏み切れなかった理由は・・・・。


「バレー部、行くことにしたんだな」

特に約束していたわけでもないのに放課後ずるずると居残って、教室に二人だけになったのを確認してダイチが笑いかけてくる。

「うん。ありがとう、ダイチのおかげ」

最初は突っかかるばかりだったけれど、少しずつ素直になれるようになってきた。

ダイチが自分の机の上に座る。

「選んだのは明日香だろ?おれは人生の先輩としてアドバイスしただけ~」

「誕生日2ヶ月しか変わらないでしょうが」

わたしはその足の間に腰を下ろす。いつのまにかここが定位置になってしまった。

「よく頑張ったな、明日香」

ダイチがわたしの両肩をぽん、と叩く。

「何が?」

「マネージャーの仕事だよ。半年間、ちゃんとやり遂げた」

・・・本当は最後まで続けるべきだった。でも、わたしはバレーを捨てられないから。

「バレー、頑張れよ」

「・・・うん」

こういうダイチの優しさが、少しずつわたしを溶かしていく。本当のわたしを見つけ出してくれる。

わたしは、それが恐かった。

どんどん本当のわたしが露になっていって、それでもダイチは・・・わたしのことを、好きでいてくれる?

わたしは両肩に乗ったダイチの両手に自分の手を重ねた。

「明日香?」

そのまま手を掴んで前へ引っ張る。あっさりと、ダイチはわたしに覆いかぶさるような格好になった。

「あ、明日香?どうしたんだよいきなり・・・」

後頭部にダイチの鼓動を感じる。少し速い・・・わたしと同じリズムを刻む、鼓動の音。

・・・ごめんね。いっぱい我慢、させたよね。

「―ねえ、ダイチ」

「な、なんだ?」

「ちょっと相談したいことがあるんだけど・・・いいかな?」

ここ数日で何度も口にしたその言葉。ダイチはいつだって、真剣に話を聞いてくれた。

「・・・わたし、ダイチといると血圧が上がるみたい」

「え?」

「すごくね、心臓の音が速くなるんだ・・・。どうしてかな?」

わたしの鼓動が早まるのと同じように、ダイチの鼓動も速くなっていく。

「それは・・・それはさ、」

いつも真剣に話を聞いて、そうしてダイチはそれに答えてくれる。

「―おれのことが好きだから、じゃないの?」

ダイチのくれる答えは、大体いつも的を射ていた。

「そうだね・・・きっと、そう」

だからその言葉もきっと、正しい。

ダイチがわたしを好きでいる保証はないけど、嫌いになる保証もない。そういう風に、思うことにした。

今感じているこの鼓動は、確かに本物だ。それでいい。

お互いに少し黙って、鼓動の音を聞いていた。それは早まったままで、しばらく元には戻りそうもなくて。

―不意に、茶色いセーターを着たダイチの腕が目の前で交差した。

「なあ、明日香・・・」

左の視界にダイチの横顔を捉えて、ようやく抱き締められているんだと気付く。


「―キスしていい?」


わたしは黙ってその頬をぺちん、と叩いた。

「いてっ」

「調子に乗んな」

「えー、てっきりそういう雰囲気かと・・・」

ふっと腕が解かれる。

わたしは軽く身を捩ると、その首に手を掛けて―左頬をさするダイチに、唇を重ねた。


―何秒していたかなんて、数えていられなかった。

唇を離すと、そこには目を丸くしているダイチの顔。

「―ファーストキスはわたしからって決めてるんだから・・・だから勝手にされちゃ、困るの」

ダイチは今更のように赤くなった。

「・・・あ、あのさ明日香」

「何?」

「もう一回痛だだだだだだ!?」

わたしは最後まで聞かずに耳たぶを目いっぱい引っ張った。

「・・・何か言ったかしら?」

「ごめんなさい何でもないですッ!!」

わたしは耳を放す。全くもう・・・そんなにほいほい出来るわけ、ないじゃない。

・・・こっちは恥ずかしくて死にそうなのよ。

「痛ってー・・・・まじで千切れるかと思った」

ダイチが少し涙目になりながら左耳をさする。

「大げさねぇ、もう」

「だって本当に痛かったんだぞー?絶対赤くなってるだろ」

あんまり痛がられるのでちょっと心配になってくる。

「・・・ちょっと見せて」

机の上に膝立ちになって覗き込む。

うわ、本当に真っ赤・・・。わたしの指の跡くっきり残ってるし。

「どうだー?」

「痛そうね、本当・・・ごめん、ちょっとやりすぎた」

ダイチ相手だと手加減忘れちゃうのよね・・・。照れ隠しじゃ済まない。

反省の意味を込めて、わたしはダイチの耳たぶに唇を寄せた。

「えっあ、明日香ァッ!?な、何やって」

ダイチの声が裏返る。

「ちょっと、じっとしてて」

耳たぶを唇で優しく食んで、赤くなったところを舌で舐める。・・・ちょっとはマシになるといいけど。


「あ、明日香・・・」

呼ばれて舐める舌を止めると、ダイチがとんでもないことを口走った。

「これ、なんかすごくエロくない・・・?」


教室内に鈍い音が響いた。もちろん、ダイチの顎とわたしの拳が立てた音。

「いつの間にアッパーを習得したんだ、明日香・・・?」

仰向けに倒れたダイチが呻くけど、知ったこっちゃない。強いて言うならダイチの所為だと思う。

「信じらんない!なんでそういう発想に飛ぶのよ!?」

「しょうがないだろ、おれは健全な男子高校生なの!」

「こっちは心配してるのにどういう神経してんのよ、このスケベ!エロダイチ!!」

「ま、男はみーんな狼さんですからねー」

「開き直るな!」

ダイチは勢いよく上半身を起こすと机の上で胡坐をかき、にっと笑ってみせる。

「―でもおれは明日香限定の狼だから、許して?」

能天気な顔で小首を傾げて。・・・それで許すとでも思ってんのかコイツは。

・・・まあ、本当に許しちゃう自分が悔しいけど。

そういうバカなところが好きって、素直に言えるようになるのはいつの日か。

そんな日は当分来そうにないと、わたしは密かに溜息をついた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ