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vector E→A ~Eさんの知らない秘密~

「ベクトル」の続編です。前作を読まれることを強くおすすめします。

―想いの向かう方向が、目に見えたらいいのに。


(vector E→A ~Eさんの知らない秘密~)


今年の五月。

―“おれが、お前のことを好きだからだよ”“絶対おれが幸せにしてやんよ、ってな”

―“わたしを好きでいるのを、諦めないで・・・!”“とっくに好きになってるかもしれないけどね”

ダイチは明日香が好きで、明日香は旭が好きで。そんな風にして始まった三角関係。

色々あって(主にあたしとユリ姉が引っ掻き回して)、結局は明日香が旭に振られ、ダイチの気持ちと向き合うと決めて、で。


「おはよう、愛してるよ明日香☆」

「はあ!?朝から気持ち悪いこと言わないでよ!?」

「そのつれないとこがまたそそる!」

「黙れバカダイチ!!」

明日香と教室に入るなり、今や毎朝恒例のこのやり取り。

「・・・あたしを無視するとはいい度胸ね、ダイチ」

「おお、おっす江梨」

今気付いたとでも言わんばかりに、ダイチはしゅたっと片手を上げてみせる。

「おっす、じゃないっての。いいからさっさと退()きなさい、教室入れないでしょうが」

「おっと失礼。さあさあ明日香姫、お鞄お持ちしましょうか?」

「結構です!」

「・・・よく毎朝飽きもせずやるわね、ダイチ」

「そりゃあもう愛しの明日香の為なら」

「そういうの要らないから!」


・・・なんというか、まあ相変わらずって感じね。

ダイチ(バカ)は毎日明日香を追っかけまわして、明日香はそれから逃げてみたりたまにブチ切れてみたり。うちのクラスじゃそんなのは日常茶飯事となって、今は誰もツッコまない。

あんだけ嫌がられてて(あたしは照れ隠し半分とみてるけど)よく愛想尽かさないわよね、ダイチも。こんだけ好かれてるのにいつまでも煮え切らない明日香も明日香だけど。


昼休み。さっと教室を見回してダイチ(バカ)が居ないのを確認すると、

「―ねえ明日香」

「ひっ!?」

ばんっ、と机を叩きつけたあたしに明日香が慄く。

「正直に言いなさい」

「な、なにが?」

「ダイチのことどう思ってんの」

「えええ!?」

「何で驚くのよ」

明日香は本気で驚いたような顔をしてみせる。

・・・こりゃあすっかり忘れてるわね、ダイチの気持ち。慣れって怖いわ。

「いつまで放っとくつもり?そろそろ傾いても良い頃だと思うんだけど」

もうあれから5ヶ月も経ったっていうのに、明日香は相変わらずはっきりしない態度のまま。

「いや・・・だから、何ていうか・・・ダイチとはそんなんじゃないっていうか」

ちょっと突くとすぐコレだ。本気じゃないんじゃないかとか、ギャグにしか聞こえないとか。

「アンタがそう思っててもダイチはそうじゃないでしょ。言っとくけど生殺しよ、生殺し。こんな中途半端な状態で放っとかれて」

アイツは真面目にやってんのよ、あのアホみたいな愛情表現を。そんなのは明日香だって分かってるはず。

いくら気が長くても、このままじゃ本当に諦めかねないわ。

「とにかく好きか嫌いかだけでもはっきりしなさい」

「だって好きとか言われてもよく分かんないし」

小学生かッ!仮にも女子高生(JK)でしょうがアンタは。っていうか、

「あれぇ~、この前まで“万里(ばんり)くん大好き♡”とか言ってなかったっけぇ~?」

「ちょッ!?何言ってるの!」

ちょっとからかおうとしたのが運の尽き。

物凄い勢いで明日香が迫ってきて、頭をがっちり掴んで押さえ込まれる。

「痛い痛い痛いちょッ、明日香、ギブ!ギブ!!」

やっと腕が離れ、あたしはゼエゼエと肩で息を吐いた。

「・・・大きな声で言わないでよ、もう」

ざわざわと教室内が妙な空気に包まれたのに明日香は気付いたようで、人目を憚るようにして小声で言う。言っとくけど、今注目されてんのはアンタの暴力行為(ヘッドロック)の所為だからね?

「・・・明日香、最近何か暴力的になってきてない?」

「え?ああ、ダイチを相手にしてたらいつのまにかこんな感じに・・・」

「あのバカは毎回これをやられてるわけね」

「・・・まあ悪いとは思ってるけど」

恐ろしい話だわ。本当、物好きねアイツも。

「でもまあそれだけ遠慮がいらないっていうか、気が置けないってことじゃない?結局は相性良いのよ、アンタたちは」

「たとえそうだとしても、だからこそそういう雰囲気にならないんだって」

まあ、ねえ。こんなんじゃあ甘い空気なんかいつになっても作れなさそうだけど、でもねぇ。

「そう思ってんのはアンタだけよ。クラスの皆は、もう付き合ってると思ってるわ」

明日香はきょとん、とした目を向けた。

「え、そうなの?」

気付いてなかったのかこの天然娘。

「そういう風に見えるくらいにはいい雰囲気なんでしょ」

(さと)すようにそう言うと、明日香は机に突っ伏して呟く。

「だから・・・そんなんじゃないんだって、本当に」

そうやってまた言葉を濁す明日香に、あたしは深い溜息を吐く。

・・・本当、旭にもダイチにも、煮え切らないのは相変わらずね。


・・・と、思っていたんだけど。

「うわ・・・何あれ」

家の用事があったから、顧問に今日は休むという連絡だけして教室へ戻ってみると。

こんにちは、あたし江梨(きゃぴっ☆)。今とっても面白いものを見てるの。何だと思う?

ダイチが自分の机の上に座ってる、のはいいとして。

・・・その足の間に明日香を座らせてるってのはどういうことかしら?

ダイチが明日香の頭を撫でて、明日香はそれを嫌がる素振りもなくしなだれかかって。

「嘘でしょ・・・」

空気がすごく、甘いんですけど。

昼間の光景が嘘のようだった。っていうか、これ現実よね?錯覚とかじゃないわよね?

「・・・なーにが“そんなんじゃない”、よ」

どうみても彼氏彼女じゃないの。こんな甘々な空気醸し出しといて、鈍いにも程があるでしょうが。

・・・っていうか、気付かなかったあたしも相当鈍いか。なるほど、これならクラスの連中が勘違いするのもうなずけるわね。あたしもまだまだだわ・・・。

と、思いつつ。

「面白いもん見ちゃった♪」

何話してんのか聞かない手はないでしょ、せっかく部活切り上げてきたんだから。家の用事?何それ。

あたしはそうっと教室内に耳を澄ませた。

「―ダイチ」

「なんだー明日香?」

「・・・どうしたら、いいかな」

「江梨のことか?」

「・・・うん」

・・・あれ、あたしの話?

「もう、とっくに万里くんのことは吹っ切れたっていうか・・・ばっちり、振られちゃったし」

「・・・そうだな」

『好きな人が居るから』って、旭はあのあとすぐに告白を断った。しばらくしてダイチとの関係を知ってちょっとほっとしてたみたいね。やっぱり罪悪感はないわけじゃないだろうし。

一方明日香の方は、旭が好きなのは智花ちゃんだってことを未だに知らない。

「だからサッカー部に残る理由は、本当はもうないの」

ダイチは明日香を撫でる手を止めた。

「でも一年のマネージャーはわたしだけで、だから勝手に辞めるわけにもいかなくて・・・ずるずる、ここまで来ちゃった。エリにいっぱい迷惑かけた」

迷惑・・・か。

一緒にバレーやろうってこの学校へ来て、でも明日香はあっさりサッカー部へ行っちゃって。

そりゃあその時は悔しかったし腹も立ったけど、でも今は。

「・・・したいようにすればいいよ、明日香の」

「え?」

「サッカー部の居心地がいいならそれもいいだろ。江梨も今更怒ったりしねーよ」

「・・・そう、かな」

「後悔するなら、やりたいことをやって後悔しよーぜ。その方が絶対楽しいだろ?」

ダイチはそう言って、明日香の頭をぽんぽん、と叩く。

「・・・うん。ありがと、ダイチ」

明日香が安心したようにダイチの肩に顔を埋めて。

あたしは気付かれないようにそっとその場を離れた。


中学に入ってすぐ、同じクラスで席の近かった明日香と何となく一緒に居るようになって。部活の見学に行って、二人でバレー部に入った。別に特別バレーが好きだったわけじゃないのに、すごく楽しくて。

最後の大会ではあっさり負けて、高校で全国目指そうって猛勉強してここまで来て。・・・ダイチ(余計なもの)も付いてきたけど。

他人のことを色々と嗅ぎ回るのが好きなあたしだけど、明日香と居るのはそれが理由じゃなかった。情報目当てだったらもうちょっと耳の早い女子を捕まえてるし。

あたしがここへ来たのは、ただバレーがしたかったからじゃないのよ、明日香。

「・・・アンタとバレーがしたかったから、ここへ来たのよ」

どんなに忙しくても少しだけ物足りない、今のバレー部での日々。

でも一緒にバレーが出来なくたってそんなことはもうどうでもいい。アンタの傍に居られればそれだけで楽しいんだって、あたしは気付いたから。


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