第10話「排気ガスと魔法生物」
[通常軌(道魔獣の森線)]
凍てついた遺跡の街、ルイーネフリーレンから狂暴な魔獣達が徘徊する魔獣の森と呼ばれる広大な森の奥深くに存在する結界に守られた魔法都市、マジーアルノを結ぶ魔獣の森線・・・
この路線を乗客以外に、負傷した機関区労働組合員とそれの積み降ろしと看病を担当するルイーネフリーレン駅職員を乗せた列車が爆走していく。
起伏の激しい地形の上に無数に聳える魔界樹と呼ばれる巨大樹の合間を、縫うように走るこの路線は、急カーブ急勾配の連続で通常の列車では高速走行は不可能である。
しかし、今この路線を爆走しているSnow expressとWideview Зимаは、装備されている車体傾斜装置を使いその不可能を可能にしている。
パァァァァン・・・パァァンパァァン・・・
Wideview Зимаの単音のタイフォン(空笛)をがけたたましく鳴らされ、線路に侵入している魔獣を散らしていく。
~♪ワイドビューチャイム♪~
ジマー嬢
「本日は、回遊特急Wideview ЗимаとSnow expressをご利用頂きまして誠に有り難うございます。
これより列車は、野生動物が多数生息する区間を走行いたします。野生動物出没の際に急ブレーキを使用する事がございますので、お立ちの際には、手すりなどにおつかまりください。」
~♪ワイドビューチャイム♪~
ジマー嬢の案内放送の通り、魔獣の森の奥に行けば行くほど、生息する野生動物が頻繁に出没し、衝突回避のための急制動が頻繁に行われるようになる。
衝突するのが野生動物ならまだ良いが、運悪く野生化した魔獣と衝突した場合は只では済まない。
非常に頑丈な身体を持つ彼等と衝突すれば、車体は間違いなく大破し、その後乗客は怒り狂った魔獣の餌食となる。
そうならないため、彼女は運転席に座り広範囲を警戒し、少しでも危険ならば直ぐに減速しタイフォン(空笛)をならす。
~♪μスカイチャイム♪~
スノウ
「本日は暗黒武装鉄道結社シュバルツァークロイツの列車をご利用頂きまして誠に有り難うございます。
Snow express4号車ミーラークルムよりご連絡させて頂きます。
準備が整いましたので只今よりカフェサービスを開始致します。
お気軽にご利用ください。」
~♪μスカイチャイム♪~
そんな緊張感をぶち壊すかのように、カフェサービス開始を告げるスノウの車内放送が入った。
ギム
「カフェサービス?」
リアンと共に負傷者の介抱を行っていたギムが顔を上げる。
リアン
「うちの列車は夜行仕様だ、食堂車も当然だろ?」
痛がる負傷者を無視し患部に力強く包帯を巻き付けながらリアンが答え、ついでに包帯を巻き終えた患部を力一杯叩く。
負傷者の声にならない悲鳴が聞こえたら気がするが、気のせいだろう。
リアン
「おーい、誰か食堂車で軽食を貰ってきてくれ。」
小腹が空いたのだろう、リアンが手の空いている駅員に軽食を貰ってくるように頼む。
駅員1
「了解ッス、自分が貰ってくるッス。」
すると、ルイーネフリーレンでリアンに声をかけられた駅員が手を挙げ、食堂車に向かって走っていった。
その時、
ガコン、キィィィィィ・・・
列車が非常ブレーキを使用した。
ジマー嬢
「只今事故防止のため、緊急停車いたしました。これより安全確保と車輌点検のため、しばらく停車致します。」
ジマー嬢
「業務連絡、ギム、リアン、スノウ、車輌前まで・・・」
ジマー嬢は、緊急停車放送をした後、業務連絡で全員を車輌前に集合させる。
ギム
「轢いたのか!?」
車輌の前で下を向くジマー嬢に駆け寄るギムが心配そうに声をかける。
ジマー嬢
「私が轢くわけないでしょ!!・・・だけどこれ・・・」
ジマー嬢が指差した先には、小さな女の子が倒れていた。
しかしその姿は普通ではない、膚は緑がかった白色で、頭には、無数の花と葉が髪の毛の様に生えている。
森をさ迷っていたのか着ている麻で出来た奴隷の様な服はボロボロになっていた。
ジマー嬢
「非常ブレーキで何とか止まれたのだけれど、ショックで気絶してしまったみたい・・・でも突然列車の前に飛び込んで来たのだし、私は悪くないわ!!」
気を失っている女の子を抱き上げるギムに必死に自分に非が無い事を説明するジマー嬢・・・
ギムは「分かっている」と言いながら、彼女の頭を優しくなでる。
ギム
「・・・とは言え、まずはこの子を何とかしなければ・・・」
リアン
「どう見ても魔法生物だなこりゃ・・・」
抱き上げた女の子をどうするか考えていたギムにリアンがその正体を伝える。
どうやらこの女の子は魔法の力で産み出された魔法生物らしい。
実は魔獣の森で魔獣と呼ばれる生物の正体は、こうした魔法生物が捨てられ野生化したものである。
そして、これらの魔法生物を産み出しているのがこの先にある魔法都市マジーアルノなのだ。
スノウ
「かなり弱ってるみたいです・・・」
スノウが、抱き上げられた女の子の様子を心配そうに覗き込む。
スノウが言うように女の子の頭に生えている花や葉が萎れた状態になっていて、肌もひび割れ明らかに衰弱していることが分かる。
リアン
「見たところ、魔力の枯渇が原因だろうな、術者から魔力が貰えない魔法生物がどうやって生き延びるか知ってるか?」
リアンは、煙草をひと吸いして、目を閉じゆっくりとその煙を吐き出すと更に話を続ける。
リアン
「他の生物を補食して魔力を奪うんだ、肉食獣が他の動物を食うみたいにな。だが・・・こんな形じゃ大した戦闘能力は持っちゃいない、当然魔力の補給はできない、そして魔力はどんどん枯渇し衰弱していく・・・」
更に煙草をひと吸いして吐き出す。
リアン
「相当腹が減ってたんだろう、こんな鉄の塊のバケモノに突っ込んで来るんだ、エンジンから漏れだす魔力に引かれてな・・・」
シュバルツァークロイツの列車が使用する液体燃料マナルは、燃焼時に膨大な魔力を放出する。
放出された魔力はエンジンに接続された魔力端子で必要な分を回収され魔力回路に供給される。
しかし、列車のエンジンは駆動力を産み出す目的で燃料を使用するため、膨大な魔力が余剰とる。この膨大な魔力は排気ガスと一緒に排出されるという非常に勿体ない使い方をしているのだ。
そんな、無駄に排出された魔力に誘われ、鉄の塊の前に飛び込んで来たのだ。
スノウ
「何とか助けられないんですか?かわいそ過ぎますそんなの・・・」
涙眼になるスノウだが、リアンがその鼻をふにっと指で押さえる。
リアン
「あるにはある・・・だが、魔法生物を飼うのは大変だぞ・・・」
ジマー嬢
「・・・なにその飼い犬的なノリは・・・」
子供が捨て犬を拾ってきた時の様なリアンの対応に、ジマー嬢が思わずツッコミをいれる。
スノウ
「ここでこの子を見捨てたら一生後悔すると思います、だから・・・」
リアン
「だぁ・・・その捨てられた仔犬のみてぇな眼はやめろ!!」
スノウに泣きそうな眼で見詰められ、根負けしたリアンが鬱陶しそうに手を払いながら答えた。
リアン
「・・・まぁ、お前の排ガス吸わせとけ♪」
スノウ
「ふぇ?」
予想の遥か斜め上をいく、リアンの答えにスノウがかたまる・・・
ジマー嬢
「ねぇ・・・拷問としか思えないのは私だけかしら?」
ギム
「いや・・・俺も拷問にしか聞こえなかった・・・」
ジマー嬢とギムの反応は普通である。
排ガスを吸う行為は基本的に自殺志願者しかやらないというのが一般的な認識である。
リアン
「何をいうんだ、マナルを燃やした時に出る排ガスには高濃度の魔力が含まれてるんだぞ!!」
スノウ
「で・・・でも・・・」
マナルを燃やした排ガスには、魔力が含まれている事を強調するリアンだが、やはりスノウは躊躇する。
リアン
「いいからやれ!!」
スノウ
「・・・はい」
・・・が、いつも通りリアンに押しきられた。
スノウは、ギムから女の子を受け取ると、重力遮断で飛距離を伸ばしたジャンプで、列車の屋根に跳び登った。
そして彼は、女の子を排気口から吹き出す排ガスに燻してみる。
すると、意識の失っていた女の子はゆっくりと目を開いた。
女の子
「おなか・・・へった・・・」
スノウ
「ふぇ?」
唐突な女の子の一言に判断が追い付かないスノウが固まった。
女の子
「おなかへった!!おなかへった!!おなかへった!!」
スノウ
「ちょ・・・暴れないで・・・うわっ!」
そんなことはお構い無しに女の子は暴れだし、抱き上げていたスノウの手を振り払い飛び下りると、屋根に設置された管状の排気口に口をつけて排ガスを吸い始めた。
すると女の子のひび割れた肌は元に戻り、頭の花や葉も息を吹き返した。
しかし、それと同時に、大量の排ガスを吸い込み続ける女の子の身体は、まるで風船の様にどんどん膨らんでいく。
スノウ
「ちょ・・・それ以上吸ったら破裂しちゃいます!!」
女の子
「やー!!もっと吸うの!!」
それに気が付き、慌てて女の子を排気口から引き離そうとするスノウだが、女の子は排気口にしがみつきそれを全力で阻止し再び排気口に口をつけ排ガスを吸いはじめる。
ギム
「なぁ・・・止めた方が良くないか?」
リアン
「なんでだ?こんなに面白いのによぉ。アハハハハおーい頑張れスノウ♪」
ギム
「お前なぁ・・・」
見かねたギムが、止めた方が良くないかリアンに訪ねるが、リアンは笑いながらそれを茶化している。
その様子を見て、呆れるギムだったが、リアンの様子を見る限り心配は
無い様なので、これ以上追求することを諦めた。
その目の前では女の子とスノウの綱引きが今も続いている。
スノウ
「ほんとに破裂しちゃいますから!!」
女の子
「いーやー!!吸うの!!」
…To be continued
今回は新規登場の車輌はありません。
代わりに魔法生物の女の子が登場させてみました。
今後は彼女を起爆点としたドタバタ劇でも遊べそうです。