帰郷の終わり
男は久々に地元へ帰った。
大きな廃工場に見える、その場所に男は近づいた。
会社勤めで嫌になった男は実家に帰っている。
有給を使って取るつかの間の休息。
学生の頃の長期休暇が戻ってくればいいのにと思った。
実家で祖父に線香をあげた後、男は自分の住んでいた故郷を散歩してみた。
男が通っていた学校、バイトしたコンビニ。
実家近くのスーパーはリニューアルしているようだった。
都会の排気ガスと香水や柔軟剤が混じった匂いはなく、代わりに新緑と花の香が男を優しく包んでいる。
(帰ってきたなぁ…)
巡っているうちに、男は立ち止まった。
男が小学生の時からある廃工場のような建物。
ところどころ錆びていて、大きなタンクのような物やハシゴがある。
(一体ここはなんなんだろう…)
学生の時から気になっていた。
歩みを進める。
鉄骨階段は踏みしめるとカツンッと音を立て、固定が甘くなっている物はギギッと軋むような音がした。
ついに扉の前に辿り着く。
男はフーっと息を吐いて、扉をノックした。
コンコンコン…
応答はない。
そっとドアノブに手をかけて回すと、呆気なく開いた。
おそるおそる足を踏み入れると…
「な、なんだ…ここ…!」
天井にも壁にも、金属的な配管や歯車が設置されている。
横にある階段の上には、望遠鏡や本棚、重厚な机やアンティークな椅子が置いてある。
(まるで…誰かの秘密基地みたいだ…)
唖然としている男に、声がかかった。
「おや、お客様か。」
声のしたほうには老人がいた。
ただ、格好がリアルな犬のかぶりものに眼鏡と口ひげ。
何かの仮装としか思えない姿に男は何もいえなかった。
「さあさ、こちらへどうぞ。」
そんな男を手招きして老人はソファに座らせた。
奥の部屋から紅茶とお菓子を持ってくる。
テーブルの上に置かれた紅茶からは柔らかく、驚いた男の心を和ませるのには十分な香りを漂わせていた。
「ありがとうございます…」
老人は落ち着いた声で話し始めた。
「キミは、どうしてここへ来たのかね?」
男は紅茶を一口飲むと、理由を話した。
仕事に飽き飽きしたこと。
田舎の空気が恋しくなったこと。
どこかへ逃げ出してしまいたかったこと。
「毎日会社勤めで…仕事も大変で。なんだか、疲れてしまったんです…」
話しているうちに、いつの間にか男の首は下を向いていた。
デスクの上の大量の書類を思い出す。
部屋の中では、歯車のカチカチと言う音が小さく鳴っている。
黙って聞いていた老人は男の肩を優しく叩いた。
「そうか…そうか。大変だったぁ…だが、私みたいになってはいけないと思うな…」
男はうつむいていた顔を上げる。
どうしてそんな事を言うのだろう。
こんなに素敵な部屋に住んで、ゆったりと暮らしていけたら幸せだろうに。
老人は、ぽつりぽつりと話し始めた。
「私は、逃げたのだよ。5年前、苦しい現実からね。」
絞り出すような声を、男は静かに聞いていた。
「生きているだけで、辛いと思って苦しいと感じて、今楽になることだけを考えて逃げ続けた。」
かぶりもので表情は見えないのに、泣いているような気がした。
「初めは楽しかったさ。でも、逃げなければ良かった。他にも楽しい事が沢山あったはずなのに、楽しむチャンスがなくなってしまったのだからね。」
気づけば男の心には、つよい光が宿っていた。
都会のネオンとは違う、老人の部屋にあるような暖かくも強い炎のような光。
老人はそっとかぶりものを外し、ドアを指さした。
「帰りたければ、帰ればいい…だが、もし帰りたくなければ…私も良き話し相手がいなくなるのは寂しいがね。」
名残惜しいような老人の顔。
男は迷ったが、ドアの方へと向かった。
「…ありがとうございました…!」
涙を堪え、男はドアを開け放つ。
まばゆい光が目の前を覆った。
「…ここは、?」
目を開くと、そこには警官と救急車。
沢山の人の群れ。
「5年前の行方不明者、無事に発見されました!」
どこかで声が聞こえた。
警官の手帳から、あの老人の写真が笑いかけていた。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
廃工場のような場所が秘密基地だったら絶対面白いよな〜と言う想像から作成しましたφ(..)
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