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拝啓、語りの外へ  作者: おやゆびキング
序章

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序章005

 中学時代の凪を一言で表すなら、「中心にいるが目立たない」だった。

 

 クラスの端で本を読んでいる種類の人間でもなく、常にグループの核として騒いでいる種類の人間でもない。どちらかといえば真ん中にいた。誰とでも話せて、どのグループにも属せて、でも特定の誰かと深く繋がっているわけでもない。そういう立ち位置だった。

 

 本人はそれを不満に思っていなかった。むしろ自然だと思っていた。



 生徒会に入ったのは、中学二年の春だった。

 

 きっかけは些細なことだ。帰り道に担任に呼び止められ、「書記が一人足りない、やってみないか」と言われた。凪に強い断る理由もなかったので引き受けた。それだけだった。

 

 生徒会室は放課後の職員室の隣にあった。メンバーは七人。会長は三年生の女子で、よく通る声と有無を言わせない段取りの速さを持つ人間だった。副会長は同じく三年生の男子で、会長の言うことに的確に補足を入れるタイプ。凪を含む書記と会計の四人は二年生だった。

 

 仕事の内容は地味だった。議事録をとる、掲示物を作る、行事の備品を管理する。会議では会長と副会長が話し、凪はそれを記録した。発言を求められることは少なかった。

 

 でもある日、文化祭の予算配分の会議で、凪は口を開いた。

 

 演劇部と美術部が備品費の取り合いになっていた。会長が調整しようとしたが、双方の担当者が引かなかった。議論が同じところをぐるぐると回り始めた頃、凪は手を挙げた。

 

「去年の備品の使用記録、残ってますよね。それを見れば実際いくら使ったかわかるので、そこから積算したらどうですか」

 

 少し間があった。会長が「そうね」と言った。記録を引っ張り出して確認すると、演劇部の要求額は去年の実績より三割多く、美術部はほぼ実績通りだった。その数字を前に、演劇部の担当者が折れた。

 

 会議のあと、会長に「よく気がついたね」と言われた。凪は「たまたまです」と答えた。

 

 たまたまではなかった。凪はずっと、誰かが言い出さないかと待っていた。誰も言わないから、自分が言っただけだった。 



 友人は多くも少なくもなかった。

 

 同じクラスに、中学入学からずっと一緒にいる三人組がいた。バスケが好きな沢田、ゲームの話になると止まらない北川、何を考えているかわからないが場の空気を読むのが上手い松本。凪はそのグループに自然に混ざっていた。

 

 昼食はたいてい四人で食べた。放課後も週に何度かは一緒に帰った。特別な約束をしなくても、気づいたら同じ方向を歩いていた。

 

 沢田とは一度だけ口論したことがある。体育の授業でチーム分けをしたとき、沢田が凪のいないチームを「弱い方」と言った。冗談のつもりだったのだろうが、その言い方が凪には引っかかった。

 

「それ、チームの他の奴に聞こえてるぞ」と凪は言った。

 沢田は少し黙って、それからチームの方を見た。何人かが微妙な顔をしていた。

 

「悪かった」と沢田は言った。それで終わった。

 引きずらないのが沢田の良いところだった。凪も引きずらなかった。翌日にはまた普通に話していた。


 

 凪は、集団の中で起きていることを観察する癖があった。

 

 誰が誰と仲がいいか。どこに小さな摩擦があるか。誰が発言していて、誰が黙っているか。意識してやっているわけではなく、気がついたら見ていた。

 

 その癖のせいで、凪はクラスの複雑な人間関係を把握していることが多かった。

 

 二年生のとき、クラスの女子グループが一時期ぎくしゃくしていた。中心にいた子が別のグループの子と仲良くなって、元のグループが微妙な空気になった、という話だった。凪には直接関係のない話だったが、なんとなく見えていた。

 

 松本に「あれ、どうなってんの」と聞かれたとき、凪はだいたいの事情を話した。松本は「なんでそんなこと知ってるんだ」と言った。凪は「なんとなく」と答えた。

 

 松本はしばらく考えて「向いてるかもな、生徒会」と言った。

 凪は笑って流したが、あながち外れてもいないと思った。



 真ん中にいることの便利さと、窮屈さを、凪は中学のうちに両方知った。

 

 便利さは単純だった。誰とでも話せる。どこにでも混ざれる。孤立しない。

 窮屈さは少し複雑だった。真ん中にいる人間は、端にいる人間より自由が少ない。誰かが揉めたとき、真ん中にいる人間は自動的に板挟みになる。どちらかに肩入れすれば、反対側との関係が壊れる。だから何も言えないことがある。言いたいことを飲み込んで、うまく立ち回ることを選ぶことがある。

 

 それが正しいかどうか、凪にはわからなかった。

 

 ただ凪は、誰かが傷つくことには鈍感でいられなかった。観察する癖があるせいで、誰かの顔が曇るのが見えてしまった。見えてしまったら、見なかったことにするのが難しかった。

 

 生徒会の会議で口を開いたのも、沢田に言ったのも、根っこは同じだった。

 誰かが損をしているのが見えたとき、黙っていられない。それだけのことだった。大した理由でも、正義感でもなかった。ただ、見えてしまうから言った。



 中学三年間を振り返ると、特別な出来事は多くなかった。

 

 大きな事件もなく、劇的な友情もなく、恋愛らしい恋愛もなかった。剣道を続け、生徒会をやり、沢田たちと昼飯を食べて、帰り道に他愛のない話をした。

 

 平凡だった。

 

 でも凪はその平凡さを、不満に思ったことがなかった。

 

 真ん中に立つ側の人間というのは、主役にはなれない。でも真ん中にいるから見えるものがある。誰がどこにいるか。何が起きているか。場がどちらへ動こうとしているか。

 

 凪はその見え方が、嫌いではなかった。

 主役でなくていい。ただそこにいて、見えたことに応じて動ける。それで十分だと思っていた。

 

 高校でもその感覚は変わらなかった。変わったのは、真ん中で見ていた景色の中に、一人の女の子が現れたときだった。

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