第70話 取り消された裁判
婚姻費用の件以来、江坂さんから何のアクションもないまま、1ヶ月が過ぎた。
裁判の進捗状況も滞ったままで、どうなっているのか気になって仕方がなかった私は、思い切って江坂さんに連絡をした。
「いつもお世話になっております。本日、今後の進捗状況について確認させていただきたく、ご連絡いたしました。先生のご多忙を考慮し、連絡をお待ちしておりましたが、返信がなかった為、こちらから連絡させていただきました。裁判も迫っていることから、今後の進め方について、いくつか確認させていただきたい点がございます。お忙しいところ恐縮ですが、ご都合の良い時間帯に、お電話もしくはSNSにて、ご連絡いただけますでしょうか?」
私自身、この時はかなり丁寧にメッセージを送ったつもりだったが、その日の返答はなく、翌日の昼頃に、やっと返信が届いた。
「第一回目の期日連絡ありました。◯月◯日です。この日はこちらだけで対応します。それまでに、訴状の内容を少し詳しく書いた陳述書を作成しておく予定です。お盆前後で作る予定ですので、また確認をお願いすることになります」
そのメッセージを見て、私は胸の奥に、小さな灯りを感じた。
「これでやっと次に進める」と。
「陳述書を作成する」
という話に、私は自分の主張がきちんと反映されることを願い、長文の意見を送った。
婚姻費用の未払い・経済的暴力・生活費を私が負担してきたこと・相手の不誠実な態度による精神的苦痛…。
慰謝料として、300〜500万円を一括で請求したいこと。接触禁止措置や私との思い出の写真・SNSで私に無断で、私との写真を投稿してたことに対しての削除を求めてることなど、これまでの苦しみと未来への願いを、文字にして伝えた。
すると江坂さんからは、
「記載いただいたものを参考にして作成します。ありがとうございます。」
と返信があった。
しかし、その直後、追加で送られてきたのは、
「相手が実際に働いてる場所はわかりますか?」
「ネットで探して住所などわかりますか?」
という問いだった。
「依頼して半年以上が経ち、和馬の住んでる住所も提出済みなのに、なぜ、今更そんなことを聞いてくるのだろう?」
私は疑問と不安を抱えたまま、再び立ち止まることになった。
そして裁判が行われる数日前、江坂さんから電話があり、私は
「いよいよ裁判の件だ」
と思い、応答した。
しかし、告げられたのは、予想もしなかった言葉だった。
「裁判所から連絡があり、相手が書類を受け取っていないため、身元確認の調査が必要になったので、裁判は延期になります」
身元調査は、江坂さんが行ってくれたらしいが、私が一緒に住んでた社宅には、もういなかったそう。
江坂さんの話では、相手が不在でも、裁判は進められるそうだが、その場合は、ややこしくなるらしく、
「相手の身元を確認できる証拠が必要だ」
と告げられた。
結局、相手の所在が確認できるまでは、裁判開始まで時間がかかるとのこと。
本来なら行われるはずだった裁判は、直前になって保留となった。『相手の所在が不明』という理由で延期され、その後の進展も見えない。依頼者として寄り添ってもらえてる感覚がなかった。
こんな直前になって、
「相手の身元確認が必要だ」
と言うなら、最初からそう説明してほしかった。
それなのに、
「期日が決まった」
と告げられ、期待を抱かせた後に
「延期です」
と言われると、
「本当は、裁判の日程なんて決まっていなかったのでは?」
私が何度も問い合わせたから、その場しのぎで
「この日にやる」
と言ったのでは?
そう思うと、裏切られたような気持ちになった。
「どうせ、和馬は裁判に来ないでしょ」
「相手が欠席しても、判決で離婚は成立できる」
と何度も言われてきた。
それなのに、期待させる言葉と失望させる言葉を繰り返す。
「江坂さんはこの案件に、本気で戦ってくれる気があるのか?」
そう問いただしたくなった。
正直、私は心身ともに疲弊していた。
「この状態はいつまで続くのだろう?」
「もしかすると、今年どころか、永遠に終わりが来ないのではないか?」
そんな絶望的な思いが、胸に広がっていた。
この電話以降、私は江坂さんに対して、不信感が宿ったのでした。




