第39話 父の言葉に私は存在を否定され続けた
私の父は、昭和の団塊の世代に生まれた人だったから、とても厳しく、
「俺はこの家の大黒柱だから、俺の言うことに従え」
と言って憚らない、典型的な亭主関白タイプだった。
姉が生まれた時に、既に子育てを経験していたという理由から、私の時は
「正直、関わるのが面倒くさい」
と思ってたそう。
また、私のことを
「普通じゃない。発達障害者だ」
と決めつけていたと、私が大人になった時、父の妹(つまり私にとっての叔母)から聞かされた。
父の言い分では、
「こいつは殴らないと、言うことを聞かない」
「自分が子どもだった頃は、殴られて育つのが当たり前だった」
そんな思い込みから、私が少しでも反抗すると、すぐに暴力を振るうようになり、特に私に対しては、いつも乱雑だった。
「子どもだからって、暴力を振るえばいいってもんじゃない!」
そう思いながらも、私はずっと耐えてきた。
そのトラウマのせいで、私が男性に対して恐怖心を抱いてることを、父は知ろうともしなかった。
ただ、外面だけは良いから、ご近所さんや他所では
「自分は良い父親です!」
アピールをしていたが、家では
「ありがとう」
も言わず、自分が悪くてもすぐに私を悪者にし、
「ごめん」
も言わない人だった。
だからこそ、外でやけに『良い人ぶる』姿を演じる父に対して、
「家では暴力的なくせに、他所でいい人ぶるな。このクソオヤジ」
そう思っていた。
また、父は最後まで話を聞かないところがあり、私がどれだけ主張しても、一方的に
「ダメ」
と言ってきたり、その場をしのぐために
「はいはい、分かった分かった」
と適当に受け流すことも多く、しまいには
「誰のおかげで、生活できてると思ってるんだ。有り難いと思え」
と言ったあとは、決まって暴力を振るってきた。
言い合いの末、私が折れることが多かったにも関わらず、その出来事はまるで『なかったこと』にされ、ほとぼりが冷めた頃には
「お前なら別に何でもいいんだろう」
「全部自分で決めたことだろう」
とまるで
「俺は一切関与していない」
と、言わんばかりの態度を取られ、
「お前みたいな発達障害者は、俺様の言うことを聞いていればいいんだ!」
と言われてるようで、完全にバカにされてる気分でした。




