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第5話「夜の試薬」

夜の王都は、雨で濡れた石畳が街灯の光を反射し、静かに揺れていた。薬房でもない、宮中の一室で、私は小さな硝子瓶を手に取り、煎じ物の確認を始める。


「火加減は……微妙に弱めか」

耳に届くのは、自分の呼吸と水が沸く音だけ。火の熱、薬草の香り、濃度の変化――五感を研ぎ澄ませると、見落としていた違和感が浮かび上がる。


瓶の中の沈殿は、昼間確認したものと同じだ。微かに赤みを帯び、粒子の形が通常の煎じ薬とは異なる。小さな違和感だが、私の中では確実な手がかりになる。

「……これは、毒の可能性が高い」

声に出す必要はない。硝子の中で、事実は静かに主張している。


手順を正確に、何度も確認する。煎じ方、濾し方、火加減、時間――薬師の手作業は、ただの作業ではない。観察と推理の連鎖でもある。微妙な変化を見逃さなければ、真実に近づける。


その時、侍女が静かに扉を開ける。

「綾音様……」

「静かに。今は集中している」

微笑むでもなく、声を落として応える。王都の夜は、外も内も、証拠を隠そうとする陰謀に満ちている。だが私は、硝子の中にその答えを見つけるのだ。


煎じ物を小皿に取り、舌の上でわずかに味わう。焦げた香り、渋み、苦み――微細な差異が、誰の手によるものかを示している。

沈殿の色、香り、味――三つが揃えば、偶然ではないことがわかる。これは、誰かの意図だ。


夜が更け、雨音が静まるころ、私は密かに手帳を開く。

「小さな瓶が語ること……」

今日の観察と推理を書き留める。誰にも見せない、私だけの記録。だがこの小さな手がかりが、王都の深い陰謀への第一歩になるのだ。


硝子の中で光を反射する沈殿を見つめながら、私は決意する。

――薬は人を救うためにある。しかし、人を裁く証拠にもなる。

明日、私は更なる真相を求めて、宮中の縦糸に深く足を踏み入れる。

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