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第4話「院の掟」

宮中の朝は、城壁の陰影とともに始まる。光が差し込む廊下は冷たく、装飾の重みが日常の薬房とは別世界の緊張を放っていた。


「綾音様、こちらが診療院です」

侍女の声に導かれ、私は院の中庭を通り抜ける。花の香りと石の冷たさが混ざる不思議な空間――だが、そこには秩序と権力の縦糸が張り巡らされていることを、すぐに理解した。


診療院では、医師も役人もすべて院の掟に従う。命を救うことも、毒の痕跡を見抜くことも、すべては院の許可のもとでのみ行われる。外部の者――たとえ薬師であっても――自由に動くことはできないのだ。

私は深呼吸する。ここでの一歩一歩が、思わぬ波紋を広げることを知っているからだ。


目の前には、先日急死した貴族邸の令嬢の資料が置かれていた。医師たちは口々に「病死」と記す。しかし、私の観察眼は違う。舌の色、皮膚の微かな斑点、煎じ薬の沈殿――すべてが意図された痕跡を示している。


「綾音様、ここでの判断は慎重に」

老薬師・葛の声が脳裏をよぎる。師匠の言葉は、薬師としてだけでなく、宮中で生きるための戒めでもあった。権力の糸に触れすぎれば、真実は闇に葬られる。


だが、私は迷わない。薬と観察は、嘘を隠せない。小さな硝子瓶の中に、証拠は確かにあるのだ。私は資料を手に取り、沈殿の色を再び確認する。微かに赤みを帯びた粒子――これが毒の痕跡だ。


院の掟は重い。権力も、因習も、手順の一部だ。しかし、私が薬師として、そして推理者としてできることは、静かに証拠を積み上げ、真実を見極めること。

雨音が外から聞こえる。窓の外では石畳が濡れ、光を反射する。私は心を落ち着け、次の行動を考えた。王都の秘密に触れながら、薬師としての手を緩めるわけにはいかない。


――薬は人を救うためのもの。だが時に、権力や陰謀の中で、人を裁く証拠にもなる。

その思いを胸に、私は院の中で静かに準備を整えた。

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