第2話「宴のあとに残る薬」
王都の夜は、ろうそくの光で揺れる影とともに、静かに冷えていく。
今日は、近隣の貴族邸での依頼があった。宴の席で急死した令嬢――表向きは急な病死とされているが、私の観察眼はそう単純には信じない。
薬房から持参した小瓶を揺らし、色と沈殿の具合を確かめる。中の煎じ薬は、明らかにいつもと違う色合いをしていた。微かに焦げた匂いと、舌の上で感じるわずかな渋み。毒の痕跡だ――その可能性が、頭の中で静かに輪郭を持ち始める。
邸内の廊下は静まり返り、壁には油彩画の重みが圧迫感を与える。主人の目が、私を見つめる。
「綾音様……どうか、私の娘の死に理由を。」
声の震えが嘘を隠せない。私は深呼吸し、観察の集中を切らさない。微かな舌の色、手首の冷たさ、顔色の変化。それらをひとつひとつ拾い上げて、脳内で整理する。
宴席の残り物の中に、異物が混ざっていた。微かに焦げた香り、そして普通とは異なる色。私の手は自然と動く。指先で触れ、匂いを嗅ぎ、味を確認する――小さな違和感は、やはり“意図されたもの”だ。
「……これは、毒の可能性があります」
言葉は小さく、静かに。だが、この瞬間、邸の空気が変わったのを感じた。誰も否定できない。疑念は確実に、現実へと形を変える。
その夜、私は薬師としての職務だけでなく、初めて“推理者”としての役割も担うことになった。小さな薬房での穏やかな日常は、もう目の前の硝子瓶の中だけでは完結しない。王都の陰影、権力、そして人の意図が混ざり合う世界に、一歩足を踏み入れたのだ。
雨はまだ、窓の外で静かに降り続けていた。