第1話「小さな薬房と硝子の匂い」
雨の音が、木製の窓枠に跳ねる。小さな薬房の中、湿った土と乾いた硝子が混ざった匂いが鼻をくすぐる。私は今日も、小さな奇跡を作るために手を動かす。
煎じる。濾す。紙に包む。手順はいつも正確で、決して迷うことはない。それが誰かの命を左右する――だからこそ、慎重に、静かに、でも迷いなく。
「綾音様、これも今日の依頼ですか?」
小さな声が背後から聞こえる。師匠代わりの老薬師・葛の声だ。手元を見ずに答える。
「はい。症状は軽いけれど、念のために調合します。先に観察から始めましょう。」
薬草を鼻に近づけ、香りの微細な差異を確かめる。心臓の脈、舌の色、肌の微かな変色。これだけで体の中で何が起きているか、ある程度は推測できる。人の体は、小さな変化を決して隠さないのだ。
雨の音が小さくなる。外では猫が窓の外で遊んでいるらしい。ふと、不意に頭をよぎる。
――この薬は人を救うだけではない。時に、人を裁くこともある。
その思いに微かに身震いしながら、今日も私は薬房の硝子瓶を手に取り、次の煎じ物の準備を始めた。小さな瓶の中に、未来を左右する秘密が眠っていることなど、まだ誰も知らない。