第9話 今日から酒場のアルバイター
街の中心にある酒場は、昼間だというのに賑わっていた。
木製の大きな看板には洒落た文字が刻まれている。扉を押し開けた瞬間、ビールと香辛料の混ざった匂い、冒険者たちの笑い声が一気に押し寄せた。
「……なるほど。ここがあの酒場か」
奥から現れたのは、厳しそうな目をした女将だった。背筋はまっすぐ、黒髪をきっちり後ろにまとめている。冒険者たちに負けない覇気が漂っていた。
「客かと思えば、なんだいあんた。雇ってほしいって?」
「ええ。働き口を探してまして」
「ふん……見た目はひょろっとしてるけど、口だけってやつはうちにはいらないよ」
女将はじろりと俺を値踏みするように見た。
その眼光に背筋を伸ばしながら、俺は答える。
「力仕事もできますし、人の話を聞くのは得意です」
「ほう。じゃあ試してみな」
指差されたのは、入口近くに積まれたビール樽だった。
俺は深呼吸してから腰を落とし、両腕で抱え込む。思った以上に重かったが、なんとか持ち上げ、指定された棚の上まで運んだ。
「……よし。次は皿洗いだ」
言われるがままに流しへ立ち、ひたすら皿を磨く。学生時代の飲食バイト経験が、こんなところで役立つとは。
女将が腕を組んで見つめる中、俺は汗を拭って振り向いた。
「どうでしょうか」
「……まあまあだね。とりあえず即戦力にはなりそうだ」
にやりともせずに告げられたが、その目には僅かな期待が光っているのを見逃さなかった。
「よし。今日から入れそうかい?」
「ぜひとも!」
「それと給金は日払い。文句は言わせないよ」
「ありがとうございます!」
こうして俺は働き口を見つけることができた。
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一方その頃――。
サクラは大きな荷物を背負い、冒険者たちの列の最後尾に立っていた。
依頼は商人の物資を町まで運ぶという単純なもの。だが同行するのは屈強な男たちばかりで、視線は冷たい。
「おい、嬢ちゃん。そんな細腕で大丈夫か?」
「すぐに泣き言を言って足を引っ張るんじゃないだろうな」
容赦ない言葉に、サクラはきゅっと唇を結んだ。
「……大丈夫です。必ず運びます」
彼女の声は少し震えていたが、瞳は真っ直ぐ前を向いていた。
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グラスを洗い、客席へ料理を運び、冒険者たちの相手をする。
酒場の仕事は決して楽ではなかったが、動いているうちに不思議と気分が軽くなっていく。
「兄ちゃん、新入りか?」
「そうだ。よろしく頼む」
豪快に笑う戦士風の男が、飲み干したジョッキを差し出す。
俺は受け取りながら、さりげなく尋ねた。
「ところで、最近のダンジョン事情はどうなんだ?」
「おっ、興味あるのか。あそこは最近モンスターが活発らしくてな。特に下層で――」
男はすぐに饒舌になり、仲間も加わって話が広がっていく。
こうして得られる生の情報は、ギルドの掲示板よりもはるかに具体的だった。
(……これは当たりだな)
皿を片付けながら耳を澄ませば、隣のテーブルからも「女冒険者が荷物運びの依頼に出たってよ」と噂が聞こえてくる。
サクラのことだろう。心配は募るが、同時に誇らしくもあった。
「おい、新入り!」
女将の鋭い声に振り向く。
「ぼさっとしてんじゃないよ。あんたの仕事は耳を動かすことじゃなく、手を動かすことだ」
「はいっ!」
思わず背筋を伸ばし、再び皿を抱えて駆け出す。
――けれど、耳と目は決して休ませない。
この酒場での一言一言が、サクラを支える武器になるのだから。




