第5話 俺はプロデューサー
少女に案内されて辿り着いたのは、街外れにある一軒の建物だった。
木製の扉は色あせ、壁にはところどころヒビ。看板もかすれて文字が読みにくい。どう見ても“繁盛しているギルド”には見えない。
「ここです! 私が所属している冒険者ギルド。……といっても、ギルマスも数日出掛けてますし、今は私ひとりなんですけど」
少女は恥ずかしそうに笑い、俺を中へ招き入れた。
中は薄暗く、テーブルや棚は古びている。壁際には何枚かの依頼書が貼られているが、どれも黄ばんで色褪せていた。
「……ずいぶん静かだな」
「はい。オンボロギルドなので盗まれるような物もありませんから、安心して休んでください」
自嘲気味にそう言うと、奥のソファを指差した。
――オンボロ、ね。
苦笑しつつも、体はすでに限界を訴えていた。柔らかいとは言い難いソファに腰を下ろすと、思いのほか安堵が広がる。
「それじゃ、私は家に帰りますね。……また明日!」
手を振って、少女は軽やかに去っていった。
残されたのは俺ひとり。しんと静まり返ったギルドの空気に、さっきまでの温かさが嘘のように消える。
「……夢みたいだな」
異国の街並み、助けてくれた少女、見慣れぬ冒険者ギルド。
現実感はまだ薄い。だが、胸の奥に懐かしいざわめきが生まれている。
かつて憧れた“アイドル”を追いかけ、プロデューサーを志した頃の熱。
もう二度と触れることはないと思っていた感情だった。
考えをまとめる前に、まぶたは重くなり、やがて俺は眠りに落ちた。
◆ ◆ ◆
「おはようございます!」
ぱっと瞼を開けると、昨日の少女の笑顔があった。
朝の光を背に受けて、やけに眩しい。
「お、おう……」
「訓練に行くところなんです。もし暇なら、一緒に来ますか?」
やることもない。俺は半ば流されるようにして立ち上がった。
広場に着くと、少女は腰の剣を抜き、構えを整える。
気合とともに振り下ろされる刃。その動作はぎこちないが、真剣そのものだった。
俺はベンチに腰を下ろし、その様子を眺めながらぼんやりと考える。
――これから先、どうすればいいんだ。
周りを見渡すと、子供たちが木の枝を振り回して遊んでいたり、露店が並び人々が行き交っていたり、活気ある街の姿があった。
そんな中、視線を引いたのは広場の中心に立つ銅像だった。
近づいてみると、古びながらも、花が添えられ丁寧に手入れされている。
剣を掲げた女性冒険者の像――だが、ただの戦士像とは違う、何かを訴えかける気迫を感じる。
「その像、気になりますか?」
背後からかかった声に振り返ると、素振りを終え、汗をかいた少が立っていた。
「……ああ」
「それは“伝説の冒険者アイドル”の像なんです」
少女は嬉しそうに説明を始めた。
昔、まだダンジョンが人々に恐れられていた時代――仲間が危機に陥ったとき、ひとりの冒険者が歌を歌い、不思議な力を得てボスを討ち倒した。
その者は自らを“アイドル”と名乗り、その在り方は伝説となった。
やがてダンジョンで歌い、力を振るう冒険者たちは人々に「ダンジョル」と呼ばれるようになったのだ、と。
話を聞く俺の胸がざわめく。
少女の瞳は憧れを追う者のそれで、真っ直ぐに輝いていた。
「私も、いつか世界一のダンジョルになりたいんです。遠い村から出てきて、夢を叶えるために……でも、現実はまだまだですけど」
うつむき、苦笑する彼女の姿。
それは俺の胸に、かつての自分を鮮烈に蘇らせた。
――アイドルに憧れ、その輝きを誰よりも信じていた。
そして、彼女のような存在を世に送り出すことを夢見て、プロデューサーを目指した日々。
「……決めた」
思わず立ち上がり、少女を見据える。
「俺は――君をプロデュースする!」
「えっ?」
「君の夢を叶える手助けをしたい。いや、させてくれ。俺には、そのための知識と熱があるんだ」
言葉は止まらなかった。
少女はぽかんと口を開け、やがて頬を赤らめた。
「わ、私なんかを……? 本当に?」
「本当にだ。君の瞳を見たら分かる。夢を掴もうとするその姿、放っておけるわけがない」
沈黙のあと、少女は小さく笑い、頷いた。
「……わかりました。そこまで言うなら、お願いしてみようかな」
「よし!」
俺は胸を叩き、力強く名乗った。
「改めて自己紹介だ。俺のことは――プロデューサーと呼んでくれ!」
少し驚いた顔をした少女は、照れくさそうに笑いながら続けた。
「じゃあ……私も改めて。私の名前はサクラ。どうぞよろしくお願いします、プロデューサー!」
こうして、俺の異世界でのプロデューサー活動が幕を開けた。




