第18話 踊り子の舞台
舞台当日の夕暮れ。
酒場の前には、普段とそう変わらぬ人だかりができていた。冒険者たちが仲間と肩を組み、仕事帰りの客がビール樽を抱えて笑い合う。
事前に「舞台をやる」と告知はしていたが、その熱気は感じられなかった。
(やっぱり、そんなに興味は持たれてないか……)
俺は小さく息を吐きつつ、最後の確認に回る。板のきしみは直した。ランプの光も舞台を照らせる角度にしてある。やれることは全部やった。
女将が厨房から顔を出し、肩をすくめる。
「まあ、そんな日もあるもんさ。とりあえず店を開けるよ。あんたも気を落とすんじゃないよ」
「はい。……やります」
サクラは入口近くで不安そうに客席を見渡していた。
酒の匂いと笑い声に包まれ、舞台とは無縁のざわめきが渦を巻いている。
「こ、こんな中で……本当に踊れるんですか……?」
震える声を出すサクラに、リアナはきっぱりと答えた。
「準備はできてるわ」
その横顔は、これから戦場に向かう戦士のように揺るぎなかった。
夜が来て、酒場は一層の喧噪に包まれる。
テーブルを囲む冒険者たちがジョッキを打ち鳴らし、奥の席ではダンジョン配信を見ながら騒いでいる。
「そういえば今日は舞台をやるらしいぜ」
「へぇ、まあ酒の肴にはなるんじゃねぇか?」
そんな会話も聞こえてきたが、やはり真剣に期待している空気ではなかった。
いよいよ時間となり、俺は舞台の段に上がった。
「皆さん、今宵は特別に――踊り子の舞台をお届けします!」
声を張り上げるが、返ってきたのはまばらな拍手と、野次混じりの笑い声。
それでも俺は口角を上げ、紹介する。
「さあ、リアナの舞をご覧ください!」
ざわめく客席の中、リアナが静かに舞台へ姿を現した。
楽の音が流れ出し、彼女の体がしなやかに動き出す。
最初はまだ、酔客の声が勝っていた。笑い声とジョッキの音が耳障りに響く。
だが――一歩、また一歩と舞が進むごとに、空気が変わり始める。
白い腕が光を受けてきらめき、腰の動きが炎のように滑らかに広がっていく。
その一瞬一瞬に、観客の視線が引き寄せられていった。
ざわめきが静まり、息を呑む音だけが耳に届く。
目を逸らす者は誰一人としていない。
舞台袖で見守るサクラは、思わず両手を胸に当てていた。
(すごい……私が今まで見てきたどんな踊りよりも……)
彼女の中で何かが震えるのを感じていた。
演舞は最高潮を迎えた。
リアナの身体が旋風のように舞い、最後の一閃のように腕を広げる。
その瞬間、爆発したように拍手と歓声が巻き起こった。
「お、おい……すげぇな……!」
「本物だ、こんな踊り見たことねぇ!」
冒険者たちが立ち上がり、口々に賛嘆の声を漏らす。
リアナは軽く会釈し、静かに舞台を下りた。
その背に、割れんばかりの拍手がいつまでも続いていた。
「……やったな」
俺は胸の奥で確信する。これで次の一歩を踏み出せる。
舞台裏でサクラが駆け寄り、瞳を輝かせた。
「すごかったです……! 私も、あんな風に動けるようになりたい!」
その言葉に、リアナはわずかに口元を緩める。
「なら、明日からはもっと厳しくいくわよ」
サクラは一瞬たじろぎながらも、強くうなずいた。
俺は二人の姿を見つめ、心の中でつぶやく。
(そうだ……これからが、本当のスタートだ)
歓声と余韻に包まれながら、酒場の夜は続いていった。




