第五章 星読みの姫
「くそっ、なんてことだ……」
ギミックは苦々しく吐き捨てた。
普段の彼に似合わぬ乱暴な口ぶり。だが、それこそが素の姿だった。
ここ最近、アルペジオは噂を真に受け、すっかり塞ぎ込んでいた。
『あいつは僕を恨んでいる。確かに今まで刺客を送ったことはあるさ。でも最終的に殺したのは僕じゃない。ギミック、お前が勝手にしたんじゃないか。悪いのはギミックだ。僕は悪くない』
まるで子供のように、同じ言葉を繰り返すアルペジオ。
愚かだと思いながらも、ギミックは辛抱強く宥めた。
ここで信頼を失えば、せっかく王位に就いても意味がない。
愚かでもいい。自分の思い通りに動くのなら。
だが――解せないのは“噂”だった。
ここ数日、オルタードの亡霊を見たという噂が急速に広がっている。
最初は即位に反対する一派が流したものと思った。
だが調べてみると、亡霊を見たというのは決まってアルペジオの周囲の者ばかり。
「……いっそ私の前に姿を現せ。そうすれば正体を暴いてやろう」
ギミックは眼鏡を投げ捨てた。
闇色の瞳に、凶暴な光が宿る。
彼は神話など信じない。聖龍も信じない。
ましてや“聖龍の生まれ変わり”など。
信じるのは、己の力のみだった。
◇
ラフォルテ王家には、王子だけでなく姫君もいた。
姫君たちは大陸のヴァーム王家のような強大な魔力こそ持たないが、星の動きから未来を占い、吉兆を読み取る力に長けていた。
そうした姫は幼い頃から巫女として育てられ、人々に「星読みの姫」と呼ばれた。
今の星読みの姫はただ一人。
リゾネータ・ラフォルテ。十三歳。オルタードより二つ年下の妹である。
「オルタード兄様のお姿を見たですって?」
リゾネータは大きな瞳をさらに大きく見開いた。
オルタードの死を最も悲しんだのは、この姫君だった。それはただの悲しみというより、もっと複雑な感情だった。
「やはり兄様は怒っていらっしゃるのですね。……私が兄様を《化け物》と呼んだことを」
幼い頃、リゾネータはオルタードを恐れていた。
怯え方は尋常ではなく、やがてオルタードも彼女を避けるようになった。
「まあまあ、姫様。それはほんの幼少の頃のこと。オルタード様だって、そんな昔のことはお忘れですよ」
乳母は慰めの言葉を口にする。
だが心の中では、自分の言葉が姫を苦しめていることに責任を感じてもいた。
「星読みの姫に選ばれて、私は星見の塔に閉じ込められたわ。
他の兄様たちはすぐに私を忘れた。……オルタード兄様だけが、私を寂しがらせまいと何度も訪ねてくださった。それなのに私は――」
両手で顔を覆い、首を振る。
栗色の長い髪に編み込まれたガラスの飾りが、かすかにぶつかり合う。
耳を澄まさなければ聞こえないほど、儚い音。
しばらく伏せていたリゾネータは、やがて決心したように顔を上げた。
「私、兄様の亡霊に会いに参ります」
ドレスの裾をきゅっと握り締め、大きな瞳に強い意志を宿して。
乳母は止める代わりに、大きくため息をついた。
言い出したら聞かない――その性格を、一番よく知っていたからだ。