第四章 亡霊の噂
ラフォルテ城内は、アルペジオの一週間後に控えた戴冠式の準備で大忙しだった。
侍女頭は、侍女たちが怠けないように見張るのに必死だった。
というのも、戴冠式に向けて新しい人員を大勢雇い入れたからだ。
忙しそうに侍女たちが行き交う中、一人だけ柱にもたれて休んでいる女がいた。
侍女頭は目ざとく彼女を見つけ、つかつかと歩み寄る。
まだ新入りだが、他の侍女より背が飛び抜けて高いので、よく目立っていた。
「ちょっと、そこのあんた。なんて言ったっけ……ファ……ファズ? ぼやっと突っ立ってないで、アルペジオ様のところへお茶を運んでおいで。誰かついてってやりなさい」
「はいっ! あたしついて行きますっ」
すぐに侍女の一人が名乗り出た。
侍女頭の目の届かないところに行ける、またとないチャンスだったからだ。
侍女頭が何か言う前に、その侍女はファズの手を引っ張って連れ出す。
「ねーねー、あんたファズって言うんだっけ。あたしはフィーネ」
「よ、よろしく」
変に裏返った声で答えるファズ。
緊張しているのだと思ったフィーネは、にっこり笑った。
二人でお茶のセットを台車に乗せ、廊下を進んでいく。
◇
「さあ、アルペジオ様のお部屋に着いたわよ」
フィーネは扉を軽く叩いた。
衛兵が開け、二人を無言で通してくれる。
「アルペジオ様、お茶の時間ですわ」
「そこへ置いてくれ」
昼寝でもしていたのか、アルペジオは寝台に横たわっていた。
フィーネはファズを促し、お茶の用意を始める。
「この焼き菓子をお皿に移してね、ファズ。このお菓子、確かオルタード様がお好きだったのよね」
「オルタード様、ですか?」
怪訝そうに聞き返すファズに、フィーネは思わず口をつぐんだ。
ちらっとアルペジオの様子をうかがう。
アルペジオがごろりと寝返りを打つのを見て、フィーネは素早く耳打ちする。
「あんた最近来たばかりだから知らなかったのね。オルタード様っていうのは、最近亡くなられたアルペジオ様の弟君のことよ」
「あ、あの……黒髪に蒼い瞳の方? 左腕が龍の――」
「あら、知ってるんじゃない。でもなんで? 会ったことないんでしょう? どこで知ったの?」
フィーネは不思議そうに首を傾げた。
声をひそめることも忘れて。
「どこでって……昨晩、廊下を歩いていらっしゃったわ」
ファズは甲高い声で答えた。
「まさか……オルタード様は亡くなられたはずなのに」
「でも、私が呼び止めたら――『兄上を知らないか? 今から会いに行こうと思うのだが』って」
その瞬間。
アルペジオが跳ね起きた。
真っ青な顔で、叫ぶ。
「ば、馬鹿なことを言うな! あいつは死んだ! 死んだんだ!」
錯乱するアルペジオに、侍女たちは慌てて衛兵を呼んだ。
すぐに教育係のギミックも駆けつけ、ようやく騒ぎは収まる。
――だが、この噂は、あっという間に城内へ広まっていった。