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第三章 弟殺しの企み


「お前も早く去れ」


 ふらふらと寝台に歩み寄ると、オルタードはそのまま倒れ込むように横になった。

 枕に頬を押しつけたまま、かすれた声で言う。


「僕を殺しに来たのなら、今ので分かっただろ?」


「何が」


「この左腕は、僕の意識に関係なく、身の危険にさらされると……勝手に食らい尽くすんだ」


 オルタードはぎゅっと左腕に爪を立てた。

 何枚かの鱗がはがれたようだが、龍は鳴き声ひとつ立てない。


「お前だって――」


 言いかけたオルタードの口を、ファインが素早く手でふさいだ。

 寝台に上がり込んで押さえつける。苦しそうに呻く少年。


 ファインは押し殺した声でささやく。


「誰か来た。たぶんさっきの刺客の声を聞きつけたんだ」


 オルタードは必死に抗う。しかし、体格も力も、圧倒的に差があった。


「オルタード様、どうかなさったのですか?」


 世話係らしい男の声が近づいてくる。

 このまま黙っていれば、かえって怪しまれるかもしれない。


 ひるんだファインの隙をついて、オルタードは彼を突き飛ばすと、戸口まで駆け出した。

 あまりに一瞬の出来事で、止める間もなかった。


「オルタード様?」


「刺客が来たんだ。……いつものように追っ払ったから、気にしなくていい」


「そうですか。では何かお飲み物をお持ちしましょうか?」


「要らない。ちょっと疲れたから眠りたいんだ。そっとしておいて」


「わかりました」


 扉の内と外で交わされる会話を聞きながら、ファインは銃を構えた。

 狙う先は、オルタードの背中。


 卑怯なのは分かっている。けれど――今しかチャンスはない。


 ここまで距離があれば、龍だって襲いかかりはしないはず。

 教育係の男が、オルタードの暗殺に拳銃を必要とした理由が、ようやく分かった。


 引き金に指をかける。


 一筋の冷たい汗が背を伝う。

 その瞬間、初めて目が合ったときのオルタードの蒼い瞳が脳裏をよぎった。


 今にも壊れてしまいそうな、危うさを秘めた瞳。


 ――次の瞬間。


 オルタードは、声もなく床へと崩れ落ちた。





 アルペジオの教育係――ギミックは自室にいた。

 アルペジオも同席している。彼は王子に、オルタードの暗殺計画を告げたばかりだった。


「どおりでね。オルタードの姿は呪いのせいだとか、急に言い出したから妙だとは思ってたんだ。最近は僕が酒場に入り浸っても、うるさく止めなかったし」


 弟を殺すと告げられても、アルペジオは全く動じなかった。

 むしろ、満面の笑みすら浮かべてみせる。


「ところで、雇った男というのは、本当に信用できるのだろうね?」


「さあ。銃の扱いには慣れてますがね。そもそも金で雇われるような人間ですから、絶対的な信用は禁物です」


 ギミックは、眼鏡の奥の酷薄そうな瞳を細めた。

 すでにオルタードの元へは何人かの刺客を送っている。誰か一人を信用するつもりなど毛頭なかった。


「成功した暁には、君にうんと感謝しなくてはな。ついでに祝杯も挙げよう」


「それはなりません。アルペジオ様には、“最愛の弟君を亡くされた兄上”という役柄を演じていただかなくては」


 ギミックはあくまで冷静に言った。

 そのとき。


「――今更、無理なんじゃねえの?」


 不意に割り込んできた声に、ギミックはぎょっと息を呑んだ。

 だが、立っていた人物を見て、すぐに落ち着きを取り戻す。


「何がですか、ファイン・スレーブ」


「その王子様は、弟王子の悪口ばっかり言ってるって、すっかり有名になっちまってるからな。……別の路線にした方がいいんじゃねえ?」


 ファインの台詞に、ギミックは不快そうに顔をしかめた。

 さっきより一段とトゲの増した声で言う。


「貴方には関係ありません。それよりも、仕事はちゃんとこなしたのでしょうねえ?」


「終わったから、ここに来たんだろうが。ほらよ」


 ファインは袋から、血痕のついた服と黒いものを取り出した。

 血に濡れた服は、間違いなくオルタードのものだった。黒いものは、どうやら髪の毛。


「ヒッ!」


 アルペジオが慌てて飛びのいた。気味悪そうに遠巻きに眺めている。


「弟王子の服と遺髪だ。……何ならちゃんと確かめるか?」


 ファインは髪の毛をぐいっと突き出す。


「よ、よせ。近づけるな! うわーっ!」


 無理やり掴まされて、アルペジオは悲鳴を上げた。

 ものすごい勢いで窓辺に駆け寄ると、窓の外へ投げ捨てる。


「あーあ、せっかくの証拠品が」


「も、もう充分だ!」


 アルペジオはギミックから布を受け取ると、ごしごしと乱暴に手を拭った。

 ギミックは冷静にファインから血まみれの服を受け取る。


「確かにオルタード王子は黒髪です。王家の紋章が入ったこの服も、本人のものですねえ」


「何だか不満そうだな。暗殺の証拠が残らないように遺体も始末しろと言ったのはあんただぜ? “ただ殺した確証が何もない”ってのも無しだろ」


 報酬を握りつぶされないため、ファインは先回りして言った。


「どうしてもって言うなら、内臓とか取り出してきても構わねえが」


「ギ、ギミック、この男にさっさと報酬を渡して下がらせろ!」


 アルペジオが青ざめる。もうこれ以上惨たらしいものを見たくないのだろう。


「弟王子の死にショックを受けた兄君らしくなってきましたねえ。その調子ですよ、アルペジオ様。……で、ファイン・スレーブ」


「何だ?」


「報酬は、アルペジオ様が無事に王位に就かれてから、お渡しします」


「は? おい、話が違うだろ!」


「それでは、アルペジオ様のご気分が優れないようなので、退室願いましょう」


 ギミックの合図で、外に控えていた衛兵たちが入ってきた。

 ファインを取り囲む。どうやら本気で追い出すつもりだ。


 ファインは抗っても無駄だと判断し、おとなしく下がった。


「ったく、胸くそ悪い男だぜ……」


 部屋を出たファインは、石柱を殴りながら呟く。

 拳から伝わる冷たい石の感触。拳銃に似た、冷たい感触。


「――覚えてやがれ」


 声もなく、ファインは笑った。

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